第62話 チュートリアル:交換
剣がぶつかり合う音を聞いたことはあるか。
それはかん高くもずっしりと重みのある音だ。
「ッハア!!」
空間が歪んだ音、真空になった空間に水が流れ込む音を聞いたことはあるか。
鼓膜が振るえない音が鳴り、息が詰まり、死を覚悟する激流の音だ。
「っく!!」
「――」
幾度、幾度剣を交わしたのか。闘技場の地面は荒れ果て、海中のそこかしこに未だに修復されきれない空間がある。
――宙で停滞。上方からの攻撃。
「ッッ」
吹き飛ぶ俺。一瞬の気の緩みで押し負ける。
「スラッシュ!!」
ウルアーラさんが剣を振ると、蒼濃く実体化した斬撃が出現し、俺に追撃がかかる。
態勢を立て直した俺はそれをヒラリと避けるが、二撃、三撃と斬撃が続けて襲いくる。
「――」
今の所、防戦一方だ。洗脳の力は間違いなく解かれてるのに、ウルアーラさんは頑なに否定してくる。それは何故だと考えたけど、決定的な正解は思いつかない。何ならまだ魔法カード、洗脳-ブレインコントロールされてるのも考えたが、それは強く否定したい。
なら別角度で考えると、もうエルドラドがウルアーラさんに何かして自制効かないくらいブチギレさせてるとも考えられる。
たとえばほら、あの小さくはないおっぱい揉んだとか……なんとか。
もうこんなふざけた事しか思いつかないくらい、俺には――
「余裕ないんだよおおおおお!!」
斬撃に向かってがむしゃらに剣を振ると、黒いものが見えた。
後続を控える水の斬撃をも飲み込む黒。それは俺が出した飛ぶ斬撃だ。
「幻霊版の月牙天衝だッ!!」
ウルアーラさんの斬撃の数倍大きい俺の月牙。それを――
「もう一撃ぃい!!」
斬り上げてもう一撃飛ばし――
「
振りかぶり、さらに大きな斬撃が放たれる。
鈍い音をたて進む斬撃は小さな斬撃を飲み込み、水を割り、空間を斬りながらターゲットを捉える。
「うふ、やっとその気になったのね」
遠くのウルアーラさんが笑ったように見えた。
「でもまだまだ。飛ぶ斬撃ってのはね――」
――こうやるの。
「――」
上から下に優しく斬ったと思ったら、斬撃と同じ色、蒼色の壁が俺の眼に映った。
それは俺の
「……うそやん」
信じられなくて思わず関西弁になる始末。避ける事もできず滲む視界に俺は甘んじて受けた。
「――――――――」
この衝撃たるや全身がバラバラになるかと思う程痛い訳で。左腕から下にかけて黒い煙が血しぶきの如く噴き出て、着ているコートもボロボロになる。身を引き締めていなかったら腕の付け根が飛んでいた。
そう、アレはまだばあちゃんがご健在の誕生日の日だ。親戚一同集まって祝い、俺含む子供同士は別室で騒いだ。
唐突に始まった喧嘩。仲裁する年長の俺。からかう親戚。キレる親戚。投げられるコカ・コーラ500ml。ひょいと避けたからかう親戚。後ろに居た俺に直撃。股間から脳に伝達する痛み。
ああ……。あの時と同じ痛みだ。思わず潰れたかと思った。
「――痛ってえええぇ」
痛い。マジで痛い。黄龍仙にもみじおろし攻撃された時並に痛い。でも今の攻撃ともみじおろし攻撃は痛みランキング同等二位だ。コカ・コーラ500mlは不動だな。
「ック」
霧を纏い傷を癒して立て直す。眼前に広がるのは天高く斬られた空間。斬撃が通った名残りが空間を歪ませ、海水の侵入を拒んでいる。この長い長い通路の奥に、点に見えるウルアーラさんが居た。
様子を伺っているのか、凛とした姿で立っている。
「ふー」
今の一撃で分かった。今の俺じゃ到底かなわない。まだまだ出していない君主としての技があるけど、出し切っても勝てる気がしない。未熟なのは知っているし、漫画やアニメの様に覚醒するなんて事も無い。
