第16.5話 sisters talk2

待ち合わせ場所に指定した駅の構内で、柚羽が壁にもたれて待っていると、電車が到着したのだろう一気に増えた人波の中から近づいてくる存在がいる。


「酷い顔」


葵の言葉に柚羽は口元を引いただけで反論は出ない。今の柚羽にはそんな気力もなかった。


「それで、家を探したいって、どのあたりがいいとか目星はつけてるの?」


引越をしたいから部屋を探すのにつき合って欲しい、と葵を呼び出したのは柚羽だった。


「どこでもいい。お姉ちゃんが適当に選んでよ」


葵の溜息は呆れだと分かっていた。それでも柚羽は何も考えることもできなくて、真依の家を出たい思いだけがある。


駅を出て行く葵を柚羽は無言で追って行く。


葵は普段は無茶ぶりをしてきても、柚羽のことを気にしてくれていることは知っていた。


葵の先導で駅近くのビルに入って、エレベーターを降りた先は柚羽が考えている場所でないことはすぐに気づいた。


柚羽を振り返りもせずに葵はカウンターで手続きを終えると、行くわよと柚羽を呼ぶ。


「何で、カラオケなの」


部屋に入った所で、柚羽も黙っていられなくて口を開く。


「今日はアルコールな気分じゃないよね。ウーロン茶でいいか」


柚羽を一切見ずに葵は、手元のタブレット型の端末を操作している。


「歌う?」


「お姉ちゃん!」


暢気な表情でマイクを差し出されて、柚羽はそれをはね除けた。


「物に当たるのは意味ないでしょう」


「怒らせるようなことするのお姉ちゃんじゃない」


「自分の住む家も考えたくないって、どう考えてもおかしいでしょう。まずは落ち着いたら?」


そこで店員が入ってきて、ウーロン茶を2つテーブルに置いて行く。


何も言い返せないままの柚羽を無視して、葵は暢気に曲を選び始める。


1曲目が始まって、葵は本気で歌う気らしくマイクを握る。


ピアノ音の伴奏が始まって、続いて葵のアルト声が乗る。


ゆったりとしたバラードは昔に流行った曲らしいが、柚羽も聞いたことがある歌詞だった。


柚羽は文句も出せず、葵が歌うのを聞くしかなくて、その内に涙が溢れだす。


有名な失恋ソングは、真依のイニシャルと同じ曲名だった。


隣にいたかったのにいられなかった。それを引きずって変われない。


そんな歌詞に柚羽は自分の姿が重なる。


「なんで、こんな曲選ぶの……」


「ワタシの気持ちだなって思うからかな」


「……お姉ちゃん」


「姉妹で同じ相手を好きになって、2人とも振られなくてもいいのにね」


葵の来訪が急に止まったことで、葵が真依に告白をして振られたのだろうとは柚羽も勘づいていた。


「お姉ちゃんでも無理だったのに、わたしが受け入れて貰えるわけないってわかってたけど我慢できなかった」


「恋愛に優劣なんてないよ、柚羽。自分の精一杯で気持ちを伝えても、届くための定石なんてないから」


「うん……」


「そんなに真依を好きになったんだ?」


葵からの言葉に柚羽は肯きを返す。


「真依の隣を誰にも渡したくなかった」


「親友としてならいられたのに、それじゃあ我慢できなかった?」


「だって、真依はいつかは誰かを好きになって、その人の元に行っちゃうでしょう」


「そうだね。ワタシは柚羽よりも近い場所にいたいって、柚羽が羨ましかったな」


「お姉ちゃんが?」


「真依は柚羽には気を遣わないけど、ワタシには気を遣うでしょう?」


「同期だからなだけだよ」


「それでも、恋は相手の一番近くにいる存在になりたいと願うことでしょう?」


「駄目だったけどね」


「そうだね。諦めるしかないね」


「諦められるわけないじゃない」


「……それはワタシが一番分かってる」


もう4ヶ月以上前のことでも、まだ葵も心の整理がついていないことに気づく。


「お姉ちゃんは振られてあっさり退いたんだ」


「真依がワタシが真依に絶対与えられないものを2つ望んだからね」


「与えられないものって?」


「結婚と子供」


それは同性である以上は、実現できないものだった。


「そっか……」


「柚羽がリセットして、一人で暮らすのはいいと思う。でも、家はちゃんと自分で探しなさい」


「ごめんなさい」


自暴自棄で家探しを葵に任せようとしていた柚羽に、前を向かせるために葵がここに連れてきたのだと気づく。


「忘れられなくても、真依から離れるのが一番真依を傷つけない方法だなってワタシも思ってる」


「うん。ごめん、お姉ちゃん」


「ワタシに謝る必要ないでしょう?」


「釘刺されてたのに真依のこと好きになっちゃったし……」


「それだけ真依が魅力的だったってことでいいんじゃない? ワタシが振られて、柚羽とつき合うだったら柚羽を刺したくなったかもしれないけどね」


「…………やりそうで怖い」


「ワタシは柚羽でも、柚羽じゃなくてもそうなりそうだから、これ以上真依に近づいて無様な姿は見せたくないんだ」


「真依の家にはもうお姉ちゃんは出入り禁止」


「柚羽がそれを言う?」


「だって、お姉ちゃんも全然真依のこと諦められてないじゃない」


「一生無理かなって思ってる。いつかは他の相手を考える時は来るかもしれないけど、こんなに自分から欲しいって思ったのは初めてだからね」


「うん」


「真依にこれから先は関わらないようにするって、改めて伝えようって思ってるけど、柚羽もそれでいい? 自分で言う?」


「まだ冷静になれる気がしないから、お姉ちゃんが伝えてくれる?」


「わかった。じゃあ、もう出ようか? 部屋を探す時間もなくなっちゃうしね」


「カラオケ入ったのお姉ちゃんじゃない」


柚羽は少しだけいつもの調子が戻ってきて立ち上がる。


心が癒える時間はまだ必要だとしても、前を向いて進むしかないのだと心の整理が少しできた気がしていた。

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