第50話 チュートリアル:追い込み

「――君だけのぉ、唇にそっと触れたああい♪」


 大吾の上手くもなく下手じゃない歌がカラオケボックスを響かせる。


 彼女である花田さんは目を輝かせながら手拍子。ギブスが取れ、歌詞の意味を含めて花田さんを指さし。腕が治って良かったが全快じゃないらしい。


 広めの部屋。そこで俺はジュースを啜り、首が固まって対面の瀬那と目が合う。


「えーーハジメくん意外と顔イイじゃん~。私タイプかも~」


「うわー肩の筋肉すっご!」


「触ると服越しでも分かる割れてる腹筋も凄いじゃーん」


「ふーん着やせするんだねぇ」


 俺は今、カラオケボックスで現役ギャルJKの集団に体をまさぐられている。情け容赦無い突然のスキンシップ。まさか歌が始まって数秒後にペタペタ触られるとは思っていなかった。


「あ、あのぉ、触るの止めてもらっていいスか……? 名前もまだ知らない訳ですし……」


「えーじゃあ名前知ってたら触ってもいいんだぁ」


「そういう意味じゃ……」


 四方八方から女子特有の良い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。さらに童貞の俺には辛すぎる肌を密着する過激なスキンシップ。多少寒くなってきたかな? という気温なのにまだまだ露出が多いギャル集団。


「……楽しそうダネ」


 ムスッとして如何にも機嫌が悪そうなお瀬那さん。その小さな口でストローを咥えジュースを飲んでいる。


 俺が目で助けを求めても一切微動だにしない。


「うわ胸板ヤバくない!?」


「マジだ、つんつん」


「今は~♪ 何度も――♪」


 歌は滞りなく続けられ、俺はおもちゃにされる。


「はぁ……。ほらみんな、萌が困ってるじゃん。どいたどいた!」


 へーいやらちぇーやらが名残惜しそうに聞こえ、ギャルたちが俺から離れていく。まぁ二人は両隣に座ったが。


 どうやら俺の訴えは瀬那に届いたようだ。


「おい!! みんな俺の歌聞けよ!!」


「マイク通して叫ぶな!!」


 大吾以外が耳を塞ぐ。大吾が痺れを切らして怒鳴ってきた。すかさず怒鳴り返すギャルが一人。同じく耳を塞ぐ花田さんを見た大吾。流石にミスったとマイクをオフにして小さく謝った。


「いやーマジで萌っちが来るとはなぁ」


 もえっち……。


「瀬那には感謝だわー」


「ごめん萌。みんなどうしてもって言うから……」


「ああ、そういう」


 なんか申し訳なさそうに誘ってくると思ったら、ギャルたちが俺を呼んで欲しかったのか。瀬那も俺が陰キャゲーマーと知ってるし板挟みになった結果、誘ってきたと予想しよう。

 確かにギャルのグイグイ来る勢いは根負けするだろうな。


「俺は萌ちゃんを楽しむために来た」


 これが愉悦部か大吾……!


「私は大吾くんに会いたかったから」


 大吾死ね。


「蕾……」


「大吾くん……」


 完全に二人の世界だ。大吾死ね。


 って言うか花田さんは普通にこの場に馴染んでるんだな。まぁ瀬那と仲良しだし、ギャルたちも仲良しってのも頷ける。


「で? 萌っちはちゃんと持って来たの?」


 瀬那の隣の白ギャルが話しかけてきた。


「え、何を……」


「は?」


 怖。怖くないけど怖い顔してる。


「金だよ金一人分。きっちり三万くらい余分にってさぁ」


「……」


 【悲報】俺氏、白ギャルに金をゆすられる。……もしや今、俺は援助交際を持ちかけられているのか……? 三万という現実的なこの数字。イケナイ事だゾ!! こんな同人誌みたいな展開!!