だが足止めはできる。槍に貫かれたエルドラド、あのおっさんがパワーダウンしてるにもウルアーラさんを助けに来た。強制的にダンジョンに押し込んだように、俺の知らない勝算あっての事だ。
ならばエルドラドが戻ってくるまで――
「強引だけど時間稼ぎに
姿勢を低くして突撃。一気に詰め寄る。
斬り込んだ剣が刃に防がれた。
「ぬん!!」
「ッ」
力で押しつけて体ごと吹き飛ばす。
「おらっ!!」
態勢を立て直される前に追って追撃。交わって空間が歪む。
さらに力を加えて押しつけ飛ばす。刃こぼれするように黒い霧がウルアーラさんの頬を撫でた。
防御姿勢から一転、攻撃姿勢に切り替わり彼女の眉間にしわが寄る。
「うおおお!」
力を増していく。
「おおおお!」
いなされる。
足りない。速さも増していく。
「ッッ!」
余裕でいなされる。
まだ足りない。フェイントを混ぜつつ技も増していく。
「ここだ!」
彼女は躱し、受け、いなし、あまつさえ空間を斬りながら攻撃してくる。
全然足らない。ならば増す。全部上げて行く。緩やかに上がっていた強さと言う名の歯車を高速で回していく。
そうしないと、足止めすらできなくなる。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「ハアアアアアアアアアアア!!」
移動スピード、剣戟の速さまでも、先ほどとは雲泥の差。はたから見れば、火花がそこかしらに散らされている様に見えるのだろうか。
「ふん!!」
「ぐが!?」
まさかの顎に貰ったアッパー一発。
「調子に乗るな!!」
「ッギ――」
からの腹に回し蹴り一発。
数メートルで立て直した。
「――」
睨んでくる彼女の眼はこう語る。こんなものか、と。
俺がどれだけ実力を上げようが、今の差は縮まらないらしい。
じゃどうすればいいのか。それは簡単だ。
――殺意を混じらせるだけ。
「……そう。来なさい。今度は容赦しないわ」
殺意を宿した瞳、攻撃姿勢の俺に彼女はそう言った。
お互いに剣と刃を構え、睨みを利かせる。
そして――
「お゛お゛おおおおお!!」
「はああああああああ!!」
爆ぜる互いの背後。真っ直ぐ突き立てる剣先から空間のヒビが後ろに流れる。
彼女を瞳に映し、思いの丈を剣に乗せ、深く被ったフードが勢いと共に脱がされた。
俺の一撃。殺意を体現するこの技は――
「
――――微笑んだ。
「……ぇ…………なん、で」
思考が停止する。訳が分からない。
先ほどまで俺を笑い、挑発し、完膚なきまでに実力の差を見せつけてきたのに、そうなのに、そうだったのに、何で彼女は――
――俺の剣に貫かれてるのか。
「……そ、そんな」
刀身の半分が突き刺さったお腹。そこから青い血が流れるのを否定するように目を背け、彼女の顔を見た。
「ッつ」
微笑んでいた。
そこに敵意は無く、慈愛に満ちた顔を俺に向けている。
なのに少しづつ近づいてくる。離したくても離せない剣の握り手。その強張った手に肉を裂く嫌な感覚が伝わり、さらに俺は混乱した。
「ウルアーラ……さん。俺は、こんなつもりじゃ……」
震える声。頬を両手で覆われ、あやされる様に包まれ、吸い込まれそうな綺麗な瞳が迫り、震える唇を、濡れた唇で防がれた。
「――ん――ん」
柔らかな感触。温もりを感じ、吸われ、交換し、入ってきた同じ形を絡まされた。
一秒後、俺は自然と剣から手を放し露と消えさせ、放心。包まれる頬に重心を置く様な形に。
「――ん」
求めあってるんじゃない。一方的に、我がままに求められ
