実戦訓練4

 そんな中警戒を続け竜人化を解いてもいなかったリュードは誰よりも早く動いていた。


 陥没するほど強く地面を蹴ったリュードは一瞬でルフォンの元に向かった。


 ホワイトラインベアの凶刃がルフォンを襲うよりも早く、リュードは拳を突き出してホワイトラインベアの左目に刺さったナイフの柄を殴りつけた。


 ナイフは頭の後ろから突き出してくるほど強く突き刺さり、そのままの勢いでリュードの拳も顔面にぶち当たる。

 リュードの全力の殴りにホワイトラインベアの巨体が後ろに転がる。


「ズルいよ、リューちゃん」


「危なくなったら助けに入るって言ったろ?


 それにだ、これはルフォンの油断とかじゃない」


 リュードが殴りつけたことによってナイフ完全に頭の中まで刺さっているにも関わらずホワイトラインベアの体はまだピクピクと動いている。


 ルフォンが相手の状態を見誤ったのではない。

 どう見てもあのホワイトラインベアが異常なのである。


 はたまた異常なのはダンジョンの影響かもしれない。


「立てるか?」


「うん、大丈夫」


 緊張が解けて一時的に力が抜けただけでルフォンは消耗しきったわけではない。


「下がっていろ」


 しかしルフォンの武器であるナイフは2本ともホワイトラインベアの頭に刺さったままである。

 疲労もしているし武器もないのでルフォンを下がらせる。


「不死かよ……」


 糸でつられた操り人形を思い出した。

 上から何かで引っ張られでもしているかのように不自然な動きでホワイトラインベアは起き上がった。


 そのままゆっくりと立ち上がり、何も捉えていないような濁った目でリュードを見据える。


「頭を潰して死なないのなら細切れ……にでも…………」


 剣を抜いてどうするか思案するリュードの前にホワイトラインベアが突如として倒れた。

 まるで糸が切れたように。


「いったい……何なんだ」


 足の先からホワイトラインベアが魔力になって消えていく。

 気味の悪い謎を残してホワイトラインベアは消えてしまった。


 今度こそこれで終わりだと言える。


 ボスが倒されたことを察知したように重たい音を立てて扉が開いた。


「……出ようか」


 薄気味悪いこの場所に長くいたくない。

 竜人化を解いてリュードが2人に声をかける。


「た、たすけてくれ!」


 扉の向こうから緊迫した声が聞こえて、緊張が高まる。


「くっ、みんな耐えるんだ! もう少しで教師たちも来てくれるはずだから!」


 声の方に行ってみるとサンセールと仲間たちがデカいカマキリ2匹と戦っていた。

 サンセールが1匹を引き受けて、仲間たちでもう1匹と戦っている。


 なかなか頑張っていると評価してもいいけれど状況はサンセールたちの方がやや押され気味。

 このまま放っておけばそのうちサンセールか仲間の1人かがやられて一気に劣勢になる。


「エミナ、あっちの1匹を頼めるか?」


「はい、分かりました」


 幸いカマキリはリュードたちに気づいていない。

 奇襲をかけるチャンスである。


「エミナ、今だ!」


「いけっ、ファイヤーボール!」


「サンセール、やれ!」


「な、分かった!」


 エミナがサンセールと対峙するカマキリの背中に炎の球をぶつける。

 羽が燃え、叫び声を上げるカマキリの懐に入り込み、サンセールがトドメをさした。


 キスズにはあっさりやられていたけれどサンセールもキスズに挑戦するだけの腕に覚えはあったのである。


 リュードはその横をすり抜けてもう1匹のカマキリのところに駆け寄る。


「こっちだ!」


 リュードの声に反応して振り向いたカマキリの両手のカマを素早く切り落とす。

 そのまま胴体も真っ二つに切って戦いは終わりとなった。


 しっかりとカマキリの死体が消えることを確認してから剣を収める。

 何度も起き上がってくるようなゾンビ化はやはり異常な現象だったようだ。


「ありがとう、助かったよ」


 リュードたちの後発組として入ってきていたのはサンセールたちだった。

 サンセールたちはまだ上層にいたのだがダンジョンの再構築でボス部屋の前まで運ばれてきてしまっていた。


 ボス部屋は閉まっているし戻ろうとしたところいきなり魔物が現れて挟み撃ちにされてしまった。

 運がいいのか悪いのか現れたのは中層相当の敵になるカマキリで、なんとかサンセールたちでも持ち堪えられた。


 それでも痛みを恐れない異常な激しい攻撃と広くない通路での挟み撃ちに苦戦を強いられていた。


「怪我はないか?」


「僕たちは平気だけど……うん、ちょっと待ってくれ」


 そう言うとサンセールは荷物を漁り出した。


「これ、お礼ではないけど是非使ってくれないか」


「服?」


「見たところ僕たちよりも君の格好の方がひどいじゃないか」


 言われてみればそうである。

 竜人化した影響で服はビリビリに破けてしまっていた。


 管理された訓練下だし竜人化するつもりはなかったので替えの服も持ってきていない。


 ボロ切れとなってしまった服をまとっているリュードを見かねたサンセールが自分の替えをリュードに渡した。


「あの、すまなかった!」


 サンセールも別に小柄じゃないがリュードには及ばない。

 少し小さいななんて思いながら服に袖を通しているとサンセールがリュードに頭を下げた。


「僕は君のことを見誤っていた」


 何のことか分からず苦い顔をするリュード。


「ルフォンの可愛さと君の顔に嫉妬して色々言ってしまったこと謝罪する。

 どうか許してほしい。」


 どうして自分に関する悪い噂が流れているのかようやくリュードは理解した。

 知っていたらどさくさに紛れて蹴りでも入れてやったところだがもう謝罪されてしまったこと。


 リュードにとっては今知ったことだが相手にとっては今終わったことなのだ。

 ここで蒸し返して文句を言ってはリュードが度量の狭いやつになってしまう。


「……分かった。許すよ」


 しぶしぶ許す。こうなったら早く忘れてしまう方が賢いと言うものだ。

 服ももらったのだこれでおあいこということにしよう。


 拭い切れないモヤモヤを胸にリュードは1つ大人になって笑顔を作った。


「おーい、誰かいるかー!」


 キスズや救助に来た他の冒険者と合流し、リュードたちはダンジョンから脱出した。


 しかしながらリュードたちは途中まで順調に進んでいたし、ボスも討伐してみせた。

 冒険者学校で会議の結果リュードたちは合格、優秀点を貰えることになり、卒業することができた。


 ついでになぜなのかサンセールたちも合格をもらったようである。


 当然実戦訓練は中止ということとなり、ダンジョンは構造も変わってしまったし魔物の出現も分からない、不安定な状態ということでしばし封鎖されることになった。

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