生命の木、或いは許しの物語

C&Y(しーあんどわい)

プロローグ

第1話 加護により、状態異常(健忘、正気度補正あり)

 転職して一月、仕事にやっとなれた。

 毎朝死にそうって感じの一月だった。

 最初の給料もらったら、アレ買おうかコレ買おうかって考えながら、がんばったよ。

 ワシ、エライ。

 そんな転職して、職場に馴染んできたところ。

 待望の給料日だワッショイ。

 で、出勤したら職場がなかった。

 失業的な意味ではない。

 建物が消失していた。

 自分が再就職したのは、物流倉庫だ。

 なので巨大な倉庫が三棟とトラックが入るスペースが山の中にある。

 山の中とかどうよと思う。が、高速が近くて、地方の空港のそば。過疎地だから土地も安い。労働力の賃金もお察しの企業としては好立地。従業員にはアレだが、そうじゃない。

 場所、間違ってないよなぁ。なして?

 いや、あったはず。

 道路だけは立派だが、まわりは何も無い雑木林を見回す。

 いやぁ更地だなぁ。

 広々とした空き地に、コンクリートの土台だけ。何もないや。

 いや昨夜、帰るまでは稼働中だった。

 爆破解体するにしても、残骸一つ残っていないのはありえない。

 ありえないけど、広々とした空間を囲む塀だけが見える。

 呆然と土台を見やってから、視線を上げる。

 無い。

 鉄塔と送電線が無いわぁ。

 切れたのなら、電力会社の方で騒ぎになるだろう。

 当然あるべき鉄塔が無く、ぐるっと視界を巡らすと、遥か遠く高速道路の側にあるのが見えた。

 わけがわからない。

 自分は、会社のマイクロバスには乗らず、自家用車で出勤だ。そう言えば、いくら過疎った場所とはいえ、搬入車両や通勤車両とも出会わなかった。

 交通量がある道から曲がって、どのくらいから他の車輌に会わなくなった?

 冷えた空気、朝陽はまだ予感だけで木々が黒い。

 寝ぼけているわけじゃないけれど、ぼんやりとしちゃったなぁ。えぇっと。

 門扉の前で停めた車を振り返る。

 携帯で連絡をとらなきゃ、緊急連絡網の番号入ってたよな。

 ボケたことを考えてるけど、守衛さんのいる門扉さえ無いんだよ。

 びっくりしすぎて、失業しちゃったのん?とか、半笑い。

 可笑しくないのに笑いながら、自家用車のドアに手をかけた。

 あれ、赤い?

 手元が赤い光りに照らされているのに気が付いた。

 赤い光りと女の声がする。

 小鳥の囀りのような音。それでいて女の声だとわかる。

 どこからと振り仰ぐと頭上が赤い光りに満たされた。

 あぁ、なんじゃこれ。

 と、目が回る。

 あれ、あれ?

 と、倒れていくのがわかる。

 あれ?死ぬのかな。

 そして不思議だなぁ、と、最後に思う。

 これが最後だと、なぜか、わかったから。

 人間て、あっけないもんだ。


 ***


 目が覚めたら、牢屋の中だった。

 床が土の牢屋。

 錆びた鉄格子に、外には甲冑の兵士。

 そして自分は後ろ手に縛られて転がされている。

 訳がわからん。

 猿轡に見える足元は鉄鎖。

 芋虫のように土の上でウネウネするしかない。

 なんじゃこりゃ、である。

 気が付いた時には、この有様である。

 悲鳴もあげられないし、意識を失っている間に漏らしちゃってるから、慌てる意味もないし。いや、漏らしてるから、気持ち悪いなぁ。

 怖いし困ったし漏らしてるし、漏らしてるの気持ち悪い。

 死んだと思ったら生きてるし。

 生きてるけど、殺されるのか?

 ここどこだよ?

 助けてくれ、怖い怖い!

 ...

 とか、ぎゃぁってなるはずが、ならんで無反応。

 突き抜けちゃったからか、茫然自失って奴なのか、妙に、スンッて感じで落ち着いてる。

 気になるのは、漏らしてるから気持ち悪いってのと、甲冑姿の兵隊の方だ。

 牢屋から見える兵隊は、槍や剣を装備している。

 金属の擦れる音が、想像より煩い。

 それから全ての匂いが濃かった。

 悪臭以外も生き物の匂いや、灯明の油が焦げる匂い、生活臭かな。

 そしてどれも、何処か濁った色をしている。

 ここが牢屋だからというだけではない。

 全体的に鮮やかな色が無いのだ。

 さっと見て取れるだけでも、今までいた場所とは違いすぎて、どのような判断をすれば良いのかわからない。

 問題は他にもある。

 このままだと、更に漏らしそうなのだ。

 そうじゃないだろってセルフで突っ込む。

 誘拐、監禁、バラされて臓器を販売、人身売買、紛争地帯なら身代金用商品?