「あっ」


 今瀬那の素な反応が出た。まわりのギャルもまたかよーと呆れている。どうやら瀬那が噛んでるらしい。


「ごめん萌! 説明忘れてた!」


 焦る反応を見て安心した。一応瀬那は処、お花が散ってないはず(希望論)だから聞く価値はある。


「ほら、十月って言えばハロウィンでしょ? 去年も仮装してインスタ映えったからさ、今年もチャレンジしよってなってね」


「ほいコレ」


 隣のギャルがスマホを見せて来た。そこには去年撮ったであろうマリオとルイージが笑顔で映っていた。もちろんギャルたちだ。


「けっこう凝ってるんですね」


 一応コスプレ程度のは陰キャながら知っているが、この仮装は生地の質とか髭の具合が素人目線で段違いで出来がいいとわかる。


「お!」


 横にスワイプしていくと、クオリティの高い初音ミクが映っていた。しかも真っ直ぐこのスマホに向かってポーズしている。


 俺はこの初音ミクに見覚えがある。掲示板で見た。クソクオリティが高い初音ミクがいると。


「それ私な」


「え」


 嘘だろ。この二次元から飛び出してきた初音ミクが三万円のギャルと言うのか……!?


「あ゛りえない……!?」


 思わず闇マリクになってしまう衝撃。


「私趣味がコスプレの衣装づくりだからでさ、なんか顰蹙ひんしゅく買われたりDMで喧嘩売られたりとかするけど、可愛いもの作って僻まれるのマジでカスって感じ」


「まぁまぁそれだけクオリティ高いって事だからねー」


「嫉妬よ嫉妬」


 ギャル同士が慰め合ってる。もしかしたらこの三万ギャルは俺が思っているより凄いギャルかもしれない。


「って事で八人分の衣装作るからしばらく籠るわ。今日はカラオケで歌うまくるからヨロシク!」


「イエーイ! ノってるかあああい!!」


 さっそくギャルがマイクを取って歌いだそうとしている。


 八人分……。俺も含まれるから当然か。それに三万って高くね? コスプレ衣装の制作費用とか知らんけど中抜きとかされるんじゃね? 電通行為されるんじゃね?


「金余ったら返すから」


 どうやら顔に出ていた様だ。


「はい」


 手の平を向けられた。


「無いです」


「は?」


「用意してないです」


「は?」


 三万ギャルが不機嫌になっている。そして伝え忘れた元凶は仲間と肩を組んで歌っている。


 そして陽キャ御用達のハロウィンに駆り出される事が否応なしで決定した俺。めちゃくちゃ憂鬱になる。




 翌日。


 晴天広がるいい天気。そんな日に俺は。


「――コハッ!!」


 内臓が掻き回される一撃を腹部に受けた。


 飛び散る唾液を撒き散らしながら吹き飛ばされる俺。地に手と足を付けブレーキ、立て直さないぞと迫る大きな鋼の拳を体を捻って避ける。


「ッフ」


 俺の胴体ほどもある隆起した鋼の腕。ストレートで伸びきった腕に抱き着き、軸にして回転、その勢いのまま回し蹴りを脇腹のアーマーに浴びせる。


 手で防がれる蹴り。


 剛腕を離し握られた脚を折り曲げて体制を変える。実質体を支えているのは掴まれた脚一本のみ。折り曲げた勢いでツインアイ光るフェイスに本気の一撃を与え、奴の首が衝撃で伸びる。


 離される脚。


 地に両手を突き出して逆さ状態に。腕の力で跳躍し、太ももで顔を挟む様に肩車になる。そのまま力任せに両手を合わせてフェイスに叩きこもうとしたが、右手で引きはがされ、こちらが力任せに放り投げられた。


 風を切る感覚。水が流れる壁が前へ前へと流れ、宙で態勢を立て直すと、白の長髪はためく奴が自慢の拳を握って迫って来る。


「すぅ」


 着地。


 小さく息を吸って呼吸を整える。


 駆動音を響かせる奴の一挙動。地面の水しぶきが連鎖的に爆ぜる攻撃姿勢の構え。正拳突きじゃない微かに見えた鋼指の緩み。


(掴みか……!!)


