第17話 目標は大事
全人類が一生のうち一度は夢見るファンタジーロマンの『魔法』を使えるようになった私は一心不乱に魔法の練習に励んだのだった……とはいかなかった。
なぜならさっき使った【クリーン】一発で私が転移してからじりじりと溜まっていたMPは底をついたからだ。MP少なすぎぃ!!
今の頭の中は魔法でいっぱいだよ。コツコツつんつんはやめないけれど、魔法を覚えたのにそれを使えないというストレスは確実に私の精神を蝕んでいた。1キロの面積の知覚に耐えられるようになった強靭な精神力を上回るとは、魔法侮りがたし。
はぁーっ! 目の前で餌をお預けされてる犬の気分!!!
MP最大値が上がったからかMP回復量は【見習い魔術師】取得までよりは早い……けれど、やはりそう簡単には増えないようだ。5分で2とかそのくらい。ほんの少し試すだけでガス欠確定だ。
じれったい……!! なんとかならないかと思考を巡らせると、ふとさっきの識別結果を思い出す。
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【ハーギモースの葉】
マナと水分を多く蓄える性質を持ったハーギモースの葉。
しゃきっとした食感と噛めば溢れるエキスはサラダとして好まれる。
錬金術にも使えるので、常に在庫不足気味の人気の品。
価値:1450ソール
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……これもっと食べたらMP回復しないかな……?
【インスタンスマジック】は『MP』を『マナ』に変換し物理現象として干渉できるようにする魔術』らしい。じゃあ逆にマナをMPにすることもできるんじゃないかな? かな?
そんな簡単な理屈ではないかもしれないけど、すがれる藁はこれだけなのだ。まぁどうせリスクもなくただ葉っぱを食べるだけだし、試す価値はあると思う。
目標が定まったので早速ハーギモースの葉を採取しに掛かった。
とは言っても、地面に落ちたのはなぁ……。【クリーン】はMPが無いので使えないし。仕方ない……登るか……。
覚悟を決めた私はハーギモースの葉が生えている木に抱きついた。
「はえ……? ここからどうすればいいの……?」
何を隠そうこれが人生初木登りである。木に登る方法など全く知らない。いや、知識としては知ってるよ。布やロープを使えばもっと楽に登れるのも知ってる。
でも実際の身体の動かし方まで理解してるわけじゃない。アニメとかじゃスルスル登ってたけれど、その描写も今こうしているように木に抱きついて、あとは手足を動かしてるくらいだった。
っていうか全然木の幹に手が回らないんですけど!! 文字通り木に抱きついてるだけだ。力を入れてホールドすることすら難しい。足に至ってはどう使えばいいというのか。
なにより胸が邪魔すぎる。ただでさえ腕が短くて手が奥まで届いてないのに、さらに胸のせいで身体が押し戻されてる。私のコンプレックスの要因はこんな時にまで邪魔をしてくるのか!
うん。無理だ。諦めよう。
筋力と器用の劇的向上によってたしかに運動能力は上がった。上がったけど、それだけだった。"身体を動かす経験"が圧倒的に足りてない。
今の私はPCのマシンパワーは高いけれど、それを使い切れるソフトが入ってないようなものなのだ。スキルが補助してくれることに関しては何となくできるけれど、スキルの範囲外のことは元の人類最弱宮子ちゃんからあまり進化してなかった。
直面した衝撃の事実に私はがっくりと膝から崩れた。『能力値』の暴力でかなり強くなった気になっていたからね……。こんな落とし穴があったなんて……。
敵との実戦で判明しなかっただけ良しとしよう。これは勉強になったね、うんうん。
強引に自分を納得させ、なんとか立ち上がった。
「拾って食べるか……」
背に腹は代えられない。視線を落とし比較的綺麗な葉っぱを探すと、ヒエラ草のベッドの上で優雅に横たわり地面とは無縁な貴族ハーギモース様がいた。うーんエレガント。その貴き御身体は私の血肉になっていただこう。
貴族ハーギモースを拾って、一応埃を払う。まぁ見た目は汚れてないね。
「……いただきます」
しばし見つめるも、諦めてそれを口に運んだ。現代人としての尊厳は異世界では何の足しにもならないのだ。
はむっ、もぐもぐ。やっぱり美味しいなこれ。さすが1450ソールの高級サラダ具材だ。
噛みしめるほどに心地よい食感とジューシーなエキスが溢れてくる。豊かな自然の風味はするが決して青臭くはない。ほのかな旨味すら感じるその味に、さながら青空レストランという気分だ。
ここにもし合うドレッシングがあればそれだけで看板メニューになるんじゃないかな。元の世界の食品より素材の味が抜群にいい。これはこの世界の料理に期待大だ。
料理が発展してない可能性は思考から除外しておく。私は調理チートなんてできないからこの世界のシェフ頼むぞ本当に!!
街に早く行きたい気持ちが強くなった。
せっかく異世界に来たんだもの、異世界グルメも食べ歩かなきゃね!
