第2話 死にたくない!

 俺は異世界の門をくぐり、王宮らしき白塗りの壁。八角形の内部で、下には魔方陣が組み込まれている。

 その端にいた魔術師八名と、傲岸不遜な王族らしき男が一人。

「おお! やりおったか!」

 王様らしき人物が嬉々として笑みを浮かべる。

「お主は勇者になるべく召喚された者。わしらの計らいで君を特別大使と認めよう」

「……つまり?」

 俺は長い文章が嫌いだ。理解できなくなる。

 こほんっと咳払いして両手を挙げる。

「つまりじゃ。お主が勇者になり、この世界を救うのじゃ」

 恭しく駆け寄ってくるのは王族らしき人物。

「我はランスロット! この国の王じゃ。まずはステータスを見せておくれ!」

 ああ。そっか。女神が言っていたな。ここはゲームのような世界だと。そして俺にステータスの見せ方を教えてくれた。

「ステータス」

 そう呟くと目の前に自分の能力値とスキル、レベルなどが記載されている。

「どれどれ」

 ランスロット王がそのステータスを見て愕然とする。

 そこには

 スキル:【不運Lv.99】【能力を増やす能力Lv.1】

 と記載されている。

 どうやら他に特筆すべき点はないらしい。

「この者を、我が国から追放する!」

 ランスロットがダミ声を張り上げ、民草に向かって宣言する。

「なっ! 俺は勇者だぞ! 許されるものか!」

 俺が噛みつくと、舌打ちをし怒りをこめた瞳を向けてくるランスロット。その周囲にいる魔法使いらしき人物はクスクスと笑う。

「不運だって」「そんなのランスロット王国には必要ないでしょ」「運の悪い奴」「なに、あの髪型」「格好いいと思っているのかしら?」「衣服もみみっちいですわ」

 口々に嘲笑を含んだ目を向けてくる。

 勇者として女神から転移してもらったのだ。この世界の魔王を倒すのは俺の仕事だ。

「RPGのゲームなんだろ! だったらどうして!?」

 俺は怒りの声を上げるが、ランスロットはため息交じりに肩をすくめる。

 そして屈強そうな男二人に捕まり、城壁の外に放り出される。

 ここはヨーロッパみたいに街を取り囲むように城壁が建っている。だから城壁の外は森林地帯になっている。

 装備もまともにない俺がこの大自然相手にどこまで生き延びるのか。

 門が閉ざされて小一時間といったところか。腹が減った。

 俺は森の中に入り、昼食になりそうなものを探す。

 だが、どれが食べられる食材なのかわからない。

 空腹で倒れ込むと笑い声が聞こえてくる。

「イヒヒ。こんなところで出会えるなんてねぇ……。勇者、様」

 何を言っているのだろう。俺は相沢あいざわ純一じゅんいちだぞ。勇者なんかじゃない。


 目を開けるとばあちゃんと似た顔をしている老婆を見つける。

「ばあ、ちゃん……?」

 いつも優しくて、朗らかに笑うばあちゃんと重なって見えた。

 でも違う。

 意地の悪い笑みを浮かべ、尖った顎を撫でる老婆がそこにいた。

「イヒヒ。わしはこの森の番人、アイシア=ユーステット。お主は?」

「俺は、相沢純一。ここは?」

「ジューイチよ。ここはわしの家じゃ」

 老婆を見てみるとくすんだ金髪、濁った翠色の瞳、ボロボロの外套を羽織り、目の前に立っている。

 奥の部屋からはいい匂いが立ちこめてきている。香ばしいような、甘い香り。

 ぐーっとタイミング良く腹の虫が鳴る。

「イヒヒ。話は食べ終わったあとじゃな。ジューイチ」

「俺も食べていいのか?」

 怪訝な顔を向けると、アイシアは不思議そうに首をかしげる。

「何を遠慮しておる。お主の力が欲しいのじゃ」

 その意味はわからぬとも、俺は昼食にありつける喜びで胸が一杯になった。


 昼食を終えると、俺は色々と話を聴いた。

 現国王アイザック=ランスロットは女神ノルンの加護を受けて生誕した王族である。ノルンの導きがある限り、ランスロット王が国王を退しりぞくことはない。

 アイシアはランスロットにより若干19歳にして老婆の姿に変えられた魔の力を受け継ぐ者。

 腰が曲がり、杖を欠かせない生活に怒りと、諦観を見ていた。が、ここに来て勇者候補が現れた。