 一歩踏み出して力む。


 掴み。掴みとわかれば対処は複数ある。上段、中段、下段。体内時間でいくつも思考。だが。


破々々々々はああああ!!」


 体の芯を震わす黄龍仙の声。その迫る姿はまさに武神。だが。


 だが俺は、自分の思考が信じられなかった。


 それはそう。直感に似たモノだった。


 だからこそ。


不流亜ぶるあ!!」


 リャンリャンのフェイント踵落としを寸での所で避ける事ができた。


 猛禽類に似た足の爪。地面を震撼させる一撃。その隙間を縫って避けのけた。


「――」


 無表情の黄龍仙。だがリャンリャンは驚いているに違いない。俺だって驚いている。


 そして踵落としの勢いで落ちてくる顎。それ目掛けて俺は小さくジャンプ。


 下段から最上段に打ち込む回し蹴り。


 月の半月を描く其れは機仙拳が奥義が一つ。


 それがこれ。


「弧月脚!!」


「!!??」


 顎からの衝撃で首が反り、長髪が爆ぜる様に大きく広がった。


「ふぅー」


 着地し黄龍仙を見ると、首が反ったままでピクリとも動かない。俺は爪先で膝を小突いていい加減動けと催促する。

 すると何事もなく首を動かして俺を見るツインアイ。


「まだまだだネ☆」


「越前リョーマか」


 ツッコんでしまった。


「デキは不完全だけど驚いたヨ☆ まさか密に練習してた?」


「いやぜんぜん。思い出してやってみよかなぁて思ったらできた」


「えぇ……。戦闘センス高過ぎぃ☆」


 黄龍仙でドン引かれるとなんかかわいいな。リャンリャンは全然可愛く無いが。

 まぁ今日の鍛錬はこんな所だろと指を鳴らし、ファントム・ディビジョンからリビングへ帰ってきた。


『チュートリアル:家臣と鍛錬しよう』


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:速さ+』


 水をコップに入れ喉に流し込む。火照った体で飲む水はうまし。


「あ、俺しばらく短期のバイトすっから」


「バイト? お金ならカードがあるんじゃ――」


「必要な金が多いし、クレカは生活するために使う。高い遊びは自分で稼ぐわ」


 真顔のリャンリャン。一秒後にその細目が開き、声を荒げた。


「モテないからって女遊びはダメだよ大哥!! そんなに童貞捨てたいのかい!?」


「違うわアホ!!」


 この仙人、俺をイジル事には一級品だな。




 時は十月上旬。


 クラス対抗があと一ヶ月となると、身体面はもちろん座学までもそれに向けての授業が多くなる。なんか別クラスの奴らが怪しい視線を送ってくるが、特に何かしてくる事も無いので放置している。


 放課後のバイトや土日のバイト、一週間重い物を運ぶ(俺はラクチン)労働して結構稼いだ。その一部である三万を瀬那経由で白ギャルに渡された。


 十月中旬。


 模擬戦をとりいれた授業に現役攻略者が有志で集われ、俺ら生徒の力が試された。いい勝負をする人もいれば、基礎体力が足りなかった人もいる。各々の追い込みする課題が明確に見えた。


 コスプレ衣装も着々と完成しているらしく、今回のテーマは格ゲーらしい。なぜ格ゲーかと聞くと、コスプレの比率的にあまり居ないらしく、今回はそこの枠絡め取る算段らしい。


 ちなみに六人のコスプレは決まっているが、俺は内緒らしい。金出してんだから知りたいところだが、大吾に楽しいからと論されたり、白ギャルに凄まれたりしたので渋々委縮。


 十月下旬。


 対抗への追い込み。日に日に実感する自分の成長に、俺含む生徒たちはヤル気十分。


 コスプレ衣装や小物を作り終えた白ギャルから余ったお金が帰ってきた。


 十六円。


 十円一枚に五円と一円だ。


 この手の平にあるお金を見て寂しくなった。


 そしてハロウィン当日の朝。


 白ギャルの家にて集合し、開口一番こう言われた。


「萌っち。ちゃんとチン毛剃るか抜いて来た?」


「……」


 さっそく帰ってゲームしたくなった。

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