異議のある者5

 式場の中にまで物々しい警備の兵はいない。

 敵が援護を呼んでくるまでに時間はある。


「リュード……さん?」


「エミナ、迎えに来たぞ」


 ちょうどリュードの正面方向に純白の結婚衣装に身を包んだエミナがいた。

 隣にはうすらハゲの太った年配の男性。


 あれがキンミッコだとすぐにわかった。


「望まない結婚を強制するのは良くないぞ。


 俺はこの結婚に反対だ!」


「お前は何者だ!」


「俺はシュー……シュバルリュイード、だ!」


 ご先祖様、ごめんなさい。

 自分の名前をうっかりと口に出してしまいそうになったリュードは適当に名前を言えばいいものを、またまたうっかりご先祖様の名前を出してしまった。


「シュバルリュイードだと? 魔人族の英雄の名前を出して何を企んでいる!」


「俺は……正義を成しに来た!」


「…………はぁっ?」


 空気が凍りつく。

 堂々と目的を言うつもりだったのだが思い直した。


 エミナにはこの先もトキュネスで生活することもあるかもしれない。

 下手に関係を匂わせるような発言はしないほうがいいとこのタイミングになって思った。


 口から出てしまった言葉はもう引っ込めることはできない。

 このまま押し切る。


「望まぬ結婚を己の欲望のために押し付ける不貞の輩に正義の鉄槌を落としに来た!」


 勢いでしゃべっているとはいえ、これはひどいと自分でも思う。

 直接エミナのために来たと言わないようにするために思いついたままに口に出しているがもっとまともな言い訳があったろうと思わざるを得ない。


 この場で感動しているのはエミナだけ。

 なんでだ。


「さあ、その子を返してもらおうか」


「……そいつを捕らえろ! どこの手のものなのか聞き出すんだ!」


「まあ、そうなるよな」


 交渉決裂。

 こんな風に来ておいて穏便に住むはずもないけど一度言葉で返すようには試みておく。


 ダメだったのでさっさと実力行使でエミナを返してもらう。


 リュードはエミナに向かって走り出す。


 そんな風にしている間にも後ろからゾロゾロと兵士たちが入ってきているが兵士たちも状況が分かっていない。

 敵襲と聞いて来てみれば魔人族の英雄を名乗る怪しい奴が1人だけ。


 困惑しているのが見てとれる。


「行かせぬ!」


「行かせてもらうよ!」


 サワケーの近くに控えていた重装備の兵士がハルバードをリュードに向かって振り下ろす。

 それをリュードは素手で受ける。


 リュードがハルバードを掴んだまま手をひねるとハルバードの先端の斧の部分が折れてしまう。


「なっ……」


 少しだけ手が衝撃で痛むけれどダメージは少ない。

 相手に驚く間も与えずリュードは逆の手で相手の顔面をヘルムごと殴りつける。


 ガシャンとけたたましく音を立てて重装備の兵士が吹き飛んでいく。


 ヘルムが歪んで頭が抜けなくなるかもしれないけど頑張ってほしい。


「あれ? あのクソジジイは?」


 振り返るともうそこにキンミッコはいなかった。


「逃げました」


 花嫁を置いて逃げるとはなんとも情けない。


「まあいい、じゃあ行こうか」


「……どこにですか?」


 エミナが視線を向ける。

 リュードたちは入ってきた兵士たちに完全に包囲されていた。


「に、逃げられないぞ」


 すでに結婚式の客は避難して、大聖堂いっぱいに兵士が集まっている。


「本当に私にかかってくるつもりが?」


 兵士に向き直り、ピンと胸を張って少し正義の使徒っぽく演じる。

 あっという間にリーダー格であった重装備の兵士がやられて兵士たちは怖気付いている。


「あいつが戦争で名を馳せた化け物な訳がない。


 恐れるな!」


 ご先祖様は魔人族の英雄。

 単純に魔人族の英雄といえば竜人族以外の種族にもいるのだが面白いのはそれぞれの種族の英雄にはそれぞれ特色があることだった。


 英雄の1人が竜人族ということで竜人族はよくこうした英雄の話をする。

 中でも竜人族のご先祖様のシュバルリュイードの特色は竜人族というだけでない。


「チェーンライトニング!」


 竜人族の英雄の特色は雷属性の魔法をよく使っていたことである。

 竜人族は魔法が得意なので他の属性も使えるのだがご先祖様は雷属性の魔法をよく使っていた。


 理由は単純明快で雷属性が空いていたからである。


 たまたまそれぞれの種族から英雄と呼んでいいレベルの者が出た。

 種族によっては得意な属性や戦い方があり、英雄それぞれ別々の特色を持っていた


 火は魔王が使っているし他の属性も他に英雄となる人が使っていた。

 なので特徴を持たせる意味でも雷属性を使っていたのである。


 見た目と合わせて黒雷なんて呼ばれていたらしい。

 戦争において相手に印象付けるための道具として雷属性を使って戦っていた。