 蟹工船か炭鉱か、紛争地帯の弾除け肉壁、家畜の撒き餌。

 あながち間違ってなさそうな行く末と現状に力が抜ける。

 牢屋の前でやり取りしている人達の言葉がわからんし、更に言うなら見えない場所からは怒鳴り声やら、鞭が唸るような音まで聞こえてくる。

 何じゃこの異世界。

 もちろん、異世界とは地球上の違う国っていう意味だ。そう願っているし、そんな馬鹿げた想像は嫌だ。お願いします、ごめんなさい。

 武装集団の数人が、外国人としておくには、ちょっとおかしげな様子に見えるのは錯覚だ。錯覚だよね、そうだよね。

 いや、なんぞ、そこまで悪い想像しなくてもいいんじゃない?たまたま猿轡に鉄鎖が巻かれちゃってるけどさ。駄目じゃん。

 例えば、これが現実じゃないとするとだ。

 自分の精神が病んで発狂したって方向になっちゃうじゃん。収容されて入院中で、じつは拘束具でぐるぐるって事になっちゃう。

 じゃぁこれを全肯定すると。

 武装した兵士に、時々人間らしからぬ角とか長耳とか獣耳とか見えるのは、つまり。

 いやいや、その方が怖いっす。

 狂人も嫌だし、ファンタジーも勘弁してほしい。どっちにしろ生存確率さがちゃうでしょう。

 逃げ?いや、芋虫状態で逃げらんねぇし。

 お巡りサァン。

 いや、銃器じゃない剣と槍もってるって仮装なの?実用的にみえるし、悲鳴は何処から聞こえてくるんじゃ。拷問なの?

 そうして猿轡が涎まみれになって、二度目は外にも漏れるかなぁって状態になった頃、牢屋が開かれた。


 ***


 言葉がわからないっす。

 猿轡を外されて、言葉をかけられる。返すも意味がお互い通じない。通じない事をお互いに確認、何故か頷きあう。

 手足の戒めは解かれて、腰紐のみになる。

 兵隊さんが何か言う。

 わからんので、漏らしそうってジェスチャーをする。

 通じたのか、トイレに連れて行かれた。案外、丁寧な対応。

 ちなみにトイレは溜め汲み上げ方式で、紙の代わりに葉っぱだった。

 つれて来られたのは並ぶ牢屋の前にある兵隊さんがいる場所。

 簡易な机と椅子が並んでる。

 そこで再び言葉をかけられ、薄汚れた皮に描かれた模様を見せられる。多分文字。まったくわからない。

 で、双方、まったくわからない事を理解し、頷きあった。うむうむ。

 兵隊さん達は、人間ではなかった。

 コスプレだと思いたいが、頭部に角がはえている。

 目の数も違った。あと、全く人族じゃない容貌のお方もだ。

 山羊系とか鹿系とか、もろ鬼系の角もあったり。

 対面の兵隊さんなんぞ、毛深いごっつい大男に角。

 マジマジと見ていたら、ニヤッと笑顔が返された。こわいっす。

 それから牢屋前の通路の奥、石畳と水の流れが引き入れられた場所に案内される。

 そこで水を頭からかけられた。どうやら、水洗いしろって事らしい。

 気温は暖かだし、まぁ、不潔より良いかとパンイチになって水をかぶる。

 腰紐はあるけど、ただの紐でゆるゆる。

 と、何故か付き添いから悲鳴があがった。いやいや、こっちが悲鳴をあげるのが普通でしょ。って思ったが。見張りの兵隊が普通にわーって悲鳴。

 聞きつけた詰め所の兵隊も、何故か慌てだす。

 何だかワーワー騒ぎになって、その後、ごっついオバチャンが来てゴシゴシ石鹸で全身洗われた。特に背中をゴシゴシされた。

 で、生成りの貫頭衣っぽいのにズボンにサンダル姿に変身。

 下着も何だか褌っぽいのになった。清潔ならいいか。

 で、ご飯。

 硬いパンらしき塊と塩スープ。

 おもったよりおいしい。

 どっちも微妙に旨味があって、カミカミすると幸せな味がした。

 奴隷にしては、上々か?