二秒後、覚えのある感覚が口と舌を通じて送られてきた。それは忘れもしないアンブレイカブルと同じ――
「ぷはっ! はぁ、はぁ」
五秒後、俺を解放したウルアーラさん。息を荒くし、頬を桃色に染め、開いた口から見える舌には俺と繋がる糸が残っている。
「いい所だけ……あげるわね……」
そう言って器用に絡め取られる糸。
「ぐふ……」
笑顔を作ると、満足そうに青い血を吐いた。
「ウルアーラさん……。ウルアーラさん!!」
崩れる彼女を寸でで抱き、せめてもと地面に腰を下ろさせた。
「あっはは……、思ったより、痛いわね……」
「ごめんなさい! ごめんなさいウルアーラさん!!」
腕の中で彼女はそう言って貫かれた腹部を震える手で撫でた。
「こんなはずじゃ! 違う! 俺はウルアーラさんを助けたかったのに!!」
口を開けばいい訳ばかり。そんな自分が心底嫌いになる。
「傷を、
「いいの。このままで」
「……ッ」
わかっていた。俺も彼女も。ウルアーラさんはもう、ルーラーじゃない。癒しの俺の力を腕を制止して否定。意志は固い。
「ごめんね、いろいろと」
「ッなんでぇ! なんでこんな……!!」
なんでエルドラドを攻撃したのか。なんで俺に好戦的だったのか。なんでワザと貫かれたのか。なんで俺に力を渡したのか。
言いきれない言葉が滲む涙として俺の頬を伝う。
『■姫君■の力を継■■■』
■■■■■■■■■■■■■
『
『チュートリアル:■■■■■■』
『チュートリアルクリア』
『特典:スペシャルギフト』
ファンファーレが酷く煩い。
「あいつの傀儡になった私は助からない。完全に譲渡できないけど、その力は必ず役に立つはずよ」
「ウルアーラ……さん……」
だんだんと目のクマが濃くなっていくのは弱っている何よりの証拠。腹部から血が流れ、口で感じた暖かな体温が腕の中で冷めていく。
しかし、優しくも力強い綺麗な瞳は健在で、ガラスの様に俺を写している。
――彼女は最初から助かる気はなかったんだ。
「ッう、……エルに伝えて、助けに来てくれてありがとうって」
「はい……」
細い手が俺の頬を撫でる。
「みんなに伝えて、奴らが介入してくるって……」
「はい゛ぃ」
雫が指をつたう。
伝えたいこと、話して欲しいこと、いっぱいあった。でも、全て時間んが足らなかった。
静かに、そっと静かに、脚の端から泡となっていく。
「――」
陰りがある顔で笑い、血を口元に流しながら最後に問うてきた。
「キス。初めてだった?」
「……はい」
「大人のキスも、はじめてなのね」
「はい……」
俺はできるだけ笑顔で、できるだけ堪えて、答えた。
そして――
――――キミのはじめて、うばっちゃった♪――――
気分よく彼女はそう言って、首元まで迫った泡に包まれる。
――ハズだった。
ピシィ!!!!
と嫌な音。
一瞬遅れて、彼女の顔は跳ね地面を転がった。
首が斬られたんだ。
死んだ光の無い瞳に目が向かう。
「あーあ、お涙ちょうだいは見ていて楽しかったけど、力を渡したらダメでしょー」
突如現れた小粋な帽子をかぶった男性。自然に視界に入れる。
『
『警告:レイドボス出現』
「あーあ」
奴は転がった顔を鷲掴み、ボールを指ではじいて転がす様に顔を遊ぶ。
目元が下がった下賤な笑み。
「フフ」
俺は。
俺はどうしようもなく。
「お前」
「なんだい、かわいいお化けくん」
殺意しか湧いてこない。
「彼女を返せ――――」
『チュートリアル:レイドボスを殺せ』
『殺せ』
殺せ。
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