第4話 チュートリアル:継承

『クリア不可能な要素を確認。補正適応。スキル「オーラ」を適応』


 物理攻撃が効かないとアナウンスされた直後の復活だった。


「オー……ラ」


 与えられたスキル、オーラ。瞬時に活用方法が頭に流れ込み、俺はあっけにとられた。


「こうか?」


 試しに使ってみると、自分の一部の様に使用可能。可視化した半透明なオーラが俺を覆った。


 そしてボスに殺された。


『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』


「……わかった。ッ!」


 短刀を避ける。


「お前を倒さないとッ」


 地面からの攻撃を避ける。


「俺は帰れないわけだッ」


 薙ぎ払う短刀を、上半身を背中に捻って避ける。


 鼻先を横切るボスの凶刃。瞬間、噴出した。


「!」


 ボス、アンブレイカブルの腕から血の様に噴出す黒い霧。


「浅い。皮一枚ってところか!」


 斬ったのは俺。オーラを程よい大きさの剣に変え、俺が攻撃した。


 結果は見ての通り、効果あり。物理攻撃が効かないというメッセージ画面も出てきていない。


「イケる!!」


 適応されたオーラならこいつにダメージを与えられる。


 喜んだのも束の間。


「ぐふぅ!?」


 噴出した黒い霧が俺に近づくと、鋭い何かが飛び出して俺を串刺しにした。


『チュートリアル未達成のため、補正適応。ステータス上昇』

『オーラ:スキルレベルアップ』


 復活しては挑み。


「オラアアア!!」


 死んでは復活し。


「このやろおおお!!」


 目に見えないステータスとスキルレベルがアップする。


「おらこっちだバーカ! 捕まえるもんなら捕まえて――」


 ダメージは負わせる。だが幾度繰り返そうが、アンブレイカブルを倒せるビジョンがまったく見えないでいた。


「はぁ~。マジで何なのお前。こっちはいっぱい死んでるのに、何か言ってよ」


 少しずつ、少しずつ。生存時間が伸びていき、軽口を言う余裕すらできた。アンブレイカブルが遅い訳じゃない。むしろ俺が復活し強くなるにつれ、アンブレイカブルの攻撃が過激になった。


