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Nora

01話.[偉そうだけどね]

「くそー、あの子さえいなければ……」


 もうちょっとぐらいは男の子だってこっちに意識を向けてくれるはずだった、私だって一応母や母の友達から可愛いと言われて育ってきたから。

 だけど現実というやつは上手くいかないようになっているみたいで、クラスの男の子達はひとりの女の子にばかり意識を向けている。


「まあ、だからって醜く八つ当たりをするわけではないけどさ」


 見た目で負けてて中身も負けていたらそれこそ恥ずかしい。

 それでもこうして愚痴を言うことぐらいは許してほしい、場所は外だから本人の耳に入るなんてこともありえないし。


「「あ」」


 これ以上外にいると五時間目の授業に遅れそうだったから戻ろうとしたときのことだった、その件の女の子と遭遇することになったのは。

 私だけが知っている場所というわけではなくても進んで近づくようなことはしないそんな場所だ、だから違和感がすごかった。


「意外だね、内田さんがこんなところに来るなんて」


 内田京陽みやび、彼女は何故かにっこりと笑みを浮かべた。

 理由が分からなくて恐らくアホ面を晒していると「一緒に戻りましょう」と誘われてしまったという……。


「蒲生さんはあそこでなにをしていたんですか?」


 んー、どうしてこうなったのか……。

 なにが目的なのかが気になる、全員と仲良くなりたいからとか言うわけがないだろうし……。


「蒲生千文ちふみさん?」

「あ、たまたまだよ、お散歩していたら疲れたから休んでいたんだ」

「そうなんですか」


 嘘だ、私は毎日あそこで過ごしている、そこで色々なことを吐いている。

 大声を出すわけでもないし、吐くといっても先程みたいなレベルでしかない、だから問題には繋がらないけど。


「校舎からも結構遠いのによくしますね」

「暖かいから」


 寒くなると極端に動けなくなる人間性だから暖かくなって生き生きとしている。

 私だっていつでも愚痴を吐いているわけではない、暖かさをありがたがりながらのんびーりとしていることが多かった。

 だからまだまだ内側や人間性が終わってはいないと思う。


「それなら私もこれからはしてみましょうかね」

「え、内田さんは教室でゆっくりしていればいいでしょ、友達も多いんだし」

「なんでですか? お友達が多いとしてはいけないんですか?」

「べ、別にそんなことは言っていないけど」


 男の子も女の子もがっかりするだろうからというのと、外で遭遇する可能性が上がりそうだったから言わせてもらったわけで、意外と彼女が言っていることは間違っていないことになるけど……。