 と、自分の中では一応暫定奴隷扱いだろうなぁと結論。

 そく生き血を出せとか、肉壁になれって扱いではないが、拘束具のかわりに首輪が着けられたからだ。

 それからすこし清潔な牢に移された。

 下が木の床になって個室、排泄用の壺完備。紙はないけど手桶に水でウォシュレット。更に毛布があるので寝るのも楽ちん。首輪だけなので、牢屋の中でストレッチもできるね。これでネット環境あったら最高だけど、所詮は牢屋である。

 待遇が微妙に向上したのは、たぶん、無抵抗で叫ばないからってのありそうだ。

 他の牢屋に収容されているのが猛獣だ。

 ちらっと見た限りでは、どうみてもレスラーみたいな小汚い大きな男が暴れていたり叫んでいたりする。あれらに比べれば漏らして大人しい野良犬に猿轡しても、窒息死するのがオチだ。

 最初の対応がきっとマニュアル的に普通なんだろうと思う。だって、猛獣だもの。

 観察したところ、正体不明者は土牢、猛獣は石牢、軽犯罪者は、この個室っぽい牢屋になる感じ?

 食事も普通に笑顔で渡されたりする。あと、時々おやつらしき、蜜柑みたいなのもくれた。うまし。

 じゃぁここは何か?

 たぶん、奴隷市場の収容所じゃなくて、拘置所とかだと思う。

 兵士の対応からの想像だけどね。

 自分はさしずめ浮浪不法入国者だろうか?だから、取り調べもままならず、このままだと勝手に軽犯罪で労働刑か奴隷かなぁ。

 気が付いてから、この牢に移り数日。

 取り調べにあたった兵士が図解してくれた。

 タブレットサイズの黒板にチョークで解説。

 味のある棒人間で説明。

 お互いに意味は半分も通じ合っていないと思う。

 でも、お互いのやりとりの態度から、ある程度立場が類推できた。

 誘拐されたが逃げ出してきた未開地の民、である。

 逃亡奴隷かなぁ。

 前提として、重火器の無い武装集団が闊歩する外国って何処だよっていう正気を疑う現実を全肯定するとしてだ。コスプレじゃない異形の人々ってのが又。あと、ご飯は美味しい。

 どちらにしろ、奴隷扱いになりそうである。

 苦役は無いといいなぁ。

 土木工事で、食事も出ないような場所だと死ぬなぁ。

 松明とか蝋燭の照明が普通の暮らしだからなぁ。

 もっと、他に考える事があるだろ?

 考えてもなぁ。

 毎日、他牢屋からの罵声や唸り声にも慣れてくると、もちろん考える事も増える。

 けど、答えが無い事が殆どで、疲労感が増えるだけ。

 答えがない事に意識を向けるより、病気や怪我をしないことの方が重要だ。

 食事は食べても、体の変調はなかった。

 渡される水も、腹を下したりはしていない。

 体感的に変調はおきていないので、牢屋の中でできる限り体を動かし、寝る。

 今、病気になったら死ぬかもしれない。

 上げ膳据え膳の状態で精神状態だけ悪化させてはうまくない。

 それでも考えてしまう事はある。

 言葉を理解できない異種族の末路だ。

 労働して生きていく事になるのは、どんな状況でも当たり前だ。

 そんな時に、読み書きができない自分はどうなるのか?

 純粋な肉体労働のみで糧を得るにも、最低限の言葉の理解が必要だ。

 あと、文化的な齟齬だ。

 同じ価値観や倫理観を相手に求めてはいけない。

 言語の理解、文化面の理解。

 常に頭の片隅で、この2つを置いておく事だ。

 幸運なのは、未開地でサバイバルじゃないって事かな。

 人がいるなら、仕事がある。

 サバイバルにリソースを割かないですむし。

 そもそも奴隷スタートがアウトでもね。

 あと、ジェスチャーの意味が違う場合も考えておかないと。

 肯定と否定の身振りが、そもそも違う事もある。

 楽観的?

 自分の中身を大切にするためだよ。あと、死にたくないのだ。

 それに頭がよくないんだから、せめて図太く狡くだ。

 ある意味、食っちゃ寝の生活が数日。

 日曜日みたいに静かな日があった次の日。

 牢屋を出され連行。

 久々の腰紐を装備、一斉に他の牢からも人が引き出された。

 大暴れしたり騒いだやつは、手枷足枷のち口を塞がれて引きづられている。

 不安だ。

 これ、このあと地獄行き?

