実戦訓練3
「エミナちゃんは女の子なんだから泣かせちゃダメでしょ! あと距離が近すぎるのもダメ!」
リュードは大人しくルフォンの説教を受け入れる。
自分が悪いのだからしょうがない。
リュードを怒らせないようにと頬を膨らませるようにして泣くのを我慢しているエミナは見てしまった。
部屋の真ん中、きらめく魔力の粒子が集まって魔物の形を形成していくのを。
「あ、あれ!」
エミナが声を出すまで気づかなかった。
リュードたちが見た時にはそれはもう魔物になっていた。
部屋のど真ん中に現れたのは巨大なクマ。
おでこから頭の上を通り、背中、尻尾の先まで太い白い線が入っている。
ホワイトラインベアである。
ツキベアグリーよりもかなり格下の魔物になるけれどこのダンジョンのレベルからするとふさわしくない強さの魔物。
頭を振ってボヤけた意識をハッキリさせたホワイトラインベアはリュードたちを見つけて向き直る。
「これは……ボス部屋だったのか」
そんな予感はしていた。
ボス部屋。読んで字の如くダンジョンの最奥にあるダンジョンのボスがいる部屋である。
不思議な部屋で一度足を踏み入れると勝手に扉が閉まり、ボスを倒すか入ったものが死ぬかしないと開かない。
何もいないのでおかしいと思ったけれどボスも再構築されていたのかもしれない。
「待って」
剣を抜いて構えたリュードの前にルフォンが出た。
「……私にやらせて」
ルフォンが今抱いている感情が何なのかリュードもルフォン自身も分からなかった。
ルフォンの心臓が大きく鼓動している。
これはツキベアグリーではなく、ルフォンも子供ではない。
それなのになぜなのかあの時のことを思い出してまう。
「私がやらなきゃ」
ルフォンのただならない様子にリュードもうなずく。
「分かった。だけど危なそうなら何と言われようと助けるからな」
リュードの方を見ずにルフォンはうなずき返してナイフを抜いて駆け出した。
真っ直ぐに突っ込んでくるルフォンに合わせて大きく口を開くホワイトラインベア。
直前でルフォンが跳躍。体をピンと伸ばして縦に1回転、横に半回転してホワイトラインベアの真後ろに着地する。
ホワイトラインベアが振り返った時にはルフォンはさらに横に回り込み、ナイフで脇腹を切り付けた。
皮が浅く切り裂かれて血が滲む。
ダメージらしいダメージはではないが傷は傷。
痛くないわけもなく、むしろチクリとした微妙な痛みに苛立ちがつのる。
今度こそはとルフォンを正面に捉えて太い腕を振り下ろす。
しかしホワイトラインベアの行動はルフォンよりもワンテンポ遅い。
体勢をしっかりと整えていたルフォンは腕を難なくかわして逆の脇腹を切りつける。
ホワイトラインベアとルフォン相性は互いに悪い。
ルフォンは武器がナイフなのもあって速度や手数を重視した戦い方になっている。
ホワイトラインベアに致命傷を与えるにはルフォンでは有効性が薄く苦労する。
ホワイトラインベアは図体がデカく速さに欠けるがその分力が強くダメージが通りにくい体をしている。
ルフォンに対して一発は致命傷となり得るがまず当たることはあり得ない。
互いが互いに大きなアドバンテージがない。
しかし今はまだルフォンは様子見の段階である。
もう少し踏み込んで攻撃を加えたいけれど一撃もらうと終わりなので相手の攻撃、呼吸、動きや固さなんかを観察していた。
常に動き回り、正面に立つことはないようにする。
ホワイトラインベアはルフォンを段々と捉えられなくなっていき、切り傷が増えていく。
「わあ……ルフォンさんすごい……」
エミナが見惚れるのも無理はない。
ルフォンはホワイトラインベアを翻弄して手玉に取っている。
「こっちだよ」
ホワイトラインベアが完全にルフォンを見失った。
ホワイトラインベアは真後ろに回り込んでいるルフォンに全く気づいていない。
