最後の力比べ5
一連の動作は周りで見ていれば滑稽なものに見えたかもしれない。
リュードは剣を振り下ろし村長に防がせながら片手を離しスライディングで股を抜いて後ろに回り込んだ。
正直リュードの体格ももう大人に近いものである。
足を開きめに構える村長でも股の間をくぐり抜けるのはギリギリだった。
上手く足に触れることもなく抜けられて、剣のぶつかる音がスライディングの地面と擦れる音を誤魔化してくれた。
そのまますぐに攻撃に移る、でもよかった。
でもリュードはあえて後ろに回り込んで片膝をついた体勢のまま待った。
さすがというべきかたった数回やっただけのスライディングを覚えていて咄嗟に判断を下した。
すぐに攻撃に移っていたら頭が砕けていたかもしれない。
村長の振り向きざまの剣はリュードの頭の上を風を裂いて通り過ぎていった。
同時にリュードは動く。
立ち上がる勢いもつけて下から斜めに剣を振るう。確かな手応え。
リュードの斬撃は村長の身に届いたのだ。
しかし上がった札は3つ。
村長は剣でガードすることは間に合わないと判断して右腕をたたんでそのまま腕で攻撃を受け止めたのである。
吹き飛びもせずにすべての衝撃を腕が吸収する。
刃潰ししてあるとはいっても金属の塊が腕に高速でぶつかれば痛くないはずはない。
興奮状態にあるのか痩せ我慢かわずかに顔を歪めたのみの村長は攻撃を食らった腕で剣を振るい反撃を繰り出した。
3人の審判の多くは致命的な一撃と判断してくれたみたいだけど1人はまだ続行可能と村長の様子からも見たようで惜しくも力比べは続く。
札を上げなかったのは人狼族の老人。
今の村長と村長の座を争っていた人狼族の戦士であった人である。
あれぐらいならばまだ戦いを続けられると思ったのはやはり戦友だからだろうか。
戦いにおける柔軟性ではすでに敵わない。下手な変化を打てば対応できないのは自分であり逆にやられる。
そう思った村長は剣を左手に持ち替えて最初と同じ純粋な斬り合いを演じる。
けれど、均衡はすでに崩れている。
赤黒くなり始めた腕はダランとして動かない。
村長の利き腕が右なのは言うまでもなく左手に持ち替えても考えられないほど力強くはあるが一振り一振りのパワーは明らかに落ちている。
当然技術も右ほど無い。
長い経験があるから左でもある程度は戦えるがわざわざ利き腕でない方で戦う訓練をするわけもない。
誤魔化すように速さは増していてもむしろリュードにとっては楽になった。
速さを重視するため剣の戻りは早い。
左で剣を振るえば感覚も違う。リュードはウォーケックが双剣使いなために左持ちの相手の対処もできる。
逆に村長はうまく対処されることにも不慣れでリュードに受け流しされると体が流れるのを防ぐために即座に剣を引かなければならない。
よりパワーが乗らず見掛け倒しの斬り合いになる。
もう十分村長はリュードの望んだ状況に、泥沼にどっぷりとハマっている。
しかしそこから長い斬り合い続く。
いくら左であっても無理に攻め込めば足元をすくわれかねない。
決め手がない。一進一退の攻防に観客も固唾をのんで見守る。
けれども冷静なのはリュードの方だった。
切り合いが続けば続くほどリズムが一定になっていく。これは変化を村長が避けたためでもあるが一定になりつつあるリズムをリュードはすでに読んでいる。
村長はリュードほど冷静ではいられない。
腕の状態が良くない。
固定されていない腕は動くたびに激しく振るわれて激痛が走る。
動いたためではない痛みによる脂汗が噴き出して顔に垂れてきて煩わしい。
次にどう剣を振るかも予想が付いていて、きっかけはなかった。
不意のタイミングを突いた。
回転を重視する村長にあえてリュードも乗っかってひたすら素早い切り合いになっていた。
振り下ろされた村長の剣。
他の軌道の剣よりもしっかりと受け流してきたこの軌道を辿る剣は無意識のうちに村長も更に戻りを早くしていて剣に乗るパワーは弱いものとなっている。
それにリュードは全力で振り上げる一撃をぶつけた。
受け流すのではなく剣に剣を当てる。
戻りも含めて降っていた村長の剣はあっけないほど簡単に弾き飛ばされ、胸をさらけ出すような格好になる。
こんなこともあるかもしれないと1番始めにリュードの力がどれほど通じるか思いっきり剣を叩きつけて試したのだ。
勝てはしなくても魔力もない素体で全力で切りつければそれなりにパワーも通じる可能性を感じていた。
剣を手離さなかったのは流石。
ただ振り上げた剣を返し袈裟斬りにするリュードに村長は対抗するすべはもはやなかった。
「おりゃあああ!」
「……見事」
これが真剣だったなら返り血でリュードも真っ赤になっていただろう、完璧に肩から胸、脇腹を通り綺麗に剣を振り切った。
一瞬の沈黙。
遅れて札が4つ上がる。
さらに遅れて村長が後ろに倒れる。
「勝者シューナリュード!」
審判の宣言。地面が揺れるほどの歓声。
札を確認する余裕もなく村長が起き上がるのではないかと警戒するリュードが耳で勝利を確信する。
「ウオォォォォ!」
リュードも胸に湧き上がる感情を抑えきれずに咆哮した。
感情に突き動かされるままに両手を突き上げて張り裂けんばかりに叫ぶ。
「あっ……」
「おっと」
肺の空気を全部使い切って叫んだリュードはふと後ろに倒れそうになった。