 その力を借り、王族を倒せばいい。それができなくとも、呪いを解くほどの力があるやもしれぬ、と。

 どのみち、俺はアイシアの力になれそうにないので、途中から気まずい食事となった。

 ちなみに食事はうまかった。家庭の味といった印象だった。

「して、お主のステータスを見せてみよ!」

 来たよ。この質問。

 俺は咳払いをし、聞こえなかったふりをする。

「え。なんて?」

「だからステータスを見せよ!」

 アイシアは不服そうに頬を膨らませ、顔を近寄せる。

 その顔が歪んで見える。

 なんだ?

 気持ち悪さとめまいが襲ってくる。

「早く言わぬから、先ほどのアルカロイド系の毒物が回ってきたようじゃな」

 アルカロイド? 毒?

 まさか、さっきの食事に混ぜたのか!

「ひ、卑怯な」

 張り上げた声が小さいのは毒物のせいか。

「協力せねば、わしの解毒薬はあげんぞ」

「協力、する。から……」

 訥々とつとつと音を上げると同時、意識が刈り取られる。



 神々しい金髪と、エメラルドのような翡翠色のくりくりとした瞳。

 朗らかに笑う彼女。ささやかな胸に、女性らしいくびれを持ち、お尻は引き締まっている。

 黄金に輝く稲穂の中、その彼女と俺は走り回る。

「ねぇ。死にたくないの?」

 突然呼びかけられた声に、肝が冷える。

「死にたくさせてあげるね?」

「バカ! やめろ!」

 俺の気持ちを鈍らせるように邪悪なオーラが彼女にまとわりつく。蛇がのたうち回るような黒いオーラ。

「ねぇ。死にたいでしょ?」

 そのオーラがこちらまで伸び、巻き込んでいく。

 黒いオーラが晴れると、そこに立っていたのは老婆姿のアイシアだった。

「ねぇ。死にたくなった?」

 なんで、そんなに死を勧めてくるのか、わからない。

「俺は死にたくなんかない! 俺は生きていたい!」

 そう叫ぶと、俺はベッドから起き上がる。

「ほうほう。解毒薬が効いたかのう……」

 アイシアが手にした吸い瓶の中にピンク色の液体が入っている。

「解毒……?」

「そうじゃ。お主はわしに協力してくれるのじゃな?」

 強烈な夢のせいか、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱されている。

「ああ。協力する」

「それじゃあ、ステータスを見せておくれ」

 渋々、俺はステータスを呼び覚ますと、そこには見覚えのないスキルが一つ。

 スキル:【不運Lv99】【能力を増やす能力Lv.2】【幻覚魔法Lv.1】

「ほう。その幻覚魔法とやら、使ってみておくれ」

「え。いや、え?」

 俺には魔法の使い方などわからない。

「ふむ。どうした?」

「くっ」

 身に覚えのないスキルに戸惑っている場合じゃない。

 いつこの老婆に殺されるか、わかったものではないのだ。

 俺はステータスの【幻覚魔法】をタップする。

 すると、説明が記載されていた。

 【自身の想像した通りの姿に化けることができる。また想像した姿を相手に見せることも可能。詠唱なし】

「おお! なんかすごいじゃん! 俺!」

 諸手を振って喜ぶ俺。

「いいからみせい」

「わかった。わかったって」

 心の中で幻覚魔法と唱え、俺の姿を絶世の美女に見立てる。

「イヒ! イヒヒ! わし好みの女性じゃ!」

「ひっ」

 近寄ってくるアイシアの表情が異常だったので、小さな悲鳴を上げ、魔法を解除する。

「イヒ。残念じゃのう。今のお主なら抱けたのに……」

「いや、そんなん言われても……」

 気持ち悪さをまとったアイシアに言われても。というか老婆心ながらに思うところがあるのだろうか?

 いや、呪いでそうなっているだけか?

 想像すればするほど、訳がわからずに顔を歪ませるのだった。

「何、百面相を見せているのじゃ? せっかくじゃから、お主も案を出しておくれ」

 そこにはアイシアの呪いを解く案をいくつも紙に書いていた。

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