第13話 チュートリアル:コンニチハ

『チュートリアル』


 何故突然出てきたのか、何故俺だけチュートリアルがあるのか、今もまだわからないでいる。


 ダンジョンをクリアした証。王冠を学園へ納めてから数日、その日からチュートリアルが多発し、いわゆるチュートリアルのストックができ始めた。


 好きな順番でやってね。


 そう取れる様にメッセージ画面を潜って行くと羅列している。


 期間は無いらしいが、ちょっとしたチュートリアル、起床だったり何なりは毎日更新されている。


 まぁそれはこなしていくんだが……。


『クリア報酬:速さ+』


 そしてクリア報酬としてステータスが上がっていくが、これも可視化できずわからん。


 わからないだらけだが、俺にはわかる事がいくつかある。


 それは幻霊君主ファントムルーラーの事だ。


 幻霊種の頂点。幻霊君主ファントムルーラー


 そう。俺が継承した君主の力だ。


 正直に言おう。俺は君主の力をすべて引き出せていない。知識としてはあるが、時期尚早といったところか。


 こればかりは俺が強くなって扱える様にしなくては……と思う。


 そして同時に思った。力を引き出せない俺は思った。


「あれ? 俺、メッチャ手加減されたくね?」


 と。


 これも正直に言おう。もしあの場でアンブレイカブルが全能力を行使したならば、俺は間違いなくアへ顔ダブルピースに糞尿撒き散らして精神崩壊していただろう。ちなみに変な意味はない。


 事実、殺される何回かはふざけてアへ顔していた。うん。手遅れだったわ。


 しゃーないやんだって。いっぱい死んでみ。っと、せやかて工藤を丸ごと側において、今日は休日。反省会の名のもと、なぜか俺の部屋で攻略祝いをすることになった。


 そして今、


「っふー、っふー」


 お昼前の運動をしている。


『チュートリアル:レッツ筋トレ中級編』


『課題:腕立て伏せ 495/500 上体起こし 500/500 スクワット 500/500』


 敷いたマットの上に汗の雫がポタポタと流れ落ちる。染みこんだ跡が俺の頑張りを証明している。思いのほかまき散らしているので、広めのマットで正解だ。


 始めは余裕綽々と早めに動いていたが、ゆっくりとした動作に変えると、なかなかに負荷がかかって効果がありそうだ。


「よっし」


 デンデデン♪


『クリア報酬:体力+ 力+ 技+』


 肩で息をする。これからはゆっくりと鍛錬部位を意識してこなしていこう。その方がずっと成長しそうだ。


 そう思っていると、不意にインターホンが鳴り、来客を知らせる。急いでオートロックのカメラ映像を確認すると、大吾と瀬那が袋いっぱいの菓子とジュースを携えてこちらを見ていた。


「今開ける」


 解錠を押してロックを外す。部屋は伝えてあるので、エレベーターで昇って来るだろう。多少の時間があるのでキッチンへ向かい、浄水器を通した水を捻りだし、コップに入れてゴクゴクと飲んだ。


 三杯飲んで一息つき、脱衣所に設けているタオルを肩にかける。顔の汗を拭きながら玄関に向かう。覗き穴を見ると、ちょうど二人が到着したようだ。


 ドアを開ける。


「お疲れさん」


「おうぅうお!?」


「へあッ!?」


 人の顔見るなり驚くとは失礼な。……ん?


「あ、ごめん!」


 肩に掛けてあるタオルを急いで胸元へと持っていた。失礼なのは二人じゃなくて俺の方だった。


 今の俺はほぼ半裸。ボクサーパンツ一丁の変態だ。トレーニング系のチュートリアルは汗をかくので、洗濯物を増やさないためにパンイチでこなしていた。

 チュートリアルを達成して完全に油断していた。あちゃ~。


「その筋肉はさすがに引くわぁ。仕上がりすぎだろ!」


「ほ、ほっといてくれ!」


 大吾が苦虫を噛んだ様な顔をしてドン引きしている。


もえのはだか……! ヤバい……、胸板に腹筋メッチャヤバい!)


