第七章 二学期

第46話 チュートリアル:危険が危ない

『チュートリアル:起床しよう』


 目が覚める。


 デンデデン♪


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:体力+』


 毎日達成する一番最初のチュートリアル。小さなファンファーレが頭に鳴り響き、そのファンファーレの存在すら忘れかけた俺はむくりとベッドから起きる。


『チュートリアル:歯磨きシャカシャカ』


 寝ぼけた頭で洗面台に立ち、歯磨きを行使する。口を漱ぎ、顔を洗ってタオルで拭く。


 デンデデン♪


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:技+』


 ジャージに着替え廊下を静かに歩く。別室のリャンリャンはスリープモードに入っているからだ。まぁ騒いでもリャンリャンが起きようと思わない限りあの細目イケメンは起きないが。


 ランニングシューズの紐を縛り、玄関ドアを静かに閉めた。

 時間は午前五時。ちょうど朝日が昇り気温が上がっていく時間だ。


『チュートリアル:ランニングしよう』


『時間:一時間』


 週に三度のチュートリアル。すっかり慣れてしまったランニング。これはこなさなくてもよいが、出てるからにはやる。クリア報酬もあるし、塵も積もれば山となるだ。


「いっちに、さーんし」


 体全体を伸ばすストレッチをする。ランニングコースは特に決まってはいないが、学園都市の見通しのいい環状線をとりあえずは走っている。


「ふー、よーし」


 軽く走って環状線に来た。ここまでは準備運動。朝方の少ない車が行きかう。左車線の車道に出て、ジャージに付いているフードを被り、腕のスマートウォッチで時間を確認した。


「ッフ――」


 青信号となり安全を確認してから駆けだした。


 風を切り、新鮮な朝の空気を吸い、走る車を追い抜く。


 ランニングに適した走る体のフォームとか、呼吸法とか、正直知らない。だから俺は全力で疾走する。

 もちろん事故は嫌なので黄色信号で速度を抑え、赤信号はちゃんと止まる。切り替わる待ち時間はひたすらその場で足踏み。信号が青に変わると周りの安全を確認してからまた駆けだす。


 それをチュートリアルクリアまでひたすら実行する。最初は何キロ走ったのかとスマートウォッチで確認しようとしたが、俺の疾走が常人のソレと認識できないのかただのバグかで分からなかった。だから走った距離とかはどうでもよくなった。


 デンデデン♪


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:速さ+』


 さすがの一時間全力疾走。汗だくで帰宅し、そそくさとシャワーを浴びる。


 タオルで体を拭き、自室に入り学園指定の制服にに着替える。普段は指定のジャージだけど始業式は制服でいいだろう。


 時間は六時五十分。家のシャワー気持ちよすぎだろ! で、すこし長居してしまったようだ。俺は風呂とシャワーが好きだから。


「おはよう大哥☆。朝からランニングお疲れ様☆」


「おはようリャンリャン。ん~~良い匂いだ」


 エプロンを腰に巻いたリャンリャンが台所でお出迎えだ。我が家のシェフ、リャンリャン。今日のご機嫌な朝食はやはり中国料理だろう。


「いただきます」


 今日の朝食は細長い揚げパンの油条ヨウティアオに豆腐の餡かけスープ豆腐脳トウフノウ。甘めの豆浆トウジャン(豆乳)にふわふわの具の無い饅頭、包子バオズだ。


 油をしっかりきった油条はサクサクで食べ応えあるし、豆浆も健康的だ。

 特にこの醤油ベースの豆腐脳が最高に美味い。そのまますすって良し、油条や包子を漬け染み込ませて食べるも良しの三点ぞろいだ。


「ふぅ、ごちそうさまでした」


ハオ☆ 朝食は資本だからネ☆」


 手提げかばんを持ち靴を履き、リャンリャンに向けて言った。


「行ってきま~す」


「いってらっしゃーい☆」


『チュートリアル:登校』


 怒涛の展開が目白押しな夏休みが終わり今日から新学期。思い返せば聞くも涙語るも涙が盛り沢山だった。ちなみに俺は泣いてない。大吾は泣いたけど。


 ……泣きそうにはなった。かな。


 朝日が照り付ける晴天。朝方とは違う陽気な街角が俺に別側面を見せる。


 そして別側面を見せるのは朝日だけじゃない。


「……」


 学園に近づくにつれ学生も多くなり、それに比例しひそひそ話が多くなっている。これに関しては確証を得ている。最近周りでひそひそ話が横行しすぎだ。耳を傾けても絶妙に聞こえないが、目線はごまかせない。俺を見ている。


