第9話 チュートリアル:戦闘試験

「それ!」


 わかりやすいモーションからの上段斬り下ろし。萌は体を半分逸らして避け、続いた切り払いをステップで避けた。


 次は俺だと萌は斜めに斬り掛かる。


 当然阿久津は竹刀で対応。ぶつかり合う剣から、オーラの欠片が細かく散る。


「ッフ」


 弾かれた勢いを利用し、体を捻って回し蹴り。


「――」


 下に避けた阿久津。


(おいおい、風の切る音が普通じゃないぞ!)


 通り過ぎようとする頭上の脚を抱え、投げ、叩き伏せようとする。


 萌に迫る床。


「!?」


 床に着く萌の両手。駆使する脚技。尋常じゃない力に振り回され、地から浮いた阿久津は脚を解いて距離を置いた。


「ま、マジかよ……」


「なんつうレベルの……」


 オーラのレベル、戦闘技術、共に高いレベルに他の生徒は驚きを隠せない。


 自分たちは武器を使ってテストしたのに、彼は武器ならず己の体術も駆使して挑んでいる。もはや舌を巻くしかない。


「阿久津先生って、もと国連の人だったよね」


「その中でも戦闘に特化した部隊出身だったって噂」


「手加減してるだろうけど……」


 ぶつかり合う剣。


「それ!」


 差し合う体術。


「ッ」


 避ける動作や間合いの感覚など、全てにおいて高水準。


 だが阿久津は感じていた。


(花房はまだ、力をセーブしている)


 体術の威力は最早規格外。一撃一撃が、必殺の威力そのもの。だが当たらなければどうという事はない。ここに至っては全力を出していると阿久津は考察する。


 問題はオーラ。視覚化し、あまつさえ剣に具現化できるのは驚愕の一言。だが、オーラの真価は剣を具現化する事ではない。


(具現化するのが当然と思っているのか?)


 細かいオーラの欠片が頬を撫でる。


「っと。ちょい待ち」


「?」


 大きく離れ、手をかざして待ったをかける。


「数手で花房くんの力は分かった。君の戦闘センスはぴか一だ」


「あざす」


 お辞儀する萌。


「こうもあっさり幕引きはもったいない。そう思わないかい?」


「え、いやぁまぁ……」


 あっけにとられる萌。目を逸らしているが、どっちでもいいと謡っている。


 その姿に阿久津は苦笑した。


「よし。さっきよりギアを上げて行くからねー」


「はい――」


「それ!」


 言葉を遮る様に阿久津は動いた。


 萌に向かって、竹刀の先で床を素早く弾くと、可視化した斬撃が床を這った。


「飛ぶ斬撃!?」


「おいおい、あいつ死ぬわ」


 ステップで避ける萌。避けた斬撃が、後ろの方で透明な膜に当たり、激しい音と共に四散する。


「それっそれっ!」


 さらに飛ばす斬撃の双撃。床を裂きながら襲い来る斬撃を、オーラの剣をぶつけ四散させる。


「どうも」


「ッ!」


 四散した斬撃の裏で阿久津が急接近していた。


 驚く萌。


 竹刀の先が胸を狙うが、寸での所で避ける。が、着ていたジャージは切り裂かれた。


「まだまだギア上げてくよー」


 突き、斬り上げ、蹴りからの裏拳。


 破れるジャージ、体術は手で防御。


「お、おい」


「あ、ああ」


 息をのむ男子。


「ねえ、先生、本気になってない……?」


「まだ手加減してるけども、私たちレベルのテストじゃないわ」


「って言うか、あの人誰? 新人くんってのはわかるけど……」


 実戦レベルのテスト。自分たちが受けたテストなど、如何にちゃちな物だったかを分からされた。


 続く攻防。方や攻め続け、方や防御をとる。破れていくジャージ。


(攻め入る隙を作らせない。俺はそこまで甘くない)