 牢屋は地下階だったらしく、上層へと向かって漆喰の通路を登っていく。

 そして陽射しを感じる明るい部屋へ。

 結構な広さで、片側には既に人が座っている。

 なんか、教室みたいだ。

 引出されたのは十数名ちょと。暴れた奴らがまとめられ、シーツみたいな布が上から覆っている。だから数が不確定。たぶん、視界を塞ぐとおとなしくなる動物と同じ扱い。

 対面の客達は八人。

 これに対する壇上に偉そうな兵士が上がり、何か演説を初めた。

 おぅ、何か盛り上がっている。

 拍手とヤジが八人からあがり、室内に並ぶ兵士たちが笑った。

 ここで流血の処刑という雰囲気ではない。

 最初に石床がきれいな事は確認済みだ。

 さて、処刑人が斧を構えていないのに安堵していると、一人壇上に引っ立てられた。

 偉そうな兵士が書類を読み上げ、何事か説明がなされる。

 すると、客席から手があがった。

 そしてやりとり。

 何となく理解。

 裁判というより競売。

 家畜の仕分け?

 読み取れるのは、集まった者に自分たちは渡される事。

 どんな用向きで引き渡されるかは、生憎、なんもわからん。

 どうせなら、土木関係でお願いしたい。

 もちろん、言葉が喋れないのだから、土木系か製造だろうけど。

 なんか就職の面接みたいだが、あながち間違いでもなさそうである。

 力の強そうな大きな男が二人いたとして、客が選んだのは暴れていない静かな方だ。

 賢そうな男には複数の手が上がり、若い男には更に手が上がる。

 買い物しに来た客にしてみれば、扱いやすそうで若くて使える奴が良い。

 じゃぁ振り返って自分はどうだ?

 言葉のわからない異種族である。やばし。

 そうして順調に振り分けが為され、残りはシーツの集団と自分と後一人となった。

 すると仕切り役の兵士がわざとらしくため息をついた。

 それに合わせるように、客が少し笑う。

 何事か壇上の兵士が言うと、先に大いに暴れた男達のシーツが剥がされた。そして壇上に引き上げられ転がされる。

 扱いが雑なのは、多分、猿轡を外した途端、口汚く罵りだしたからだと思う。

 罵りって、言葉がわからなくても通じるんだなぁ。

 ちなみに、彼らの外見は動物と人が混ざったような感じ。

 リアルファンタジーだが、現実に見るとすんごく怖い。

 爬虫類とか猛獣系のお顔立ちに、マッスルなむさ苦しいおっさんである。

 まぁ怒声なのか弁明なのか、自分にはわからない。

 そんなゴロツキ数人の束に、そっと手を上げたのは小柄な女だった。

 笑顔のような表情を浮かべた女が片手をあげて、人差し指を振った。

 買い手は彼女一人のようだ。

 そんな彼女は、人間の姿形に近い。

 美しいかんばせに重そうな額飾りが揺れている。

 見間違いだと思うが、その装飾品の中央に、目があった。

 飾りだよね、三つ目とか?動いてるけど飾り、だよなぁ。

 と、虚しい否定をしつつ彼女をチラ見して、自分は下を向く。

 何か怖い。

 すんごい怖い。

 ゴロツキどもが、たんなる馬鹿の集団に思えるぐらい、笑顔の女が怖い。

 もちろん、笑顔の女性なんだ、怖いはずがない。

 彼女は慈善家かもしれないし、奴隷商かも知れない。もしくは実験動物を選びに来たか、家畜の餌を選んでいるだけかもしれない。

 真実はわからないが、その女が指を振ると、室内の重力が倍になったような気分になる。

 気の所為、と、思いたいが、室内の音が消えた。

 急に誰も息をしていないような感じの静寂。

 気の所為、じゃなくて、他の者も同じプレッシャーを感じているのだ。

 喚いていた男たちが静かになった。

 客たちは沈黙して退屈そうにしている。

 壇上の兵士が、ゆっくりと言い含めるように、男たちに何かを言う。

 と、それに男たちは、抑え込む兵士達に何事かを叫んだ。

 ワーワー文句って感じ?

 すると、再び彼女が指を振る。

 あらあら、駄目ねぇ。騒ぐくらいなら、何で悪い事をしたのかしら?