ある程度レベリングしたら森から脱出しよう、そうしよう。
命は大事だけれど、ここで最強になるまで引きこもるというのもつまらない。
コツコツ数字を稼ぐクリッカーも好きだけど、それ以上に異世界が好きなのだ。
人間の三大欲求に誘惑されつつ、MPが回復してないか確認する。……増えてないね。
即時効果があるタイプじゃないのか、それともそもそも無意味だったのか。
錬金術にも使えると書かれていたし、あのテキストがただの"
念のためもう2,3枚綺麗な葉っぱを集めて食べておく。これで後々一気にMPが増えて魔力過剰状態とかになったら笑えないが、むしろそうなったら魔法をバンバン撃って消費しきってやるくらいの意気込みで葉っぱをムシャる。おいしいおいしい。
ハーギモースドーピングが残念な結果に終わりしょぼんとしながら茂みを突く作業に戻った。
5分ほど魔法の葛藤と戦いながらクリックし続けて
ふむん。これで次の【見習い僧侶】も取れる。下地のレベリングをしてないのでまた認識の拡張が来たら詰みそうだけれど、ここは大丈夫だと思うんだよなぁ。多分回復系魔法とかバフ系スキルでしょ。
もし回復系なら早めに欲しい。うっかり怪我をしたらそこから病原菌が入ってしまう可能性があるもんね。
そのままでも地味~な回復促進応力があるっぽいヒエラ草や傷口を洗うための水を造れる【モイスチャー】もあるけど、やはり即傷が塞がるならリスクを最小限にできる。
今は1分間で600
少し悩んだけれど一応【見習い僧侶】を取得することにしよう。
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【見習い僧侶】
神への信仰に希望を見出した者の職。
奇跡を請い祈りを捧げる。その真の意味はまだわかっていない。
LVUPボーナス HP+4 MP+18 魔力+4.4 精神+21.1 運+7
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MPと精神特化型だ。この世界の回復魔法の威力は魔力よりも精神の『能力値』に依存するのかもしれない。魔力より精神が高い私にはぴったりだ。
いやぁ~回復チートまで手に入れて聖女様として崇められちゃうなぁ~困っちゃうなぁ~~~!
そんな嬉し恥ずかし明るい未来を目指してレッツレベルアップ! ポチポチ!
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『職業修練』 消費
【無職LV30】 246.1
【見習い冒険者LV20】↑ 266.2
【見習い狩人LV10】 537.5
【見習い商人LV2】↑ 1786
【見習い魔術師LV2】↑ 3660
【見習い僧侶LV1】↑ 6710
【見習いシーフLV0】 1万2千
【???】 14万7千
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一気に
効率は若干悪くなるけれどやはりまとめて一気に上げるのは気持ちいいね!
しかしついに桁に文字が入ってくるようになった。私のクリッカースキルは漢字の単位らしい。このジャンルは海外製のゲームが多いので必然的に一般的なクリッカーで用いられる単位はkとかmとか、更に大きくなれば10の何乗といった指数表記だったり1eという数学的単位だったりする。
なので漢字単位は珍しいね。阿僧祇とか那由他とかになるのかな。そこまでいったらちょっと動くだけで星が粉々になったりしそうだ。インフレこわい。
あと次の職の消費
でも今までがクリッカーとしては細かく刻みすぎてたから、これくらいが正しいクリッカーの姿と言える。でなければ加速度的に上がるクリックで手に入るポイントがいつまでも成長を上回ってしまってしまいゲームにならないのだ。
通常であればこの職業欄から2、3項目くらい消えててその分消費
ありがとうクリッカーの神様。お陰で神埼宮子は立派な異世界人になれそうです。
この次の【???】を取得する頃には成長速度が停滞してチュートリアルが終わったくらいになっているだろう。クリッカー的に言えば"転生"してからが本番なんだけどね。
それまで冒険せずひたすら修行パートっていうのはちょっとね。私の目標としては【見習いシーフ】を取得するか、次の【???】を取れるくらいにまでなったら人のいる場所を目指そうと思う。
そのくらいになればよほどの強いヤツ以外は気にしなくてもいい戦闘力になっている……ハズ。そうであってくれ。
討伐と称して身動きできない植物や男子小学生が喜んでいじめるサイズの小虫程度をシバき回しているだけなので、実はまだ一度もまともな戦闘をしてない。
でも
脱線も程々に、それで肝心の【見習い僧侶】のスキルは……。
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【初級治癒魔術】
神から賜りし癒やしの術。
【ヒール】と【アンチドーテ】を取得する。
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素直でよろしい! 性格ネジ曲がった変化球じゃなくてよかった。
【狩人の直感】以外は地雷がないし、それだって私が先走っただけっぽいので、やはりこのクリッカーシステムは信頼できる。時々毒を吐いてくるのはご愛嬌だ。
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【ヒール】
傷を癒やし身体を修復する魔術。
効果はスキル使用者の『魔力』と『精神』で変化し、スキル対象者の『能力値』によって増減する。
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【アンチドーテ】
毒を無害化する魔術。
効果はスキル使用者の『魔力』と『精神』で変化する。
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回復魔法はどちらも普通の文面でただの回復と解毒のようだ。
ただ【ヒール】は対象の影響は増減なのに、使用者の方は"変化"というのが若干怪しい。
医学知識で効果が大きく変動するタイプの可能性があるね。常識的は範囲の知識は識ってるけど、解剖学とか詳しい医療はさっぱりなので恩恵は小さいかもしれない。
そして複数の職を一気に上げたので変化値を見逃しかけたけれど、CDMG、つまりクリックダメージの計算式がちょっとわかった。
【見習い魔術師】と【見習い僧侶】を上げた時だけ、また筋力の値より大きくCDMGが増えたのだ。
これらの職にあって他にないもの、それはずばり魔力の値だ。
計算式の要素が完全にはわかっていないのでまだ不確実だけど、恐らく私のクリックは筋力100%と魔力10%前後を掛け合わせた数値で算出されているっぽい。
序盤の立ち上がりが異様に遅かったのもこの仕様のせいかもしれない。魔力0だったからね。
色々とわかってきて楽しいな。私のゲームプレイのスタンスはまったりエンジョイ勢で検証班ではなかったけれど、こうしてわからないことを推測するのは一種のクイズゲームのようだ。
もし元の世界に帰ってゲームに触れることがあれば、また違う楽しみ方ができるかもしれない。
異世界に来てまだ大したイベントも起こってないのに、変なところで私の人間としての成長を感じたのだった。
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