第47話 チュートリアル:贔屓はダメよ
「ねえ、あなたは幸せ?」
夕日が海を照らし、海辺の砂浜で子供たちが走り回って遊んでいる。
潮風が彼女の長い髪をなびかせ、夕日の反射で髪がブロンドに見える。
愛を誓ったあの日の海。今では愛の結晶である子供ができ、彼女のお腹には三人目の子が宿っている。
聖母が如く微笑む彼女に思わず見惚れてしまう。
数秒沈黙した後、私は答えを返した。
――幸せだ。
――と。
「お父様ーー!」
「お母様ーー!」
愛しの我が子らが嬉しそうに腕を振っている。それに応えて私とメルセデスは同時に手を振る。
ひときは強い風が吹き、子供らとメルセデスの髪を乱暴にする。使用人が体に障ると助言し、メルセデスははにかんだ顔でちらと私を見て、砂浜を後にした。
「……。……」
私は今、幸福の絶頂に近いのかもしれない。矮小だった私が愛を手に入れ、家族を手に入れ、敬愛なる王にも仕えれる。
息子たちが成長し、やがては私と同じく愛を手に入れ、育む。メルセデスに宿る生まれてくる子も例外ではない。きっと幸せを掴み取り、私は満足して享受を全うする。
――そう希望に満ち溢れる。
――想いだ。
「……久しぶりに見た気がする」
『チュートリアルクリア』
『クリア報酬:体力+』
俺は静かにベッドから起き上がると、頬に流れている雫を手で拭う。
アンブレイカブルの夢を見る度に涙が流れているが、俺の意志ではない。……意志じゃないけど、今回の夢は幸せいっぱいな心境になった。
それにしてもアンブレイカブルの奥さんであるメルセデスさん。いつも顔に日が射してそのご尊顔が見て取れない。まぁあの柔らかな声だから美人のはずだ。知らんけど。
あと子供たちもイケメンなんだろうな。これも知らんけど。
「ふぁ~。六時半か、けっこう寝たな」
さっそく朝のチュートリアルをこなしていこう。
午前十時ごろ。学園第二体育館にて。
「いっち、さーんし」
俺が属するBクラスの男子面々はジャージを着て準備運動している。
「いいかお前ら~。男も女も体力が資本だ資本~! ダンジョン攻略も勉強もバトルも恋だって体力があれば何でもできる」
二年体育担当の我らが担任、阿久津先生がはりきっている。
でも半目でやる気はなさそうだ。
ちなみに体育の見学者は大吾だ。ギブスを取れてないし。
「気張れ気張れー!」
「梶くんは全快したら遅れを取り戻す地獄の猛特訓な~」
「……ぅす」
なんでも対抗戦に向けて生徒の力量を上げないとボーナスが少なくなるとかぼやいていた。だから渋々二年生の体育をそれにあてがっているらしい。
今学期のためにしばらくは体力を付けていくそうだ。
そう、二学期の目玉はなんて立って十一月のクラス対抗だろう。
学園祭に絡めたこの行事は既に大阪の学園が先行して行われていて、向こうでは四苦八苦したらしいが、催しの流れは変わらないとされている。
学園に連なる小さな人工島で行われる、ダミーモンスターを狩って得点を競うチーム戦。
広いドーム型の体育館で行われるバトルロワイアル戦。
そして自身の実力が試されるトーナメント式の個人戦。
以上の三つが一週間かけて行われる。
非常にみっちりとした内容だ。
ちなみに怪我の恐れがあるため、大掛かりなバリア――バトルルームと同様のバリアが施される。もちろん、バリアが割れた時点で失格となる。
世間とネットでは急に出てきた人工島やバリアの技術、学園都市も加えた諸々の超技術は何なんだと声が上がっているが、国連は一切を極秘扱いとしている。
不信感と疑惑が拭えないが、今の所表立った不具合等の被害が無いから、世間は燻ぶっている感じだ。
「はい準備運動はそれくらいにして~、ランニングから始めろ~。俺がいいと言うまでな~」
月野が先頭を走り、しばらくみんなと一緒にランニングしていると、急に先生が俺を名指しで呼んできたので群れから抜けて駆け寄った。
「なんスか」
「花房くん、君にはトーナメントで優勝してほしい。つかしろ」
「……」
何を言うかと思えば、また突飛もない事を……。
「テレビや動画サイト等で花房くんの実力は周知の事実だ。勉学はアレだが、バトルセンスにいたっては他の追随を許さない程だろう」
けなしてんのか褒めてんのかどっちだよ。
「だから今回俺の独断で贔屓する。今から第三体育館に行き、そこでトレーニングしてこい」