グッと上半身をひねり勢いをつけて右の後ろ足を切り裂いた。
まずは機動力を奪う。
これまでも速さに差があったのにより差が広がることになった。
しかし機動力を奪えてもダメージは小さい。
ルフォンの攻撃力で倒したいならやはり急所を狙う必要がある。
となると心臓や頭になるが心臓を攻撃するのは実質不可能に近い。
頭を狙うのが現実的な方法になる。
となるとかなり接近しなければならない。
「あれは……!」
ホワイトラインベアが立ち上がる。
リュードはそれを見てエミナの耳を両手で塞ぐ。
地面が揺れるほどの音量でホワイトラインベアが叫ぶ。
魔力を込めた咆哮。
耳を塞いでいるにも関わらずエミナの体が硬直する。
リュードは魔力に対する抵抗力が高いので何ともないけれどエミナはそうはいかない。
耳を塞いでいなかったらこういった経験もなく何の準備もしていないエミナは気絶してしまっていた。
「危ない!」
エミナが叫んだ。
離れているのに体がこわばって動かなくなった。
間近にいたルフォンならきっと、とエミナは思った。
ホワイトラインベアが動かないルフォンの方に向き直るのをみて、どうして助けに行かないんだとリュードの方に視線を向けようとした。
けれど耳を塞いだ手に力が入り頭が動かない。
他でもないリュードの方がルフォンの心配をしている。
同時にこれぐらいでやられるわけがないと信頼もしていた。
心配する気持ちと信頼する気持ちがせめぎ合い、思わず手に力が入る。
素早く厄介な相手の動きがようやく止まった。散々好き勝手に傷つけてくれたのもここで終わり。
ホワイトラインベアがルフォンを仕留めようと腕を振り上げた。
「私は……負けない!」
実は咆哮に体が動かなくなったのはわずかな時間の出来事だった。
体が動かなくなったのは魔力の咆哮ではなく、小さな頃の記憶が、あの時の恐怖がルフォンの体の自由を奪っていた。
今は小さくて何もできなかった子供ではない。
リュードが許してくれるからではなく、己の力で勝ち取って隣に立てるように努力した。
こんなところで、リュードが見ている前で情けない姿は見せられない!
過去の記憶の呪縛を振り払い、ルフォンが動き出した。
間一髪ホワイトラインベアの一撃をかわすが完全にはかわしきれずに爪が頬に当たって血が飛んだ。
エミナの悲鳴が聞こえた。
距離を取るでも回り込むでもない。
ルフォンはさらに前に出た。
突き上げるように思いっきり右手を突き出した。
次はホワイトラインベアの悲鳴が響き渡る。
ルフォンのナイフが根元までずっぷりとホワイトラインベアの左目に突き刺さった。
ナイフが抜けなくて掴んだままでは悶えるホワイトラインベアに振り回されてしまうので右手のナイフは手放した。
ホワイトラインベアは痛みで頭を振るようにして悶えている。
ナイフを抜こうにもクマの手では上手くナイフを抜くことも叶わない。
「まだ、まだぁーーーー!」
ルフォンが飛び上がる。
両手を高く振り上げて体ごと体重をかけてホワイトラインベアの頭にナイフを突き立てる。
振り払おうとひどく暴れるホワイトラインベアだがルフォンは振り回されながらもナイフを手放さない。
段々と暴れる力が弱くなっていき、足取りがフラフラとし始め、ゆっくりと地面に倒れていった。
「ハァッ……ハァッ、やったよ…………」
ホワイトラインベアは息をしていない。
確かに死んでいた。
エミナが声にならない悲鳴を上げた。
頭のてっぺんに深々とナイフを突き刺されて一度呼吸も止まっていた。生きているはずもない。
なのにホワイトラインベアはのそりと再び起き上がってみせた。
ルフォンは緊張の糸が切れて地面にペタンと座り込んでしまっている。
この先に待ち受ける残虐な光景を想像してエミナは顔を逸らして目をつぶった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます