第5話 チュートリアル:中継

《――こちら中継の浜本です! 見えているでしょうか!》


 都心部上空。数機のヘリが飛んでおり、今まさに生の映像を中継している。


《ゲートから漏れ出てきた巨大モンスターが、天空ツリーに掴まっています!》


 ゲートから出たモンスター。本来ならば、ダンジョン攻略中はこのような事態は有りえないのだが、攻略者の多くが敗退、従ってボスモンスターが成長していき、ダンジョンの枠を破って出てくるのだ。


《お、おぞましい姿です! 情報ではC級ダンジョンのボスだったらしく、今はB級の強さがあるそうです! まさしく人類の敵と言ってもいいでしょう!》


 街にある巨大モニター、お食事処、お茶の間に至るまで報道されている。


《モ、モンスターが地上に飛び降りました!》


 立ち止まる人。箸を止める人。団らんを過ごす人。ダンジョンのモンスターに皆が目を離せないでいた。


《あ! 今、攻略者たちが一斉に攻撃しています! す、すごいです! 凶悪なモンスターに物ともしません!》


 興奮するキャスター。その熱が視聴者にも伝わり、喉を鳴らせた。


 剣を持って戦う者、大楯を持って防ぐ者、杖を振り火球を発射する者。アニメやゲームを想起させる現実が、テレビに映っている。


《!》


 傷を負う人型モンスター。大きな腕を振り払うと、急にうずくまり小刻みに震えた。


「ウガアアアアアア!!」


《きゃあああ!!》


 耳鳴りを伴う咆哮。その衝撃波がヘリコプターにも伝わり、機体のバランスを崩す。


 乱れる映像。中継裏のテレビアナウンサーが心配を口にする。


《――そ、そんな!》


 乱れが残る中継。最初に取った音はキャスターの驚愕。そして映される現場。


《……壊滅です。攻略者たちが倒れています……》


 あってはならない。あってはならないのだ。人類が蹂躙される映像など、あってはならない。明らかに放送事故。


 膨張し、鋭利になっていくモンスターの体。見て分かるモンスターの成長。


 これが今の現実。人々は改めて痛感した。人類の脅威を。


《あ!》


 だが。


《来てくれました! 間に合いました!》


 人類もまだ、意地がある。


《西田メンバー! 日本が誇るサークル! ヤマトサークルの西田メンバーです!》


 軽装だが強固な鎧。強靭な三又の槍。そして強者特有のたたずまい。


「成長してんじゃん。こりゃ骨が折れそうだわ」


 言葉に似付かわしくないニヤケ顔。三又の槍を構えて、相まみえる。


 瞬間、西田の体が帯電する。


「オラアア!!」


 纏ういかづち。その力の一端が槍にも伝達し、モンスターに迫る。


 切り裂く腕。


「ガアアア!?」


 悲鳴を上げるモンスター。切り裂かれた箇所から雷が伝達し、全体に広がってダメージを受けている。


 だが流石モンスター。


「うおっ! 我慢強いなこいつ!」


 効いていない――。そう思わせる攻撃を避ける西田。大きく砕けるアスファルトを視界の端に見て、冷や汗を流す。


「なるほどねー。ザコとは違うわけだ」


「ウガアアア!!」


「はいよ。ちょっくらじゃれ合おうか!!」


 激突する両者。先ほどの攻略者たちの闘いが霞んで見える程の攻防。


《激しい戦いです! 雷の様な猛烈な光が走っています!》


 生の戦いを見る。映像を見ている人々は自然と拳を握り、手から汗を流す。


 拮抗する力。今も尚成長するモンスターとその猛撃。槍を自在に操って果敢に攻める西田。


 カメラは一切を見逃さないと淡々と向けられる。古代ならコロッセオ。現代ならリング上。この映像は今、既にエンターテインメントの側面を担っている。


「うおおおおおお!!」


 テレビ越しではわからない西田の咆哮。だが気迫は伝わる。だから酒のあてにもなる。


 そして突き付けられる現実。


「おい……」


 小さく映るそれに、最初に気づいたのは。


「子供だ!」