第三体育館は隣の体育館だ。あそこは模擬戦ができる場所があったはず。それに今はBクラスの女子たちが体育をやっている。
「あの、質問いいスか」
「なに」
「やるからには一位取りに行きますけど、俺を推す理由は? もしかして評価のボーナスうんぬんですか?」
一位を取りに行く。これはチュートリアルにもある優秀な成績を残すためもあるが、内申点やサークルの勧誘を受けれる可能性があるからだ。これに関しては俺の事なのでいいとして、阿久津先生が俺を贔屓する理由。金しかない。
「……実はな、病気の娘が――」
「え……」
表情に影を落とした阿久津先生。綴られる言葉は途中で細くなり消えていったが、脳内で補完される言葉の続きで俺は驚いた。
まさか阿久津先生に病気の娘さんが居たなんて。ダルそうな表情の普段からは想像できない暗い顔をしている。
守銭奴と思っていたけど、人間何を背負っているのか分からないものだ。
「――なんて言うと思ったか勇次郎くん。時間無いからサッサと行け」
「」
キレていいだろ。これはキレていいだろ絶対。
と思いながらブちぎれた勇次郎の顔をしてそのまま第三体育館に走る。
あの阿久津 健なる教師は金の亡者だ。
アラホラッサッサと第三体育館。大きめな扉を開くと、絶賛ランニング中の女子たちと目が合ってしまった。
好意的な視線、訝しげな視線、無関心な視線と様々だが、女子担当の体育教師と目が合い、当然話は通っているのか向こうだぞと目で指示をされた。
ちなみに女の先生はどうなっても知らないぞとも目で訴えている。
模擬戦ができる区画に居たのは白衣姿の人。
「やあ。待ってたよ」
入学早々に色々検査した検査官が笑顔で腕を組んで待っていた。
「あの、阿久津先生に言われて――」
「――」
俺が近づくと急に襲い掛かり、驚きながら拳を避ける。
後ろを振り向くと検査官の拳が煙を上げていた。
動揺する女子生徒たち。
俺は検査官に一睨みすると、彼はこう言ってきた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私は友田。阿久津先生とは先輩後輩の仲でね。こう見えても国連に属してる闘える検査官さ」
整えたメガネが怪しく光を反射。奥の瞳を伺えない。
「花房くんは僕と闘ってもらうよ」
「……そうですか」
どうやら阿久津先生が言う贔屓とは戦闘経験を積めという事なのかもしれない。
「手加減していたとはいえ、君は阿久津先生に勝った。その後も経験値を積んで強くなったらしいけど……、その長くなった鼻をへし折ってこいとの事だ」
空気が変わる。
広い体育館の中で、友田さんの周りだけが引きつった冷たさを醸し出す。
「……」
別に俺はテングになったつもりは無いが、周りにはそう見えているのかもしれない。
……いや、これは方便だろう。挑発を含んだ方便。
普段やる気の無さそうな阿久津先生だが、ちゃんと仕事はこなす教師だ。友田さんをけしかけたのも理由があるんだろうな。
「拳で語ろうじゃないか……!」
友田さんの拳に目に見える力が纏われる。それはよく馴染みのある力。オーラに違いない。
俺とは色が違うが、間違いなくオーラだ。
「遠慮しなくていいよ。バトルルームとはいかないものの、この模擬戦区画も相当にタフだ。だからこうやって思いっきり踏ん張れる!!」
俺から距離を開けると両こぶしを握って力み、オーラを体の底から引き出している。さながらドラゴンボールでよくある気を溜めてる風にも見える。ちなみに俺はこうはならない。
「いくよ花房くん!! ふおおおおおお!!」
気を纏ったベジータが如く突撃して来る友田さん。
俺は同じく拳を握って構える。
そして――
「参りました……」
「……うす」
普通に勝った。
なんでもこの後、贔屓した阿久津先生と体育館に穴を空けた友田さんが偉い人にガチで怒られたらしい。
やれ誠実さが無いだの大人になっても学生気分が抜けてないだの言われたそうで、普通に可哀そうに思えた。
これいらい阿久津先生が贔屓するのを止め、友田さんはしばらく姿を現さなくなった。
ちなみに体育館に穴を空けたのは俺だったりする。寸での差ってやつだった。
この場を借りて謝罪しようと思う。
友田さん。怒られるの嫌で保身に走り、すみませんでした。
また元気な姿を待ってます。
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