女神により異世界転移することになって、一つだけ能力がもらえるらしいから、《能力》を増やす《能力》をもらうことにした。 ~不運な俺を笑いやがって。ざまぁwww成り上がってやるぜ~
夕日ゆうや
第1話 異世界転移
「待ってくれよ! なんでそんな男がいいんだ!」
俺は力の限り叫ぶ。
やっとできた彼女が、ナンパやろうに奪われたのだ。叫ばずにはいられない。
「帰って。私に近づかないで」
「どういう意味だよ!」
俺はなおも惨めに食い下がろうとする。
男としてナンパ師に負けたのだ。
それを認めたくない俺は
だがそれも一瞬ではねのけられ、俺は途方に暮れる。
すべてを諦め、そのまま帰宅する。
その道すがら、おじいちゃんが横断歩道を渡ろうとしている。その横でものすごい音を立てて近寄ってくる乗用車が一台。
信号無視に逆走、猛スピード。
俺は慌てて老人を突き飛ばす。
そして代わりに車にひかれる俺。
まだ童貞卒業していないのに。初めてできた彼女だったのに。大切にしていたのに。
目を覚ますと、俺は知らない場所にいた。
周囲には青空が広がり、下は雲のように見える。
ベッドから起き上がると、俺はその雲にふわりと足をつける。
白い椅子と同じく白いティーテーブル。その上には紅茶とクッキー。
「お主じゃな。運に見放された男というのは」
椅子の上にいた少女は豪奢な金色の髪に、蒼い瞳。整った顔立ちで、この世のものとは思えない。西洋人形に似た雰囲気を持っている。
翠色のピアスに、ティアラの髪飾り。
異国の雰囲気漂う少女に
「お前、誰だ?」
「まあ、知らないのも無理はないでしょう。私は女神ノルン。運命を司るもの」
女神と抜かす変わり者。まるでこちらを見る様子はない。
「しかし、他の者の運が良い分、お主の運がミジンコ以下だったようじゃな」
女神と名乗るノルンは本を開き、何やら思案顔をする。
「俺の運が悪いのはそっちのせいじゃないか」
本当に神というのなら、俺の運がないのは、神のせいだ。
正社員にもなれずにコンビニのバイトで食い扶持をつなぎ、女に貢ぎ物をしていれば、ナンパ師に奪われ、あまつさえ老人の代わりに車にひかれる――。
「そうだ! あのじっちゃんはどうした!?」
「……彼なら大丈夫ですよ。あなたが突き飛ばして擦り傷を負いましたが」
「そうか」
安堵の息を吐くと、ノルンは不思議そうに言葉を紡ぐ。
「なんで安心しているのです? あなたは死んだのですよ?」
「いいんだ。誰かのために死ねたのなら本望。どうとでもしろ」
俺は覚悟を決め、女神を睨み付ける。
どうせ何もできやしないのだ。死んだ俺ができることと言えば神とやらに文句を言うぐらいだ。
「だいたいお前らがいなければ、俺はもっとしっかりとした人間だったはずだ」
「ふふ。面白いことを言う人ですね。人間として完璧すぎます」
ノルンの言っていることが分からずに首をかしげる俺。
「うるせー。母ちゃんが病死したのも、父ちゃんが事故死したのも、妹がレイプにあったのも、俺の運のなさとでも言いたいのか! 俺は必死で、必死に生きてきた! それだけなのに、なんでこんな目に遭うんだよ! ふざけんな!」
俺は今までため込んだ怒りをぶつけるようにノルンにつかみかかる。
「やっと本音を言いましたね。分かりました。それだけの思いがあるのなら、異世界で活躍して見せてください」
「異世界……!?」
俺は聞き慣れない言葉に怪訝な顔を向ける。
「そうです。あなたはこの地球とは別の世界で、生きてみませんか? もちろん記憶はそのままで」
「何をしようとしている?」
俺はその手の勧誘に乗る気はない。そもそもこいつが女神というのが気に食わない。
こんな可憐で美しい存在が、俺に残酷な人生を歩ませていたなんて知りたくもなかった。
ツーッと頬を伝う涙。
「……泣いているのですか」
逡巡するノルン。
「どうして?」
「妹の