 視聴者だった。


《え!? 子供!? に、逃げ遅れた! 非難が遅れた子供が、隠れていました!》


 気付くモンスター。


 驚愕する西田。


 震える子供。


「――」


 モンスターの無慈悲な一撃が、子供を襲った。


《いやああああ!!》


 キャスターの悲鳴があがる。映像にはアスファルトを抉った道が映し出された。


《あ……あ……》


 言葉にならない。誰が見ても絶望的だった。子供は、助からなかった。


 かに見えた。


《ッッ~~!! ぶ、無事です! 子供は無事です!》


 歓喜する浜本キャスター。安堵する視聴者。そして頭から血を流す西田。


「痛ッてえええ! 間に合った! ハァ、ハァ」


 肩で息をする西田。


《西田メンバーが子供を庇いました! 今、頭を下げた子供が現場から離れていきます!》


 浜本が喋り終えた直後だった。


「■■■■!!」


 聴き辛い咆哮。嫌でも目にしたモンスター。その姿は数秒前とは違い、鋭利でよりマッシブな巨体となっていた。


 西田に一歩近づく。踏みしめたアスファルトはモンスターの重みで容易に砕ける。


「クッソヤベェ……。思ったよりイイの貰っちまった……!」


 血を流し片目を瞑る西田。槍を支え柱に膝を付くが、息も絶え絶えだ。


 またしても絶望的な状況。応援が来るはずだと願うばかり。だが間に合わない。数秒後には西田がやられるかもしれない。


《なに……アレ……?》


 浜本キャスターの声が雑音の中よく通った。


 モンスターが、西田が、そしてカメラが声と同じ方向を見た。


 空に小さなゲートが出現していた。ズームするカメラ。中から光が発生し、地上へと落下した。


《お、応援でしょうか!? それと……も……》


 モンスターと西田の少し離れた場所。土煙が晴れていくのをカメラが捉える。


 風ではためく気品あるローブ。漂う異様な雰囲気。そして誰もが思った。


 ――なんだ、アレは。と。


『警告:君主ルーラーが顕現しました』


「ッ!?」


 西田はたじろいだ。初めて見る赤いメッセージ画面。そして君主ルーラーなる存在。


 深いフードを被る君主ルーラーが中継ヘリを見る。特に興味もないと、次に天空ツリーを見た。そして西田とモンスターに向けられる眼光。


 ゾクッ


 背筋が凍る者。距離をとり警戒する者。


(ヤバいッあいつはヤバい!)


「グルウアアアア!!」


 西田は思った。生きては帰れないと。あの存在は、人間の物差しでは測れないと。


「はぁ~」


 だが西田は逃げない。


「ック! 覚悟完了だ!」


 震える脚に力が入り、立ち直す。


「死んでやる! 戦って死んでやるからあ!」


 再び帯電する体。


「だからアイツの情報を少しでも取れえええええ!!」


 気勢を上げた西田の咆哮。準備万端。構えた姿勢から更に深く腰を落とし、脚に力が入った。


「――」


 突進。


 先に動いたのは。


「■■■■!!」


 モンスターだった。


「なに!?」


 モンスターの全力の突進。君主ルーラーに向けてアスファルトが容赦なく砕け散っていく。


 そして、終幕はあっけないものだった。


「ファントム・タッチ……」


「!?」


 くぐもった声の日本語だった。突進するモンスターが勢いのまま地に伏す。体中のあちこちに黒い影の様な手がいくつも現れた。

 地面じゃないどこかへと沈んでいく。口が黒い手に塞がれ、声も出ない。そして後押しするように大きな黒い手が下から現れ、モンスターを包んで下へと消えていった。


 静寂する世界。


 ヘリにいる浜本も、現場の西田も、一部始終を見ていた視聴者も、皆言葉を失っていた。


「……」


 動けないでいる中、その存在が暗い街中へと霧の様に姿を消したのを、カメラだけが捉えていた。

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