 瀬那は手で顔を覆うが、指の隙間からしっかりと俺の体を見ていた。漫画やアニメの世界だけの行為だと思っていたが、リアルで拝めるとは若干嬉しかった。


 顔が赤くなっているのはどうしてんのだろうか。ギャルだからそこらへん耐性があると思っていたが、俺の偏見か?


「とりあえず上がってくつろいでてよ。見ての通りトレーニング直後だから、軽くシャワー浴びてくる」


 そう言い残した俺は脱衣所に向かう。おじゃましますと二人の声を聞いてから脱衣所のドアを閉め、そそくさとシャワーを浴びた。


 バスタオルで体を拭き軽く浴び終えた俺は、着替の用意をしていない事に気づいた。急いで用意しようとタオルを腰に巻いて部屋に戻ると、大吾と瀬那が俺の部屋を物色していた。


「……何してんの」


「エロ本探し」


「ねーからテレビでも見とけ!」


 キレ気味で言いながら着替えを用意して脱衣所で着替えた。再び部屋へと戻る。


「!?」


「うわ、巨乳ばっかじゃん! しかも清楚系て……」


 俺のプライベートのタブレット。それを手に取り慣れた手つきで操作している。


「ちょやめて!」


 どうやってセキュリティを破った!?


「エロ本とかもあんの? うわぁ人妻もの。これも清楚系……」


「やめて瀬那さん! アカンて! 俺のプライベートですよ!」


 やばい! 俺のへきが赤裸々に、虚しくも白日の下に!!


「おいおいもえちゃん。これはいかんでしょ」


「!?」


 大吾がベッドの側のゴミ箱の中身を見てから俺を見る。


「丸まったティッシュはあからさまだってー」


「ち違う! それは鼻をかんだティッシュであって変な物じゃない!」


 事実だ。二人が来るから清掃し、ゴミ箱の中も綺麗にした。ただ、どうしてもムズムズして鼻をかんだ。これが真実。


「ん゛~。うん、生臭いにおいだ」


「お前ブッ飛ばすぞ大吾! 違うっつてんだろ!」


 わざとらしく演技する大吾にキレる俺。明らかに俺をからかっている。


「あれれ~? もえちゃんの言う変な物ってなに~? 普段はここに変な物入れてるって事ぉお?」


「ッ!?」


 こ、こいつ! 半目で誘導尋問か!?


《ああん♡》


「!?」


 条件反射で瀬那を見た。


《あん♡ あん♡》


 この声は俺のお気にの音声。幾度も聞いた洋物音声。だが普通の洋物じゃない。


「これアニメとかゲームのキャラクターだよね。……カテゴリーCG集? ヤバー!」


《ん♡》


「やめてえええええええ!!」


 恥ずかしい。余りにも恥ずかしすぎる。百歩譲って大吾に見られるのは我慢できる。でも女子の瀬那に見られるのはマジで恥ずかし。急いでタブレットを取り上げないと!


「あれれ~? この赤と白のストライプ模様はなに~~?」


「!?」


 わざとらしい大吾の声。おどけた名探偵みたく疑問を言っているが、その手に持つのはアレだ。


 こいつ、ベッドの収納スペースに隠してあったアレを見つけただと!? つか勝手に開けんな!


「なにそれ」


「おっと瀬那さん、やはり女性には馴染みがない様子で。これは――」


 速攻でソレを大吾から奪い取り、隠す様に背中に持って行った。取られた大吾はニヤつきを隠さない。


「えー! まさかエロいグッズなの?」


「い、インテリアです!」


「じゃあ隠さなくてもいいじゃん! つーか顔赤ーい!」


 赤くなって当然だろう。俺はいたって健全な思春期ボーイなのだから。……まぁ今この状況では健全から程遠いが。


《あーん♡》


「それ止めてくれるかな!?」


「いいじゃん別にー。うわぁ……エッグいわ。こんな奥まで入らないって……」


 なんの事言ってるのかな俺にはぜんぜん分かんないやー。とりあえず瀬那が持つタブレットを回収しなくては!