 とでも言う感じで、ゆっくりと何事かを言った。

 声も美しく笑っていたが、何故か耳に届くと背筋が寒くなる。

 やはり恫喝だったらしい。

 言葉のわかる男たちは、皆、伏せた。

 鎖が体に食い込むのを無視する勢いで、這いつくばって女に向かって伏せた。

 それに彼女は、男たち一人ひとりを指さしながら、何か言う。

 駄犬を躾ける飼い主か、言葉をかけられた男たちは、ひゅぅひゅぅと息を荒らげて身を縮めた。見えない手に握りつぶされていくようだ。

 それを確認すると、淡々と壇上の兵士は、部下に指示を出した。

 男たちは手早く猿轡を再び噛ませ、別室へと引っ立てられていく。

 商談成立?

 引っ立てられていく男たち、尻尾が腹に巻き込んでたりする。キューキュー泣いてるのもいた。

 特段、他の客の反応は無い。

 から、よけい怖い。なんだよ、なんで自分の前に、こんなの見せるの?

 あの女はヤバい、あれに買われると人生詰んじゃうかもしれない。

 残りは自分と怪我をした若い男だ。

 やっぱり異種族の自分は最後のようで、その男が引き出された。

 彼は顔を酷く殴られていた。喧嘩沙汰だろうか?壇上の兵士が罪状?現状?読み上げる。それに対して複数の客が手を上げた。

 若い男で、怪我はしているが、治れば働き手としては不足ないのかな。

 凶悪な面構えの中年の親爺が大声で手を上げて、猛烈アピール。

 結局、その親爺が落札した。

 親爺はまわりの客にすまねぇなって感じで声をかける。客も、あの女の時とはちがって、親しく言葉を返していた。

 引っ立てられていく若い男も、親爺に頭を下げている。どうやら、知己でもあるのか。それとも行き先に不満がないってところだろう。つまり、親爺は凶悪な面だがセーフ。女は美人だがアウト。

 そうして、最後に自分が手招かれた。

 腰紐を軽く引かれて壇上にあがる。

 すると、兵士が自分の肩をポンポンと叩いた。

 何となく合図のような気がして、客に向かって頭を下げる。

 壇上の偉そうな兵士が、一呼吸置いてから、客に向かって話しだした。

 すると、次々と客の方から何か言ってきた。

 それに兵士が淡々と答えていく。

 不安だなぁ。

 どうか、殺されませんように。

 拷問とか痛いことされませんように。

 ご飯が食べれますように。

 無事に帰れたらいいなぁ。

 と、祈ってみる。

 神様は知らんので、先祖と親に祈る。

 親兄弟親族、鬼籍なので、祈ってみた。

 できれば、安らかにそっちに行けるコースでお願いします。

 そもそも、これは現実なのかという問題もあるが、

 で、手を上げたのは二人。

 お約束のように、あの女と親爺だ。

 女はニヤニヤ笑っており、すんごく怖い。

 そして、親爺が女に向かって怒鳴っている。怖い。

 女は鼻で笑うと、指を振った。

 すると、何故か他の客からブーイング。

 言い合いと言うか、女と他の七人が口論になった。

 何か、変な雰囲気だ。

 すると壇上の兵士がため息をついた。

 それから二人を伴って別室へと移動となった。

 商品も移動って事で、自分も後に続く。

 すると他の客から自分へ何か言葉がかかった。立ち止まって振り返る。と、腰紐を握っていた兵士が、ポンポンと肩を叩くので、客たちに再び、頭を下げた。

 顔を上げると、何故か客たちは笑顔だった。

 嘲笑じゃなくて、ごく普通の、良かったねぇって感じ。あれ?

 別室は、白壁と明るい色合いの家具が置かれた部屋だった。

 女と親爺は、偉い兵士を挟んで、何か議論。

 自分は部屋の隅で静かに座っている。

 連行した兵士は、自分の頭を再びポンポンすると出ていった。たぶん、身長的に手の位置がちょうどよかったのか?