「おすすめの場所を教えてください、蒲生さんはよく知っていますよね?」


 おいおい、なんか馬鹿にされている気すらしてくるぞ。

 ただ、表情からは全くそういう感情が伝わってこない、つまり自然と出てしまっているということだ。

 ちなみにあそこでしか過ごさないからいい場所なんて知らないよ、外ならどこでもいいというわけではないんだから。

 が、彼女はまだこちらを見ていたから次に外に来たら教えるよと言っておいた。


「それではこれで、午後も頑張りましょうね」

「う、うん」


 私はもう一緒にいたくないよ、なんで次に~なんて言ってしまったの。

 そのことが気になりすぎて授業に集中することはできなかった、それでも静かにしていたから注意されることはなかったけどさ。


「帰ろう」


 帰って早く寝てしまおう、幸い、口うるさい親はいないから大丈夫だ。

 好きな時間に起きて好きな時間にご飯を作って食べればいい、課題なんかも出ていないならなおさら自由だ。

 はぁ、だけどああなってくると外で過ごしているのも問題だ、というかなんで今日に限ってあの子が来るのかという話だろう。


「ここは通さないよ」

「あれ、今日はどうしたの?」

「鍵、開けなさい」

「うん、開けるけど」


 他県で過ごしている姉が何故か家の前に立っていた、固まっていても仕方がないからとりあえず家の中に入ってもらう。


「ぷはあ! やっぱりビールは最高!」

「休ませてもらったの?」


 お酒を買いすぎだ、どさっと置いたコンビニ袋の中にはたくさんの缶が……。


「違う違う、普通の休みの日に千文が気になって来ただけだよ」

「あ、そうなんだ、私はこの通り元気だよ」

「ぎゅー! はあ、やっぱり千文を見ると癒やされるわ~」


 姉のことは好きだけど出ていかれて寂しいとかそういうのはなかった。

 薄情とかそういうことではなく、今生の別れというわけでもないから会おうと思えば会えることが影響している。


「それとここならあの人達もいないからね」

「普通に仲良くできているのにどうしてそういう言い方をするの?」

「私が気に入らないだけ」


 そう言ったときの姉はなんとも言えない顔をしていた、なんか触れるべきではない感じがしたから触れずにそうなんだと終わらせておく。

 知らないところでなにかがあったのかもしれない、そもそもその顔がもうこれ以上言うなとぶつけてきているような気がした。




「それじゃあ私はこれで、今日も学校頑張れよー」

「うん、気をつけてね」

「千文もね」


 昨日のことがあって少しだけ行きたくなかった。

 あれから教室で話しかけてくるようなことはなかったものの、放課後になって帰ろうとしたら「それではまた」と挨拶をされてしまったからだ。

 これまでならありえないことだった、決して男の子とだけいる子ではなくても全員と話すタイプというわけではなかったから気になる。

 ゆっくりしていればいいなどと言わなければと後悔した、あれがなければあっちが意地になるようなこともなかったというのに。


「おはようございます」

「おはよう、内田さんはいつも早いね」


 昨日もそうだった、何故かここで待っていた。

 彼女のことを気に入っている人間に敵視されても嫌なので、なるべくこういうことはなくしたい。

 でも、自力でなんとかできる感じはしなかった、それに無下に扱えばその瞬間に私の平和な高校生活というのは終わりを迎えることになる。

 つまりこうなってしまった時点で詰み、私はずっと彼女の顔色や機嫌を窺いながら過ごしていくことになるのだ。


「はい、早めに登校してゆっくりできる方がいいので」

「そうだよね、ぎりぎりになると精神的に疲れるもんね」

「いえ、そういうことではありません」

「あ、そ、そう」


 に、人気者のくせに「そうですね」で終わらせることもできないのかっ。

 なんかこういうところを見たら自信が出てきた、意識してしたわけではないだろうけどありがとうと内でお礼を言っておく。


「まだ時間もあることですし、おすすめの場所を教えてください」

「色々なところで過ごしたけどあそこが一番かな」

「そうですか、少し遠いですね」


 靴に履き替える分、反対側の校舎に行くときよりも時間がかかるのは確かだ。

