夢追い

@offonline

過去という夢

 夢を見たようだ。

 おぼろげにそんな気分。

 夢を見たということだけは覚えているけれど、一体どんな夢だったのかを覚えていることは滅多にない。

 子供のころは色んな夢を見た。少年時代の夢はけっこう覚えている。

 楽しい夢も、悲しい夢も、怖い夢だってあった。

 良くわからない、何の脈絡もない夢の場面転換が次々と起こる夢だってあった。

 夢を覚えなくなったのは何時頃だろうか。

 考えてみると、大きな病気をしたときにさかのぼることができる。

 そのとき、死にかけた。

 少なくとも、ボクはそうだった。

 息ができなくなって、意識がもうろうとして、携帯電話をもって救急車を呼ぼうと思ったのにどういうわけか気が引けてしまった。

 結局、大家さんに連絡した。そして救急車で搬送された。

 手術をして、そのとき、手術で失敗しても訴えませんといった書面にサインをしたような記憶がある。

 麻酔が効きにくかったようで、えらく長い手術になったと一般病棟に戻ってから聞いた。

 普通は二、三時間らしいが、ボクのときは五時間ほどかかった。

 午前中に始まり、意識を取り戻すと、あたりは暗くなっていた。

「痛いです。もう少しやさしくお願いします」

 手術中にそう言っていたそうだがまったく記憶にない。麻酔中に喋る人は良くいるらしい。

 その時、ボクは一切の夢を見なかった。

 それ以降、夢を具体的に記憶することもなくなった。

 入院生活が辛かったし、リハビリも大変だった。それが影響しているのかもしれない。

 睡眠薬を飲まなければ眠れないほどの痛みは、やはりストレスだったのだろう。

 寝ることが少し退屈になったと思う。

 ストレスがかかっているとき、大抵怖い夢を見た。だってうめき声をあげていたと心配してくれた看護師さんがいてくれたからだ。

 時には寝言をさえずり、叫んで目を覚ましたこともあったそうだ。

 不思議と、覚えてはいないのだから、人の身体というのは奇妙な造りになっている。

 当時は考えもしなかったが、大人になれば知恵も多少は身に付くもの。

 起きている間の経験が、夢に影響を及ぼすのだろう。曖昧にだがそう認識するようになった。

 だからこそ、子供のころ良く見たであろう怖い夢は、何か意味があったのだろうとも思う。

 その時の精神状態に起因した夢を見たのではないか。

 高いところから落ちる夢。

 殺される夢。

 誰にも気づいてもらえない夢。

 ゆっくりとしか動けない夢。

 身体がいうことを聞かず、事故や事件に巻き込まれてしまう夢。

 パッと思いつくかぎり、恐ろしい夢は沢山みた。

 何かに怯えながら、生きていたのかもしれない。

 今よりはよほどかわいげがある。

 きっと、漠然とした未知に恐怖していたことだろう。そんなことを思ったのは年のせいだ。

 社会に出てから、ほとほと挑戦することを怖がっている。

 正確に言えば、失敗してそのリカバリーをすることに億劫なのだ。

 今では怖い夢よりも、現実が怖い。

 それでも、魘されて起きることはなくなった。

 寝ている最中に起きるなんて尿意くらいだ。こればかりは少年時代から変わらない。

 そういえば、小便をする夢を見て、本当に小便をしたくなって起きたことはあるが漏らした記憶はない。これはささやかな自慢になりそうだ。

 小便がしたくて目を覚ますのだから、怖い夢をみれば当然、起きてしまう。

 恐怖に抵抗するように勢いよく、覚悟を決めて目をあけて暗闇を打ち消そうと部屋の明かりをつける。そう行動する。

 しかし、身体は動かなかった。金縛りというやつだ。当時はそれがとにかく怖かった。

 今でも金縛りになるけれど、昔ほどに怖くはない。

 むしろ心配になる。

 個人的な意見だが、ボクが金縛りにあうときは、物凄く疲れている時だった。

 大人になり、心身共にストレスをため込むようになったからだろうか。

 えらく、少年時代の金縛りが懐かしい。

 あのころ、何も知らず時間の許す限り遊びまわり、また明日も当然のようにいつもの日常がくると何ともなしに確信していた。

 将来への不安などかけらもなく、遊ぶことだけで興味が回り、友達と駆け抜けた。

 あれが、青春だったのか。

 けれども、その記憶だって曖昧になった。大人になって大したことをしていないのに、過去はどんどんと埋もれていく。

 もはや、友達だった少年たちの姿かたち、名前すらおぼろげだった。

 それでも、夢を見なくなればなるほどに過去はまぶしいものになっていった。

 良く覚えていないから、綺麗なフィルターを通して美化が進んだ。

 ボクは夢を見ない。代わりに、過去が夢になったのだ。

 あのとき、あの手術で、ボクは一回、死んでしまったのかもしれない。

 金縛りがボクを襲う。

 頭はすっきりしていて、寝なければならないのに仕事のことばかり考えてしまう。

 そんなときはいつだって、懐かしい夢に意識を持っていく。

 今までになかったことだった。

 ボクは夢に溺れる。

 夢を覚えることはなくなった。

 ボクは夢を思い返す。

 眠気が、降りてくる。

 気づけば、朝になっている。

 いつもの日常が訪れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢追い @offonline

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