 臓器配分の話だったら嫌だなぁ。と、窓の外を見ながら思う。腰紐は外されていた。逃亡しても生きていける気がしない。と、自覚する以上にまわりも、こいつ逃げてもなぁっていう扱い。

 その見上げる窓には鉄格子がはまっていて、空しか見えない。

 硝子の加工技術は高いのか、透明だ。

 しばらく待っていると話がついたようだ。

 親爺の方が自分の前に立った。

 良かったのか悪かったのか、まぁ少なくとも後ろで不満そうにしている女よりはマシかなぁ。

 で、飼い主が決まったようで、金属の首輪が登場。

 ドン引きだが、しかたがない。

 ドックタグ付きの細い首輪、装着完了。

 よくわからないが、ともかく親爺にむかって頭を下げた。

 おとなしくするんで、ご飯ください。プライドはありません。

 すると、親爺がヨシヨシと頭を撫でた。その手付きは犬相手のそれだ。

 どうやら、女にはそれが気に入らなかったらしく、舌打ちをした。

 気に食わない時の態度は、同じようだ。


 ***


 首輪以外の戒めもなく、親爺に促されて外に出る。

 初めて牢屋以外を目にした。

 とんでもない事になってたよ。

 兎にも角にも、親爺について必死に歩いた。

 そうでもしないと、親爺の歩幅が大きい上に見た目より素早いのだ。

 とんでもない事ってのは、あれだよ。

 一つじゃなくて全部、自分以外のすべて。

 まずは必死に後を追う背中には小さな羽が生えていた。

 コスプレじゃなくて、それ以外は厳つい人間にみえる親爺は、まったくの異種族って意味の羽だ。

 それだってまだまだ許容範囲だ。

 いろいろ消化しきれない情報が傾れ込んでくる。

 頭上の太陽が二つ。

 すみれ色の空は紫外線も二倍なのか?と突っ込む余裕もない。

 奴隷の首輪が命綱なんじゃないか?っていうレベルでヤバい。

 横切る広場、人で溢れた場所に、野晒しの処刑台。

 鳥はこっちの概念通りらしく、絞首刑になった死骸を突いている。

 三つ並んだ死骸の一つは、朽ちて下に落ちていた。

 それから、景色。

 緑の木々に囲まれた美しい街だ。

 だが、その向こうは赤黒い枯れ果てた土地が見えた。

 ここは高台なのか、遥か遠くに巨大な渓谷が見える。

 その渓谷を闊歩する巨大な影は何だ?一瞬だけ異様な姿が見えた。

 めまいがする。

 通り過ぎる人々は、人間に似ている。似ているのは建物も道具もだ。

 でも、決してそれは人ではないし、同じ物では無い。

 背後を振り返る。

 牢のあった建物は、この街を囲う壁と繋がっていた。一瞬だけ振り返ったが、親爺の背中を見失いそうで必死に歩く。

 あぁ、どうしよう、これは、これは?

 死後の世界は、なんと現実的で恐ろしいのだ。

 どうしよう、死んでも貴方に会えないの?

 どうなったの?


 慌てながら、奇妙な興奮は、何故か一瞬で鎮火した。


 必死に親爺ついて歩くと、大きな建物についた。

 大勢の人々が出入りしている。

 殆どが武装した人たちだ。

 一見すると何の建物かわからない。

 老若男女、武装した人々だけなら、そういった怖い場所かと思う。だが、そこに平服の老人たちや女子供も出入りしている。

 公共の施設にしては独特で、何かの商売をしているというより、空港のロビーとか首都の巨大な駅のようにも見えた。

 呆然としていると、親爺が入り口で手招く。

 手招く動きの意味は同じ。

 そこには先に買われた男が待っていた。怪我をした男の首にも同じ金属の輪があった。何となく仲間に再会した気分になるが、錯覚だ。

 それでも、屠殺場に向かうような気分が消える。

 男が気楽に親爺と話し始めたからだ。

 そうして建物の中に入る。

 薄暗く煤けているが清潔。

 不思議な香辛料の香りと微風が通路を吹き抜けていく。

 やはりそこは空港のロビーのように複数の通路が開いていた。その入口には看板が置かれており、目的の場所への道案内のようだ。

 そしてカウンターのような物も壁沿いにあり、行政機関の出張所のようにも見える。

 その中をスタスタと親爺が進む。

 包帯男はやる気なさげに、自分の後ろにつく。何でだと振り返ると、いいからいいからと手を振った。

 この建物は地下へと広がっているらしい。

 通路はどんどん下降して、地下の穴蔵、奇妙なカウンターが並ぶ場所へとたどり着いた。

 そこには様々な人々が溢れ、怒号が飛び交い、競り市のような有様だ。

 再び、売り払われるのかと思ったが、親爺は壁沿いの更に地下へと続く通路へと入っていく。

 よし、行くぞ。

 と、通路に踏み出す。

 すると、女の声が聞こえた。

 鳥の囀りのような、声が。

 けど、振り返ったら包帯男がいただけだった。

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