 空気に魔力が拡散する速度が早い雷属性は生まれ持って雷の性質をもつ者以外にはあまり使われない。

 魔法が衰退した今現在ではより下火になっている属性である。


 リュードが放った雷は1番近くのやつに当たり、威力を減じながら次々と近い人に連鎖していき、1回の魔法で十数人が感電して倒れてしまった。


 ご先祖様に憧れて、ではなく狩りの時感電させられたら便利そうという理由で練習していたのでリュードは雷属性も扱えた。

 魔力も多く電気のイメージが出来たリュードは他の人よりも雷属性に適性があった。


「あれは雷魔法!」


「ウソだろ! 今時あんな魔法扱える奴がいるのか!?」


「まさか本当に英雄……しかしもうとっくに死んでいるはずだ」


 敵に動揺が走る。

 真人族は身体能力的に魔法耐性が低いので雷属性の魔法はよく効く。


 身につけている防具だってただの金属では意味がない。

 アンチマジックの性能もなければ鎧も着ていないも同然である。


 こう考えると雷属性は奇しくも真人族キラーな性能を持つ魔法となる。


 キンミッコは求心力がないみたいだ。

 命をかけてリュードに挑んでくる者もいなければ適正な指示を飛ばす指揮官もいない。


 やる気もなく統率も取れていない、槍や剣を持った烏合の衆。


「道を開けろ!」


 リュードが右手を上げる。

 バチバチと雷が弾ける音がし始める。


 わざとすぐには魔法を打たず道を開ける時間をつくってやる。

 人が避けたのを確認してそこに雷を落とす。


 カッと一瞬閃光が走り、雷が床にぶつかって轟音が鳴る。

 教会の床が焦げてしまったが悪人に結婚式を開かせた代償だと思って許してほしい。


「行くぞ」


「リュリュリュ、リュー……」


「シィー! 名前を呼ぶな」


 エミナを抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこというやつである。

 体面的にエミナが大人しく付いてきたよりも誘拐っぽく見えると思った。

 あくまでもリュードが連れ去ったのである。


 エミナの顔が一瞬で真っ赤になる。


 普通に名前を呼びそうになったので口に人差し指を当てて黙るようにジェスチャーする。

 エミナをお姫様抱っこしているので口に指を当てようとすると抱き寄せる形になってしまって顔が接近する。


 雷を避けて人が割れて道ができている。


 リュードはあえて堂々と真ん中を歩き、教会を出る。

 こうなると一介の兵士では空気に飲まれてしまって動くことすらできない。


 少しでもまともな指揮官がいればすぐにでも囲まれてしまうのだろうがそんな人物はいない。

 強いて言うなら最初に殴り倒したあの重装備の兵士がそんな人物だったのだろう。


 教会を出るとその正面にある学校の窓から様子を見る子供たちが見える。

 今子供たちに自分はどう見えているのか。


 花嫁を抱き抱えて連れ去ってきたリュードの姿を見て、子供たちは目を輝かせていた。

 まるでおとぎ話の王子様のような堂々たる姿に男の子だけでなく女の子も憧れの視線を向ける。


 身長の高いリュードの腕の中にいるエミナの顔は他に人からはよく見えないが高いところからでは見える。

 頬を赤く染め、潤んだ瞳でリュードを見上げるその様は嫌がっているようには見えなかった。


 子供たちはこの物語を見逃すまいと固唾を飲んでリュードの姿を見守る。


「開けろ」


 門は人が入らないように閉ざされていた。

 リュードは門を開けるように命じた。


 異様な光景に完全に飲まれてしまった兵士は門を開け放ち、リュードはゆっくりと教会の敷地から出てきた。


 教会の前に集まっていた人々もリュードから離れて様子を見る。

 リュードの周りだけぽっかりと円形に人がいなくなっていた。


 これはちょうどよい。

 いくなら最後まで派手にやってみよう。


「キンミッコ! 悪辣なやり方は神になった俺が見ていた。

 貴様には天の罰が下るだろう!」


 下ればいいな。希望的観測。

 しかしエミナとヤノチを取り戻せば今回の交渉はキンミッコに相当不利なはず。


 天罰といかなくても相当な不利益を被るだろうからあながち希望だけでもない。


 リュードの周りに雷が落ちる。

 魔力は使うけどこれぐらい派手にやってもバチは当たらないはず。


 眩い光と轟音に人々は目を逸らし、耳を塞いだ。


 この時に正義と愛と雷と竜人族の神シュバルリュイードがこの世に認知され、誕生したのであった。


 教室の中にいた子供たちだけが窓の外を通り過ぎる黒い影を目撃し、他の人々は円形に焼け焦げた跡だけが残り消えたリュードに言葉もなくただ立ち尽くしていたのであった。

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