 だけどそうしてまで行く価値がある、いまのこれでなくなりそうだけど。

 たまにだけでもこの子があそこで過ごすようになったら私は違う場所で過ごすよ、ひとりになりたいから外に出ているのだから。

 ある程度合わせておけば勝手に飽きる、だけどそうして付き合っても終わらないようだったらどうすればいいんだろうね。


「ところで、どうして外で過ごそうとするの?」

「ひとりの時間が欲しいからです」

「へえ、内田さんみたいな子でもそんなこと考えるんだ」


 私は自然とひとりになっているだけで意識して離れようとしている彼女とは違う、いつもにこにこ笑みを浮かべて対応しているのに内ではそんなことを考えていたなんて意外だ。


「でもさ、去年からずっと同じようなものでしょ? 去年はそうやって行動しなかったの?」

「していません」

「だからこそってこと? まあ、どう過ごそうがその人の自由なんだから気にしなくていいと思うけどさ」


 でも、私がするのとでは違うから探されてしまう可能性がある。

 せっかくいい場所を見つけても見つけられて逃げる、なんてことになるかもね。

 友達だったら協力してあげたいところだけど、幸いなのか残念なのか友達ではないから動く気はない。

 私が元々そういう人間だからというのもある、だから友達だったら云々はいらない言い訳だったかと終わらせた。


「去年の私を知っているんですね」

「あー、まあね、あなたは人気者だし?」

「人気者」


 男の子も女の子も可愛い子がいると盛り上がっていた、私も気になってひとりで見に行ったときがある。

 あのときも同じで気さくというか上手く対応していて、ああいう可愛くて性格がいいならそりゃそうなるよなって感想だった。


「私はその言葉、嫌いです」

「そうなの?」

「私は目立ちたくないんです、だからなるべくひとりでと考えていてもすぐに人が来てしまって……」


 一挙手一投足、全てを見られているというわけではないだろうけど……。


「頑張って合わせることに疲れたんです、だから昨日は勇気を出して外に……」

「って、それを私に言ったら駄目でしょ」


 なにがどう変わって伝わるか分からないから気をつけるべきだ。

 これを見るに苛めとか嫌われるとかそういうこととは無縁の時間を過ごしてきたということだろうか? まあ、そうでもなければ私になんて言わないだろう。

 いやでも、自分の努力不足などからは目を逸らし醜く嫉妬するなんて人間がこの世にはいるからありえないか、私とか、私とかね。

 だけどあれだな、求めていないのに人を集めてしまうという性質が逆に守ってくれていたのだ。


「それぐらい追い詰められているということか。うん、聞かなかったことにしてあげるからこれからは自由に外とか色々なところで過ごしなさい」


 ちゃんと言えば分かってくれる、そういう存在達が集まっているはずだ。

 もしそうではないのなら怖くなる、いつもあんなに楽しそうにしているのにそんな程度だったのかと。

 そのため、そういう存在達であってほしかった、人間の怖いところをひとりでいることしかできないこちらに見せてほしくなかった。




「よいしょっと」


 あの場所は教えてしまったから別の場所を見つけて休むことにした。

 あの場所が一番だけどここもそこまで悪いわけではない、なかなか短期間でいい場所を見つけられたことになる。


「うわあ、先客がいるよ……」

「えぇ、もしかして……」

「ここは私の場所だから返して」


 えぇ、せっかく見つけられたのにもう手放すことになるのか。

 ひとりになるためにしているのにこれでは意味がない、それが自分で自分の首を絞めているようなものだった。


「あ、ちょっと待って」

「ん?」

「あんたって内田と同じクラスだよね?」

「そうだけど、それがなに?」

「ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」


 嫌な予感しかしない、協力してとか言われるに決まっている。

 でも、あれだけ他の人といるのに「あの子はひとりがいいんだってさ」なんて言っても信じてもらえないだろうし、そういう情報を勝手に吐いてしまうような人間にはなりたくない、せめて中身だけは自慢できるような感じであってほしかった。


