第17話 戦い

 全身で氷柱針を受けると、波瑠を見ていたインキュバスが逡巡する。

 訝しげな目をこちらに向けてくるが、遅い。

 再び、氷柱針を放つと、今度はインキュバスの身体を撃ち抜く。

 自分に向けて放った氷柱針はロープを切り裂き、自由を与えてくれた。

 だが、そのためには血を流しすぎた。

「お兄ちゃん!」

 インキュバスとサキュバスはまだいる。

 たった一匹のインキュバスを倒したところで、焼け石に水だ。

「昏き咆哮よ。汝の風を吹き給え。すべてを無にせ、雷光の嵐サンダーストーム!」

 入り口から聞こえてくる声が、すべてをかっさらう。

 インキュバスとサキュバスを嵐の中に封じ、すべてを殺す神々の光が呑み込む。

「大丈夫か? ジューイチ!」

 扉から現れたのはアイシアだった。そのあとにアイラ、ソフィアが続く。

「大丈夫ですか!?」

 ソフィアはすぐに波瑠の存在に気づき、保護する。

 俺にはアイシアの外套を羽織らせてくれる。

 未だサンダーストームの中にいるインキュバスとサキュバス。低クラスである魔物であっても、その力は人間を超えている。

 すぐには死なないのだ。

「安心しろ。すぐに終わらせる」

 怒りをまとったアイシアの横顔がなぜか綺麗な少女の顔と重なる。

 しわもなく肌にはりつやがある――そんな少女に見えた。

「我の名を聞き届き、すべてを業火の化身により、焼き尽くせ! 焔の雷鳴フレア・カノン!!」

 放たれた焔はすべてを消し炭にする力。

 焼き尽くし、灰へとす無敗の焔。それがすべてを焼き尽くす。

 プラズマを発生させる嵐の中、焔がまかれ、まるで火災旋風のように内部を焼き尽くす。

 跡に残ったのは灰のみ。

 塵芥と成り果てた灰が、風に巻かれ、飛び散る。

「これで終わりじゃ」

 すーっとけぶるように姿が戻るアイシア。

「アイシア。君は……?」

 俺はアイシアを見て不思議に思う。

 やはり本来は少女だったのだ。

 その力を解放したとき、一瞬だけ姿戻った……ような気がした。

 気のせいだろうか。分からない。

 俺たちは血判の地図ブラッディ・マップを頼りに玉座、その奥にある隠し部屋に向かう。

 と地下牢から出ようとすると、目の前に見慣れた顔ぶれを見つける。

「アイザワ!」

「なに? 敵!?」

 ソフィアが錫杖を掲げるが、俺はそれを制する。

「クラミーか。やはり」

「うん。で、でもワタシはこんなつもりじゃなかったの。父のランスロットを倒して! お願い!」

 過激な発言に驚いたが、それだけじゃない。

 じゃあ、あのとき薬草を渡していなければ、ランスロットは死んでいた? 俺がそうした? 罪悪感を覚え、吐き気がする。

 間違っていたのだ。

 情けは人のためならず、とはよく言ったもの。続きがあったような気がしたが、そんなものは忘れてしまった。

 俺はクラミーを見る目が変わった。

「お前。本当はランスロットを殺して、自分が玉座に着くつもりじゃないよな?」

「え。そんなことないよ。ワタシはただアイザワの力になりたくて」

 その目に偽りはないように見える。

「ホントか?」

「本気よ」

 食い気味に答えるクラミー。

「そうなら、わしが懲らしめてやるわい」

 アイシアがホホホと微笑むと、クラミーに耳打ちをする。

 青ざめた顔のクラミーがその場にへたり込む。

 何を言われたかは分からないが、アイシアの言葉に力を失ったのは理解できる。


 俺、アイシア、アイラ、ソフィア、波瑠、クラミーの六人は玉座に向かう。

 その途中で、ホールのような空間が広がる。

 そこには厳つい顔の男が立っていた。

 白髪が目立ち、後ろでまとめている。手には鎖つきの鉄球を持ち、振り回している。

「我が名はヘンリル! いざ尋常に参る!」

「ここはアイラに任せて☆ 先に行って☆」

 アイラが前に出て鉄球を受け止める。

 ドンッと衝撃波が走り、アイラの足下がひび割れる。

 力は互角か。なら、

「任せた」

「かっこつけものめ」

 俺たちが前の扉に向かうと、ヘンリルが鎖を引っ張る。