「…………」
浮き沈みの激しい感情の中、ようやく至った結論。
「悲しすぎますね。よいでしょう。あなたには一つ、なんでも叶う能力を与えましょう」
「そんなの!」
美愛の役には立たないのだ。
「分かっています。でも美愛さんはあちらの世界で運命的な出会いをします。そうあなたという存在を失って」
「どういう意味だ?」
俺は怒りのにじんだ声音を
「あなたは特大の〝不運〟を持っています。ですからあなたのいなくなった彼女は運に恵まれ、生きていけるでしょう」
「ククク。どこまでも俺のせいかよ!」
近くにあったティーテーブルを蹴飛ばすが、気分が晴れるというものでもない。
転がったクッキーが潰れ、それが自分と重なり、むなしくなる。
「さて。異世界転生をしましょう。そしてその世界で魔王を倒すのです」
「そんなことに何の意味がある?」
どこまでも冷静沈着な顔を見せるノルンに対して、俺は低くうなるように訊ねる。
「前世の行いが良ければ自然と、今の自分に跳ね返ってくるというもの。だから、異世界で善行を行うのです。徳を積めば、あなたは素晴らしい人生を歩めるでしょう」
ノルンの言葉にようやく耳を貸す気になった俺は、訊ねる。
「異世界ってどんなところだ?」
「大丈夫です。良くありがちなRPGゲームみたいなものです」
貧乏ゆえゲームをほとんど知らない俺は首をかしげる。
「まあ行ってみれば分かります。それに、一つなんでも能力を授けます」
「一つ? なんでもいいのか?」
「はい」
金糸の髪を揺らし、静かに頷くノルン。
「普通はどういったものが選ばれるんだ?」
「そうですね。時を操ったり、空間を操ったり、ですかね。中には紅蓮の炎を扱いたいと言う者もいました」
なるほど。なんでもいいのか。それなら時、いや、世界を変える力が欲しい。
いや待て。落ち着け。
こんな時こそ、子どもの頃を思い出すのだ。友人がやっていたゲームを思い出すのだ。
《願いごと一つなら、願いごとを増やしたい!》
そうだ。彼の言葉を信じよう。
「俺は能力を増やす能力がいい!」
「分かりました。それではそこに立っていてください」
魔方陣が展開され、俺の足下でくるくると回り始める。
「え。いいのか?」
「もちろんです。あ、ステータスと叫ぶと今の能力が見られますので」
ノルンの軽口にばつの悪い顔を向ける俺。
「そうだ。言葉とかはどうなる?」
「安心してください。一瞬で理解できるようにしてあります」
言葉が分かれば、あとは能力でどうにでもなる、か。
ふっと笑う。
やっと報われる人生が送れるのだ。喜ばずにいられるか。
「む。あなたの肉体ごと転移します。ああ。美愛さん、どいてください!」
どうしたのだろう。ノルンが目をつぶったまま、何やら叫んでいる。
美愛? 美愛と言ったか?
俺は魔方陣を飛び出し、ノルンに近づこうとするが、目には見えない障壁に阻まれる。
「美愛さんも、異世界に……?」
ノルンの不吉な言葉を残し、俺は十八の身体ごと、異世界へと転移するのだった。
俺が消えた後のノルン。
「私、失敗してしまいました。まさか美愛さんまでも一緒に送ることになるなんて。女神失格です」
悲しげに眉根を寄せるノルン。
ノルンの落とした涙に気づく者はこの世にはいない。
あわよくば、二人が出会えると信じて。
しかし、いきなりいなくなった二人を現世ではどのように報じられるのか。ノルンは背筋が凍る思いに、しばらく休むことにした。
だいたい、今時流行らないのだ。異世界転生など。
みんな現地調達の方が楽だと知っているのだから。
でも全盛期の勢いが残る昨今、異世界転移は女神の仕事の一つ。これで上層部も納得するだろう。
これでいいのだ。二人を異世界転移させた。給料分の仕事はやってのけたはずだ。
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