「はいこれ、この前図書室に忘れていったから代わりに渡しておいて」

「え、関わりたいとかじゃなくて?」


 ハンカチを受け取ってポケットにしまう。

 それにしても忘れていくなんて意外だな、きっちりしていそうなのにちょっと緩い感じが他者の意識を惹くのだろうか。


「当たり前でしょ、なんのためにここで過ごしていると思ってんの」

「私と同じでひとりの時間が好きだから、とか?」

「ま、そうだよ、教室内はうるさくて仕方がないから」


 これは放課後に渡すことにして、睨まれそうだったからその場を離れた。

 だけどその途中で気持ちが悪くなってとりあえずあの場所に行ってみたら、


「あ、蒲生さん」

「いてくれてよかったよ」


 探していた人物がいてくれた。

 余裕があるのにやけに端の方に座っているところは面白い。


「はいこれ、女の子から渡してほしいって頼まれたんだ」

「あ、このハンカチ……」

「内田さんでも忘れ物とかするんだね」


 取ったわけでもないのに取った気持ちになるから渡せてよかった、これが教室ならここまでスムーズにはいかないからなおさらのことだ。

 もうこうなったら残る必要はないから挨拶をして別れる、それで歩きつつ今日の放課後に新しい場所を探そうと決めた。


「あ、ちょっといい?」

「ん?」


 あ、この子はよく内田さんと一緒にいる子だ、そしてすぐに「あのさ、京陽を見なかった?」と聞いてきた。

 早すぎる、ちょっと一緒にいられないだけで死ぬというわけでもないのにさ。

 もし見つけられてしまったらあの子も違う場所を探すのだろうか? もしそうなら私のいい場所探しがもっと大変になるわけだけど……。


「内田さんだよね、ごめん、見ていないかな」

「そっか、あ、教えてくれてありがとね」


 本人が許可してくれていたのであれば教えているところだけど、残念ながら許可されていないからこうなるのは普通だった。

 うーん、それにしても普通に優しそうな子だったな。


「「あ」」


 何故か自分達の階に着いたところであの子と遭遇、え、なんで? と困惑。


「渡してくれた?」

「うん、嬉しそうな顔をしていたから大事なハンカチだったのかもしれないね」

「奇麗だったしね」

「うん、じゃなくて、あそこで過ごしていたんじゃなかったの?」


 今日は場所を取られたせいでいつもより十分も早く戻ってきているわけで。


「教室内はうるさいから嫌だけど……その、遅れたら…………嫌、だから」

「私もそうだけどあと五分はゆっくりしていても大丈夫だったのに、え、もしかしてひとりで過ごした経験値が少ないのかな?」

「いや、そんな経験値いらないでしょ……」


 多く経験しておかないと非効率的なことをして疲れてしまうから頑張った方がいいとしか言いようがない。

 というかこの子なに? なんか外での感じと全然違うんだけど、校舎内限定で大人しくなる性格ということなら面倒そうだなと感想を抱く。


「はぁ、はぁ、やっと追いつきました……」

「内田さん?」


 彼女は二回深呼吸をしてから「もしかしてあなたがハンカチを見つけてくれたんですか?」とぶつけていた。

 急がなくても会えるのになんともまあ緩くできないというか、なんか見ていると心配になってしまう。


「え、あ、うん、図書室で……」

「ありがとうございますっ」


 それからすぐに先程の友達もやって来て会話を始めたから離脱した。

 こういうことが増えるようなら校舎内で過ごしている方が絶対にいい、あとは失敗する未来しか想像できないというのがあった。


「ちょ、ちょっとっ」

「あれ、まだなにか用があるの?」


 私でも屋内と外とでここまで変わったりしないから大変そうだと内で呟く。

 もう高校二年生だし、これから上手くやれても直ることはなさそうな気がする。

 根本的なところを変えるのは難しいからね、変えられなくても悪いというわけではないけども。


「普通、あそこで、逃げないから」

「逃げてはいないけど、とにかくあなたにとって悪い行動だったとは伝わったよ」


 敵を作りたくないからそれでもと移動を始めたりはしない。

 極端に行動するとそれはもう酷いことになるから気をつけなければならない。


「私は城崎うらら

「え、あ、私は蒲生千文だけど」

「外が好きならまた会うかもしれないから……よろしく」

「うん」


 言うだけ言って自分の教室らしい四組に入っていった。

 こっちもいつまでも廊下にいたら馬鹿らしいため教室に入る。

 それで椅子に座りつつタイミングが悪いんだよなあと内で呟いた。

 なにも外で過ごすのをやめようしたタイミングじゃなくてもよくないかと言いたくなってしまう。


「蒲生さん――あ、放課後にお話したいことがありますので」


 おお、あの子も優しいじゃないか。

 教室で目立つことを嫌っているから彼女の行動はありがたい。

 ああいうところはさすがと褒めたいところだった、ちょっと偉そうだけどね。

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