 だが、アイラがつかみ離さない。

「くっ」

「えへへへ☆ これでもアイラ強いんだよ☆」

 いつもよりもちょっと大人びた彼女を置き去りにするのは胸が痛むが、俺は前に進む。

 もう俺や波瑠のような目に遭う子が産まれないために。

 そのためにはランスロット王を倒す必要がある。

 もう迷わない。

 もう終わらせたい。

 そして帰るんだ。

 この異世界にいても、俺たちは何もできない。

 俺たちは勇者じゃない。

 そうだ。

 ただの人間だ。

 無数にいる人間の、その一個にすぎない。

 一企業の一従業員のように、在る人々にとってはそれだけの価値しかない。それはいつか訪れる刻がくる。それがどのようなものであっても。

 つなぎ会えた手のひら、つなぎ会えなかった手のひら、つなげたと思って実はつなげていなかった手のひら。

 そのどれか一つが欠けても今の自分は存在しない。みんながいたから、今の自分がいる。今の自分が存在できる。

 触れあえた手のひらに、悪意も、善意も。それがすべて俺の中で生まれ、消えていく。

 大切なものだけが、心に残り、みんなを明るく照らす希望の光になる。

 みんなのために生きる。

 俺がそのために生まれたのだから。

 一個の人として、一種の人類として。

 まだ見ぬ、これから生まれていく子のために。


「ちぃ! お主やるのう!」

 ヘンリルが声高に叫ぶと、アイラはへへんと鼻を鳴らす。

「おじいちゃんはもう引退するべきだよ☆」

「ははは。そう言われるとはな。だが貴殿の言う通りかもしれん。身体がふらつく」

 その原因はワインにあるのだが、そのことをすっかり忘れているヘンリル。

 鉄球がアイラの頭上をかすめていく。

「当たらないよ☆」

「むぅ。軌道計算がうまくいかんのう」

 ヘンリルは首をかしげ、再び鉄球を振るう。

 アイラは難なくかわし近寄ろうとするが、そこは三銃士。さすがに酔っていても、老化していようとも、かなりの戦闘能力を持っている。

 鉄球の軌道でアイラの接近を拒んでいるのだ。

 持久戦にもつれ込むアイラの考えを読み取ったヘンリルは、おとがいに手を当てる。

 このままじゃ、老人である我の方が先に息絶える。このままじゃ負ける。

 そう結論に至ったヘンリルは最終兵器・血雨の殺戮ジェノサイドを手にする。

 それは小さな鉄球の形をしている。すべてを破壊する最高峰の鉄球。ヘンリルの父が残した置き土産。

 すべてを肉塊に変える力。暴力的なまでの力。

 不死の者を彼岸へと返す力。数多の犠牲の上で成り立った魔力動力を組み込んだ魔法の鉄球。

血雨の殺戮ジェノサイドを振るうヘンリル。

 それも軽くかわすアイラ。

 と、次の瞬間――魔力の籠もった血雨の殺戮ジェノサイドが鉄球に組み込まれた魔方陣を起動させる。

 内部から膨れ上がった暴力的なまでの力が、金属片を生み出し、周囲に拡散。

 かわしたはずのアイラの身体に無数のかけらが降り注ぐ。

 ――かわせない★

 アイラは目を見開き、最小限の動きで、最小限の怪我ですむように動く。

 回避行動がうまくいったが、それでもなお、力の根源は失われていない。

「第三段階への移行はまだじゃな」

 ヘンリルは口の端をつり上げ、アイラの被弾を確認する。

 今は煙る塵の中にいるアイラ。

 煙った視界では判断がつかない。

 だが手応えはあった。


 俺たちはホールから抜け出し、階段を駆け上がる。

「この先にランスロットがいます」

 クラミーの声を聞き、俺たちは二階のホールにたどり着く。

 俺たちはそのホールを突き抜けようとする。

 誰もいないらしい。

 そう思っていたが、ソフィアが俺を弾き飛ばす。

 そのまま床を滑る俺。

 その直後、俺のいた場所にクナイが金属音を鳴り響かせる。

「なんだ?」

「拙者、雷吼らいこうと申す」

 また厄介な奴が現れた。

 頭を抱えたくなる。

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