 それだけじゃない。俺のあとをつける集団が後ろに居るのを感じる……。


「……!?」


 悟られない様にカーブミラーを見て見ると、変なおっさん集団かと思っていたが制服を着ている女性集団だった。


 おかしい。これはおかしいぞ……。向かう場所(学園)なのはわかるが、なぜ俺に付きまとう……。いや、童貞拗らせた俺の勘違いの可能性もある。


「あ、花房くんだ!」


 い、いや! 勘違いじゃない……!? 今すれ違った人が集団の一部になった! 


「いた! 花房くんよ!」


「キャー花房くーんー!」


 そう思いながら早足で歩いて交差点に辿り着くと、別の女性集団が待ち構えていた。


「なんなんだよいったい!?」


 訳の分からない現象に方向を変え一目散に駆け出し、俺は逃げた。

 なぜだと疑問が尽きないからか、走り方が止まらないオルガBBみたいになっている。


「花房くぅうううん!!」


「待ってええええ!!」


 向けられた折り重なる黄色い声。俺史上初である女の子に追いかけられる夢のような展開。ハーレム主人公なら鼻の下を伸ばしおっぱいに埋もれながらフェードアウトするだろうさ。昔アニメでやってた。


 だがしかし、こんな訳の分からん奴を追いかけるのは、それ以上に訳の分からない奴だ。


「花房くぅううううん!!」


 走りながら思いう。俺がモテるはずが無いと。

 顔だってイケメンでもないし、どこにでもいる陰キャゲーマーの一人だ。別にプロゲーマーを名乗る程も上手くはない。


 では何故追いかけられるのか。


 極端な話、将来性だろう!!(暴論)


「うわこっちにもいるのかよ!?」


 世界が変わってしまい、攻略者という選択肢ができた。ピンキリだが、中には既に億を稼ぐ人もごく少数だが実際にはいる。


 億とまではいかないが、それなりの報酬を約束された人の集まりが有名サークルであり、またはそれに近しい集団だろう。つまり、有名サークルに入りヘマをしなければある程度の生活水準は確定している。


 そこで俺に白羽の矢が立つ。地上波で顔も売れていてヤマトサークルにも縁があり、泡沫事件で判明した実力も折り紙つきだ。


 激甘な将来設計でいくと、俺は攻略者として大成しそこそこの金持ちになるだろう。偏見だが、ブサイクが金持ちだとある程度モテるだろうし、その理論で俺は結婚できる。

 愛ではなくうわべだけ愛、金で近づいて来た将来のパートナーはきっと強欲……。その時の稼ぎではきっと満足いかない。


 ガッポリ入る手段を考える。


 行きついた先はそう、俺の生命保険。


 ありとあらゆる保険に入れるだけ入らせ、計画殺害。


 正面からは殺害が難しいからきっと毒殺だろう。


 俺ならそうする。みんなそうする。


 つまり追いかけてくる女性たちはみな――


「俺を殺しに来たのか!?」


 ここまで妄想した!! きっとそうだ! そうに違いない! だってみんな必死に追いかけて来てるからだ!


「殺されてたまるかあああ!!」


 スピードを上げて逃げる。恐怖心を破壊されたのに背中に流れる冷や汗が尋常じゃない。


「まってーーー!」


「広告のゾンビゲーかよ!?」


 見えてきた学園の正門。竹刀を持った教師が生徒に笑顔で朝の挨拶をしている。


「おはようございます!」


「おは――」


 デンデデン♪


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:体力+』


 秒で門を潜り学園へ入った。後ろから雪崩に飲み込まれた教師の悲鳴が聞こえた様な気がする。


「来たわよ!!」


「っく!?」


 正面玄関にゾンビの群れ。さすがにクラスまで入ってこないと踏んでいたが、ここでもエンカウントするとは……!


