託された思い4
「マストが折れていただろう? あれはちょうどここの上のところにぶつかって折れてしまったんだよ。
それで天井の一部が崩落してしまってね。
1度崩れると脆いもんで段々と崩れた部分が広がっていって……
やがて君達が落ちた穴にまでなったというわけさ
まあ、人間手持ち無沙汰になるといろいろやるからね、石投げつけてみたり魔法ぶつけてみたりしたのも悪かったかもしれないね」
穴が空き始めた理由もマストが折れた理由も同一のもだったということだけど穴が広がったのはどうにもゼムトにも原因がありそうだ。
バツが悪そうに頭をかいているけれど表情が分からないから反省しているかどうか。
「ではでは、次は僕達の話を聞いておくれよ!」
これこそ本題とばかりにゼムトが自分たちの話をし始める。
リュードもこうなった経緯は気になるので聞くつもりでいたが有無を言わさず話し始めるゼムトに押しが強いなと思わざるを得なかった。
ゼムト達は山脈を越えた西にある国、ヘランド王国の騎士達であって、その中でもここにいたのは海上戦が得意なメンバーだった。
東のルーロニアや王国のさらに西にある国、南の大陸との海上貿易の中心として王国の南側の都市はとても栄えていたのだがある時から海上貿易に陰りが見え始めた。
クラーケンという大型の魔物が商船を襲い始め貿易がグッと減ってしまったのである。
そこで王国はゼムト達を始めとするクラーケン討伐メンバーを編成して王国の港町を出発した。
貿易が減り獲物に飢えていたクラーケンはすぐさまゼムト達の船に襲いかかり、ゼムト達もクラーケンを退治しようと反撃した。
1日半にも及ぶ戦いで傷ついたクラーケンは逃げ出した。
当然ゼムト達もクラーケンを追いかけたのだがこれがいけなかった。
長い戦いは海の上での方向感覚を失わせ、確認も甘いままにクラーケンを追いかけた
後々考えればメンバーの誰も知らない洞窟に逃げ込んだ手負いのクラーケンを追うのは非常に危険が高かった。
しかし寝ずに戦い、鈍った判断力はチャンスだと状況を見た。
ゼムト達は迷いなく洞窟に船を進めてクラーケンを追いかけた。
結果だけ見ればクラーケンは討伐された。
また丸一日かかった戦いの末にクラーケンは船に引き上げられて魔石や素材になりそうなところは剥ぎ取られて、残りは宴会の食材にされ食べきれないところは魔物が集まらないようにその場で魔法で燃やした。
他の魔物が寄ってこないようにするための処置に時間がかかり、討伐できた喜びと戦い通しの疲労で注意が散漫だった。
気付いた時、洞窟の入り口は無くなっていた。
方角を確認し何人かが海に潜って調べた結果、海面のはるか下に入り口が見つかり洞窟は閉ざされてしまっていたのだ。
原因は大干潮。
何十年に1度起こるとんでもない引き潮がたまたま洞窟の入り口を見せていたに過ぎず、気づかないままに洞窟に入り気づかないままに時間をかけて戦ってしまったゼムト達は引き潮が収まって洞窟の中に閉じ込められてしまったのであった。
命さえあれば良いと泳いで脱出を試みた者もいたが、真っ暗な闇を照らし長い時間泳げるように補助するといった魔法を使いながらかなり下まで行ってしまった入り口まで行くのはたやすいものではない。
しかも運の悪いことに海中には魔物がいて、入り口を目指す途中で魔物にやられてしまった。
クラーケンを倒したがために小さい魔物が戻ってきてしまったのだ。
絶望に支配される中洞窟にはまだ先があるからと一縷の望みをかけて船を進めた。
風もないため魔法で少しずつ進める当てのない旅。
食料はそれほど多くもなく次の大干潮まで保つはずもない。
時間の感覚もなく進む中広かった洞窟は徐々に狭くなり、天井に少しだけ突き出た岩にマストが衝突した。
クラーケンとの戦いで脆くなっていたマストはポッキリと折れてしまい、同時にみんなの心も折れた。