 回し蹴りを避けられる。


(そろそろ分ってきたんじゃない? その剣を持っている限り、攻めれないという事がさ)


 剣を持つ。それすなわち、剣に縛られるという事。攻めの動作に、使というワンクッションが入るからだ。阿久津はそれを狙って攻め続けている。


「っく!」


 目に見える萌のイラつき。思い通りに事が運び、阿久津はニヤつきで返答した。


「お、戦法を変えるのかい?」


 オーラの剣をしまう萌。超接近戦の体術で挑む。


 萌が一歩近づく。阿久津が二歩遠のく。


 二歩近づく。三歩遠のく。


 這う斬撃を避けるが、波状攻撃の様に阿久津の攻めが激しくなる。


「ほらほら、俺はここだよー」


 阿久津は接近させない。一撃必殺な威力の怪腕。それを封じる。


 からかう様に攻撃していった。この攻撃を搔い潜り、接近するには、身体強化からの細かく素早い詰が必要。


「ッム!」


 それは萌も分かっていた。オーラを体に纏わせる。


(それでいい。この距離だと、強化したステップで徐々に詰めれる)


 そう。これが数ある一つの正解。経験豊富な阿久津は、我が意を得たとほくそ笑んだ。


(さあ来い)


 脚にオーラが伝う。


(君は何手で詰めれるかな?)


 斬撃を放つ。


 この距離だと五手、七手か。と予想する。


 だがそれは。


「――」


 並の攻略者の場合による。


「!?」


 死。


 それを感じ取り、無意識に身体強化した阿久津。


 響く爆音。わずか一回の長距離ステップで懐に入った萌。


 顔面に迫る拳を避ける。空振る拳。だがあまりの威力に頬の肉が波打つ。


(油断ならないねぇ!)


 超接近戦に持ち込んだ萌。俺のターンだと言わんばかりに、拳、脚の連打を打ち込む。


 それをいなす阿久津。かすりでもすると肉を持っていかれる緊張感が、彼の背中に汗を流させた。


(ここだ)


 大振りの萌のモーション。身体強化をフルに使い、その隙を逃さず蹴りつけた。


「ッグフ!」


 仰け反りながら吹き飛ばされる萌。ブレーキ代わりの脚で描く線が、阿久津の威力を物語る。


 ふらつく萌。


(もらった!)


 瞬時に詰める阿久津。とどめと言わんばかりに、竹刀が唸る。


 次の一撃で決まる。激戦の末、誰もが阿久津の勝利を疑わなかった。


 だが、ここで待ったをかけたのは他でもない。


「!!」


 阿久津自身だ。


(何やってんだ俺! 相手は学生。それにこれはテスト。実戦さながらだったとは言え、熱くなりすぎた!)


 脳内時間で思考した。だがもう、唸る竹刀を止める術はない。


(すまない花房くん。肋骨は免れない!)


 謝る阿久津。だがそれが、空虚へと変わる。


「――」


 空振る竹刀。阿久津は思考が追いついていない。


 そして観客の生徒は見た。


 寸前で上半身を大きく反らし、曲がった脚だけで全体重を支えた。


 脚に力を入れるため、床すれすれまで上体をそらした萌。


 その態勢から脚の力だけで跳躍し、回転。


 阿久津の肩に正座のような形で落ち着く。


「!?」


 脚に挟まれた顔と首。視界が覆われ、何が起こったか未だ理解が及ばず、阿久津は浮遊感を感じた。


 またも上体をそらす萌。床に両手を着いて、脚で挟んだ阿久津を持ち上げて、


「ッッッ~~~!!!!」


 背中から床に叩きつけた。


 響く轟音。割れた床に倒れる阿久津の姿。


 埃が舞う中、おもむろに立ち上がった萌。


「ッシャア!!」


 渾身の右手を、空に突き上げた。


『チュートリアル:先生を倒そう』


『チュートリアルクリア』

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