 俺は一瞬どうするか考えた。その結果。


「よじ登るしかないじゃんか!」


 自分の教室の真下。そこで大きくジャンプし、二階の窓がある塀を掴む。近代的な建物だが、壊れないとふんで右腕に力を入れて腕の力だけで跳躍。三階の塀に掴まる。その要領でトントン拍子で五階に着き、勢い余ってガラスに接吻した。


「んんー! んんーーー!!」


 談笑する大吾たち。ノックしてから声に出した。

 すぐに気づいてくれたのは我らがチームの瀬那だ。


 開けてくれたので転がる様に入った。


「ふぅ、助かった瀬那」


「ここ五階だよね!?」


「猛烈に嫌な予感がして逃げてきた……」


 嫌な顔をして窓から顔を出すと、ゾンビの嬉しくない黄色い声援が響いて来た。


「♪~! モテる男は違うねぇ」


「ちゃかすな! 俺は命の危機から脱したところだぞ!?」


 モブのクラスメイト達におはようの挨拶をして自分の席に座った。やっと落ち着ける。まさか朝からゾンビに追いかけられるとは思わなかった。


「朝から疲れる……。あれ? 瀬那」


 なぜか俯いている瀬那が気になってみて見ると、些細な変化が見て取れた。俺の声で瞳を見てきたので、俺も丸い瞳を見て言った。


「髪切った? 微粒子レベルの変化で普通分からんて」


 大吾のうるさい声でそっちに気を取られる。瀬那の声にならない声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


 そして頻りに笑った後、予鈴が鳴りクラスの担任、阿久津先生が気ダルそうな顔でドアを開け登場した。


「よぉお前ら~。元気してたか?」


 本人が元気そうじゃない顔してるのにそれを聞いて来る。つか生徒にお前らて……。まぁ誰も気にしてなさそうだし、大丈夫だろう。


「あと数分で学園長のクソ眠くてありがたい校内放送がある。その前に一つ、言わせてくれ」


 阿久津先生の言葉に誰もが聞き耳をたてた。


「夏休み中に起きた泡沫事件。それの被害に遭った生徒が無事戻ってきたのを嬉しく思う。世間でもうるさく言っているが、まだまだ国連も突発的なダンジョンに対応しきれていない。正直いつどこでまたダンジョンが開くか分からない」


 誰かが息を飲む声が聞こえた。


「一般人を守るのは国連の仕事だが、攻略者の卵である君たちも率先して対処に当たってくれ。ダンジョン攻略のために力を付けるだけじゃない。人を守ってから攻略しろ。そうすると教師である俺が評――みんな頑張ってくれ」


 なんか言いかけたけどいつもの事だから気にしない。こころなしか先生が嬉しそうな顔をしているが気にしない。


 数秒後に校内放送が始まった。


《えーみなさん。おはようございます――》


 学園長のありがたいお言葉。


《――であるからして。――であるからして》


 最強の睡眠用BGMだろこれ。


 長々と十五分以上放送が続けられ、最後はそれらしい事を言って締めくくられた。


「あのハゲなげーんだよ……。はい。眠気もすっとぶ最高の放送でしたね~」


 それから二学期の事項やら報告やらが続き、今日は午前でお終い。明日からまた通常の授業が始まる。


「あ、花房くん」


「え、はい」


 午前十一時頃の放課後。


 帰宅の支度をする生徒がいる中、ダルそうな半目で教室を後にしようとした阿久津先生が不意に俺を呼んだ。


 何だろうと大吾も瀬那も釣られて阿久津先生を見ている。


「早朝に勇次郎が環状線爆走してるってクレームが数件来てるから、別の所で走れよ~」


「はい……。すみません……」


 普通に怒られた。


「何やってんだよお前……」


「萌……」


 二人にも白い眼を向けられ、俺は内心涙目になった。

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