暗闇と不安、底知れぬ絶望に押しつぶされて狂った船員の襲撃、食料不足で倒れていく仲間、船を登ってくるサイズではないが海の中に潜む魔物。
バタバタと人が減っていき船の維持すら難しくなっていった。
そんな時、ゼムトはもう1度大干潮が来れば船だけでも外に押し流されるかも知れないと思い、クラーケンの魔石の魔力を使って船に保全の魔法をかけた。
やがて魔力の力でもっていたゼムトも死に、船は完全に無人船となった。
それからどれほどの時間がたったのか。
ゼムトは目覚めた。
骨だけの体、スケルトンというアンデッドタイプの魔物として。
ただ他と違うのは何故なのかゼムトは記憶と魔力を維持したままアンデッド化していた。
他の仲間達はすでにアンデッド化していたが意思のある魔物はガイデンのみで、他はただのスケルトンとなっていた。
そのガイデンもいつ終わるのかも知れないスケルトン状態にいつしか人の心を失ってしまったらしい。
元々生前からゼムトに付いて守ってくれていた習慣の名残りかガイデンらしきスケルトンはゼムトにずっと付いて回る。
意思のある魔物は他のスケルトンに比べて上級なのか分からないけれどゼムトの言うことを他のスケルトンは聞くらしく今座っているイスもスケルトン達にもってこさせたものだったようだ。
屍肉が腐り落ち骨になって魔物になるまでどれほどの時間が必要なのかは不明だが少なくとも1年やそこらではないはずだ。
魔物になってからも相当時間が経過したはずなのに船はこの洞窟の中のまま。
今はたまたま穴の下に船があるけれど波の動きによっては少し場所は変わる。
それでも外に出るまでにはならなかった。
生者として死にたい部分、生きたい部分。
魔物として生きたい部分。
アンデッドとしてこんなところで生き長らえるよりは船でも沈めて死んでしまおうと考えたこともあったのだがいざ実行しようとすると出来なかった。
生きていたいという無意識の部分が強いみたいで最後の最後で実行出来なかったのだ。
無為の日々。
クラーケンの魔石の魔力が尽きれば船が朽ち始めて死ねるはずだと考えていたところ大きな物音がした。
それがリュードたちが落ちてきた音だった。
甲板から音がしたように感じられたので見に行かせたらスケルトンの気配が消えた。
絶対に何かがあったはずだと思い、慌てて甲板に出てきた。
ゼムトは久々に感情というものを思い出し、自分を見ても即座に攻撃してこないで意図を汲んでくれたリュードたちに感謝を述べると椅子に深く座り直して天井を見上げた。
「これが僕達の終わりの話。
ごめんね、でも誰かに聞いて欲しかったんだ」
あまりに救いの無い話にルフォンも泣きそうな顔をしている。
「そこで勝手だけどお願いがあるんだ」
ーー僕達を殺してくれないか。
悲しいお願い。
「ただでとは言わない。殺してくれるなら君達を穴の上に魔法で飛ばしてあげるよ」
他にも特典付き!と明るく告げるゼムトだけどルフォンはもう耳をペタンとして気分が沈んでしまっている。
「分かった。引き受けよう」
「リューちゃん……」
「……ありがとう。うん、お願いと言いつつ断れないようなやり方をして申し訳ないね」
「構わない。具体的にはどうしたらいい?」
「そうだな……僕達もこの船ももはや亡霊に過ぎない。だから燃やしてくれないか?
洞窟だとちょっと辛いかも知れないけどアンデットだしそれが確実だろう。煙も上がらないように死ぬまで魔法で防いでおくからさ」
もう死んでいるだろ。なんてことは言えない。
「承知した」
「ははっ、君みたいな人に最後に会えて、幸運だったよ。じゃあ特典と……ちょっとお願いなんだけどね」
ゼムトは立ち上がりながら言った。
「度々悪いけど付いてきてくれるかい」
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