 だが俺もただやられるだけじゃない。アンブレイカブルの動き、癖、攻撃の種類。徐々に分かっていき、生存力が上がって行った。


 ちなみに『至高の肉体』が無ければ映画さながらな超人的な動きは不可能で、無ければ俺はとっくに精神を壊していた。


 オーラのレベルが上がらなくなり、自在に操れた時の出来事。


「アレは……?」


 フードから時折反射する物があると思いきや、古びたペンダントだった。


「……もしかして」


 脳裏に過る家族絵に描かれていたペンダント。それと同じものであろうペンダントが、アンブレイカブルの首にかけられている。


「お前、あの絵の男か!」


 地面から俺を飲み込もうとする攻撃を避け、光る眼光と目を合わせた。


「■■■■」


「!?」


 黒い霧を残して消えたと思うと、気づけば俺の目の前に奴のフードの奥の眼光があった。


 はじめて聞いたアンブレイカブルの声。いや、声と言っていいのかわからない。


 だが、動かない。ほんの数秒だったのかもしれない。お互いに目を合わせていた。


 そして思った。


「あんた、なんでそんなに――」


 寂しそうなんだ。と。


 霧の様に移動され、距離をとられる。


「なぁアンブレイカブル」


「■■■」


「あんた、人間だったんだろ」


「■■■■!」


 短刀が消え、代わりに霧を纏う剣が手に握られ、俺に斬り掛かった。


「ッ!!」


 オーラで形成した剣で応戦。刃を押し付け合い、拮抗した力がお互いを後ろへと飛ばす。


「■■■■オオオオ!!」


 フードから発せられる咆哮が衝撃波をうみ、俺に地面に膝を着かせた。


 地を裂き、空間を歪ませる咆哮。


 怒りから来る咆哮ではない。彼の目をみた俺にはわかる。彼は苦しんでいる。


「■■■!」


 地面に剣を突き立てると、地面を割りながら黒い棘が次々と出現し迫りくる。


「ッ!」


 跳躍して回避し、棘によって飛ばされてた落下する岩にしがみつき、オーラで身体強化。その勢いで一瞬で突進。


「ここだッ!」


「■■■■!」


 通り過ぎ間に斬った首付近から、大量の黒い霧が噴き出した。


 だが倒れない。彼は斃れない。


「あんたに何があったかは知らない!」


 黒い霧の剣を肉薄して避ける。


「あの絵の家族に、何があったかは、知らない!」


 地面からの攻撃をステップで避ける。


「でもあんたが苦しんでるのは、俺にはわかる!」


 斬った。


「■■■■」


 斬った。


「■■■■!」


 何度も斬った。


「■■■■!!」


 しかし、彼から怒りは感じられなかった。


 なぜ俺は斬らなきゃいけない。


「ッ」


 ここを出るため。


「ックソ……」


 彼を倒して、出るため。


「クソオオオ!!」


 時折見せる無抵抗な時を狙って、斬る。


「■■■■ッッ!!」


 なのになぜ俺は。


「涙が出るんだよッ!!」


「■■」


 無抵抗な者を斬りつける。俺はここまで非情な人間だったのか。この涙は、情けない自分に対して出ているのか。


 否。


 否。


 目を合わせてわかった。彼には一切の敵意は無い。むしろ肯定的で、優しく、ほがらかな眼だった。悲しみの雫を瞳に宿して。


「■■■■!!」


 それは悲鳴だった。高らかに響く声。ボロボロのローブから黒い霧がいくつも噴き出し、膝を着いた姿は弱弱しい。


 嵐のような攻撃はなくなり、もはや満身創痍だ。


 頬を伝う涙。下を向く彼のフード。

 

「……がんばった」


 息も絶え絶えな姿に、俺は彼の顔をフード越しに優しく抱いて語り掛けた。


「あんたはッ、っぐす、がんばった……!」


 彼は語っていない。自分の過去を。だが十分。俺には彼の辛さが、対峙して十分にわかった。


 アンブレイカブル。壊れない。彼はこんなにボロボロになって壊れたのに……。だけど揺るがない精神だけは壊れない。壊れていない。彼はアンブレイカブルだから。


 解放してくれ――


「ッ!!」


 心に語り掛けてきた優しい口調。彼本来の言葉。


「……わかった」


 彼の胸に手を当てた。一瞬戸惑ったが、耳に聞こえる安心しきった吐息に突き動かされ。


「――」


 オーラの刃を、彼の胸に突き刺した。


「……。……」


 ローブの端から消えていく。


 デンデデン♪


『ボスを倒そう:チュートリアルクリア』


『クリア報酬:ギフト』


『ダンジョンを攻略しよう 初級編:チュートリアルクリア』


『クリア報酬:速さ+』


『レイドボスを世界で初めて倒した』


『特典:スペシャルギフト』


『レイドボスの単独撃破達成』


『特典:スペシャルギフト』


 怒涛のメッセージ。


 クリア報酬なんてどうでもよかった。


 そして聞こえてきた心の声。


 すでに始まっている――

 受け継げ、私の君主ルーラーを――

 そして終わらせてくれ。この戯れを――


 これが彼の最後の言葉だった。消える間際に出てきたビー玉程の光る力の源。


 その力が、俺の中へと入っていく。


幻霊君主ファントムルーラーを継承しました。花房 萌は君主ルーラーになりました』


「!?」


 幻霊君主ファントムルーラーに関するすべての情報が脳内を駆け巡る。


 そして断片的だが、アンブレイカブルの古い記憶も、少し読み取れた。


「あんたの意地。無駄にはしない」


幻霊君主ファントムルーラーの顕現を実行』


 黒い霧が俺を包み込み、飲み込む。


 気品ある装飾のローブを羽織り、深々とフードを被る。この姿はまるで、先ほど戦っていたアンブレイカブルと同じ姿。違うのは、綺麗なローブに、俺の身の丈サイズといったところか。


『ダンジョンクリア』


『帰還します』


 俺はやっと、帰れる。

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