興奮のために自分自身で気づいていなかった疲労で糸が切れたように体に力が入らなくなった。
それを後ろからヴェルデガーが肩を組むように支えてくれた。
「勝者が倒れちゃダメだろ」
倒れそうなのを誤魔化すために肩を組むように支えてくれ、その上魔法で治療してくれている。
リュードも力を振り絞ってヴェルデガーの肩に手を回して支えにしながら親子で喜び合っている風を演出する。
「ありがとう、父さん」
「優勝したんだ、これぐらい許されるだろう。……おめでとう、息子よ」
背中がむずがゆく、恥ずかしさとうれしさに泣いてしまいそうになる。
「さて、もう自分で立てそうか?」
「……何とか」
自覚はあまりなかったけど体力が回復するにつけものすごい体を酷使してみたいで全身の筋肉がガチガチになっていることに気が付く。
ヴェルデガーの魔法でいくらかマシになったからリュードは歩いて控え場所まで戻ってこれた。
ぎこちない歩き方だったかもしれないが歓声に応えている風を装ってどうにかごまかせ……てないかもしれない。
そんな様子も周りは微笑ましく見ている。
「リューちゃーーん!」
「うわっ! ルフォン!」
「おめでとうおめでとうおめでとう!」
早くポーション飲んで回復しよう。
そう思っていると真っ白な何かがリュードに飛んできて、リュードは堪えきれずに倒れ込んでしまう。
声で分かっていたのだけれど飛んできたのはルフォンだった。
ルフォンは真っ白なドレスを着ていた。
子供部門チャンピオンの今年の衣装である。
まさしくウェディングドレスといった服装のルフォンはリュードにまたがって首に手を回して自分のことのように喜んでくれている。
あの一件以来嫌われたのかと思っていたけどそんなことはなかったようだ。
嬉しくはある。
嬉しくはあるのだけれどリュードに肉体的余裕が一切なくルフォンの抱擁にですら全身筋肉痛の今、声にならない悲鳴を上げてしまう。
「る、ルフォン……」
「なぁに?」
「頼みがある」
やっと絞り出せた声。
「隅に、俺のカバンがあるんだけど持ってきてほしい」
「分かった!」
もっと優しく降りてほしいものだがルフォンはリュードから飛び上がって降りるとささっとカバンを取ってきてくれた。
控え場所の出入り口すぐのところでもぞもぞするのは何だが動けないからしょうがない。
カバンからポーションの水筒を取り出してほとんど残っていた中身を一気に飲み干して口直しのお菓子も口に放り込んむ。
行儀が悪いが仕方ない。カバンを枕になりふり構わず横になる。
不安そうにリュードを見ているルフォンに応える元気がリュードにない。
優勝者の衣装づくり担当たちが見ているがそれも関係ない。
市場に出せばそこそこ高級でしかも量的には数本分はあるだろう量を飲んだためか程なくして効果は出始めて全身が熱くなる感覚に襲われて疲労感や筋肉痛感が和らいでいく。
ポーションを使った無理やりな回復方法なのでちょっとコツが必要になる。
お腹に手を当ててゆっくりと呼吸する。
胃に集まった魔力を全身にめぐるように動かす。
リュードの場合は右回転。全身に魔力を広げて頭のてっぺんから足の先まで回転させるようにして隅々まで行き渡らせる。
しびれを切らした子供部門チャンピオンのための衣装係が呼びに来るまでには平静を装えるほどにはなっていた。
「ちょーと長すぎるわね、少し詰めてちょうだい」
子供部門の女の子の格好は毎年違っているのに男は毎年ほとんど変化がない。
コテコテとした衣装着させられるよりマシだけどリュードが優勝すると踏んで事前に用意されているというのもなんだかこう……納得がいかないというのか。
リュードの衣装は呼ばれていった時点でほとんど出来上がっていた。
去年からの成長を見越して大きめに作られた衣装はちょっとだけ長い袖を直す程度で完成した。
リュードをニコニコと眺めるルフォンは純白のドレスが着崩れないようにずっと立っていた。
時折目が合うと手を振ってくれる。
毎年近くで美少女たちの着飾った姿を見れるのも優勝者の役得だと思う。
とはいってもテユノかルフォンしか見ていないけど。
この世界において純白のウエディングドレスは結婚の正衣装ではないらしいけどリュードからすれば真っ当な結婚衣装である。
思わずジッと見つめると頬を赤らめるルフォンは息をのむほど美しかった。
結婚などまだするつもりはなかったのに結婚してもいいかもと思わせる破壊力がある。
腕を組んで会場に出る様はもはや結婚式と相違ないのではないか。
例に漏れず優勝者の席は大人部門女性、大人部門男性、子供部門と別れるのだけれど今回はリュードが子供部門チャンピオンでありながら大人部門男性チャンピオンでもある。
ということで例外的にルフォンが大人部門女性チャンピオンのメーリエッヒに先にタオルを渡し、そのあとリュードにも渡す形になった。
席も綺麗に3つに別れるはずだったのだがルフォンは椅子を子供部門のところからなぜかリュードの隣に持ってきてそこに座った。
子供部門男性チャンピオンの横に座れるのは子供部門女性チャンピオンだけだからというのがルフォンの主張であって、周りも止めるでもなく気持ちの悪い笑みを浮かべて黙認されてしまった。
なんやかんや賛辞の他に冷やかしや嫉妬の声を聞きながら力比べは終わっていった。
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