「瀬那、それ返して――」


「いやだ! 弱みを握ってやるんだ~!」


 言葉を遮って笑う瀬那。俺の弱みなんて握ってどうしようってんだ? こうなったら強行だ!


「返せってこの!」


「いや~ん変態が襲ってくる~」


「ギャハハハ!」


 部屋のテーブルの周りをまわる様に追いかける。子供じみた所業。俺はいい加減恥ずかしくてたまらない。瀬那に一気に近づいた。


 すると、


「あ――」


 脚が絡まり、二人して倒れる態勢になった。先はベッド。このままでは瀬那が下になるので、瞬時に抱き、態勢を変えて俺が下になる。


 二人が倒れこみ軋むベッド。


 耳の側で瀬那の息をのむ吐息が聞こえた。


 そして俺は気が気じゃない。柔らかな肌に瀬那特有の甘い良い匂い。どこか落ち着く甘い匂いだが、俺の胸に当たる柔らかな物の存在が、それを跳ね除ける程に心臓を速くした。


「……大丈夫?」


 起き上がろうとした瀬那に言った言葉。自分でも分かる程に艶のある声で驚く。


 見つめ合う。瀬那の瞳を見ていると、時が止まった感覚に陥った。お互いに逸らしはしない。ただ、瀬那の瞳は揺らいでいて、潤んでいる様に思える。


 頬に髪が当たる。甘い吐息が俺をくすぐる。


 ……なぜこうなったのか。肌に感じる俺とは別の鼓動がその思考をかき消した。


 二人の鼻先が触れ合う。


 その瞬間。


 カシャ


「「!?」」


 泥沼の思考が謎のシャッター音で我に返る。


「おい!? お前ッ! お前ええ!!」


 音の方を見ると大吾がスマホをポケットに閉まっていた。


「なに撮った大吾!」


「♪~」


 青筋を立てる瀬那にどこ吹く風といった大吾。ベッドから降りた瀬那がキレているが、一抹の寂しさを覚えた俺は少し、ほんの少し寂しかった。


 だが俺は童貞。さっきのは何かの間違いだと思わざる得ない。と、首を高速で横に振った。


「消して変態!」


「え? ちょっと何言っるのかわかんないなぁ。♪~」


 明後日の方を見て口笛を吹いている。その姿に俺もイラついた。


「消せっつうのッ!!」


 不意に、持っていた俺のアレを投げ飛ばした瀬那。


 驚愕する俺。


 クリティカルヒットするアソコ。


 白目を向く大吾。


「ッッッ~~~!?!?」


 膝から崩れ落ちうずくまる。アソコを両手で覆うが、圧倒的な瞬発力で覆ったためぶつかったアレが両手にあった。そして奇跡的にアレの使用態勢でダウンしていた。


「っぷ、っく。大丈夫かっ大吾ッ」


 悪だくみした因果応報だと俺は笑いを隠せない。ぴくぴくと痙攣する大吾を見ると盛大に吹き出しそうになった。


「やっば! 急所に当たっちゃった! もえ、この場合ってどうしよ……」


 呼ばれたので瀬那へと顔を向いた。


 そして俺は思考を停止した。


「わ~~~おぉ」


 履いている部屋着のジャージパンツ。さっきの事故で俺の理性が崩壊し、機動戦士としてテントを張ってこんにちはしていた。


 顔を赤くする瀬那。


「コンニチハ!」


「きゃあああああああ!!」


 目をつぶって悲鳴をあげた瀬那が、俺のタブレットを勢いよく投げた。


 クリティカルヒットされるこんにちは。


「」


 俺も痛い目に遭った。

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