事の発端
第3話 誕生日
助手席の窓から外を見ていた誠の目の前に初冬の木々は根に雪を残して広がっている。
「雪……積もるんですねここは」
惑星遼州の遼州大陸の北東に浮かぶ島国、東和共和国。その首都の下町で育った誠にとって枯れた木下の根雪は珍しいものだった。軍の幹部候補生訓練では雪山での行軍などの訓練もあったが、そこから一年も経つと凍えた手や凍傷寸前の足の感触などはまるで記憶の外の出来事のように思えた。
「雪か……そう言えば私がロールアウトして機能検査をしていた時期も雪が降っていたな」
山沿いのカーブの多い道に車を走らせるカウラの何気ない一言。それにアメリアは身を乗り出してくる。
「へえ、じゃあ誕生日もわかるんだ」
「誕生日?」
カウラは怪訝な顔でアメリアを一瞥した後、再び視線を急なくだりの道路に走らせる。
「あれよ……私達はお母さんのおなかから出てくるわけじゃないのは知ってるわよね。ほとんど成人になるまで培養液の中で脳に直接必要な情報を焼き付けながら覚醒を待つことになるの。そして晴れて全身の体組成が安定して、そこに知識の刷り込みも終わった段階で培養液を抜いて大気を呼吸することになるのよ」
「それが誕生日か?」
なんとなくぼんやりとしてカウラは言葉を返した。誠からは彼女の顔が見えないが、カウラの焦った表情からはアメリアの表情がかなりの恐怖を引き起こすようなものだったらしい。
「それを誕生日と呼ぶのか……それなら12月25日だな」
何気ないその一言にカウラにじりじりと詰め寄っていたアメリアが身を乗り出してくる。誠の目の前に燦々と降り注ぐ太陽のような笑顔を浮かべているアメリアがうっとおしいと思ってしまった誠は思わず目を背けた。大体こういうときのアメリアと関わるとろくなことがない。それは配属されてもう半年が経とうとしている誠には十分予想できることだった。
「伴天連冬至だなあ」
かなめはアメリアが言葉を口にする前にポツリとつぶやいた。身を乗り出していたアメリアがかなめに振り向いた。そして誠からは明らかに焦っているかなめの表情が見えて思わず噴出した。
国民のほとんどが仏教徒の東和共和国にはクリスマスと言う概念は縁遠いものだった。クリスマスのことは皆が『伴天連冬至』と呼び、キリスト教徒が何やら騒いでいるというくらいの認識しかなかった。
「なによ……誠ちゃん。誕生日よ!誕生日がクリスマスなのよ!」
「そりゃあなあ。この遼州は地球とほとんど自転周期が変わらないし、一年もうるう年無しの365日。地球と似ている部分が多すぎるところだからな。そんな偶然に比べたらカウラの誕生日が……」
「うるさい!ボケナス!」
そう言ったアメリアのチョップがかなめの額に炸裂する。だが、かなめはサイボーグであり、頭蓋骨はチタン合金の骨格で出来ていた。アメリアは思い切り振り下ろした右手を押さえてそのまま後部座席にのけぞる。
「貴様等、暴れるな!私の車なんだぞ!」
怒鳴るカウラの口元を見た誠は、そこに歌でも歌いだしそうな上機嫌な笑みを浮かべているのを見つけた。
「気づかなかったんですか?」
そう言ってみた誠だが、カウラはまるで誠の言葉が聞こえないようでそのまま一気にアクセルを踏み込んで急な上り坂に車を進めた。
「クリスマスか……ここは東和だ。ゲルパルトに戻ってクリスマスとやらをすればいいだろ!」
かなめはそう言うとアメリアをにらみつけた。
「いいじゃないの……ちょっとしたイベントよ。あやからない手は無いわ」
そう言うアメリアの目がらんらんと輝くのを見ながら誠はろくなことにならないと大きくため息をついた。
「イベントねえ……興味ねえや」
かなめはそう言ってため息をつく。
「いいじゃないの!せっかくのカウラちゃんの誕生日よ!祝ってあげましょうよ……」
「素直にクリスマスがやりたいと言えばいいのに」
盛り上がるアメリアを見ながら誠はそう愚痴るがアメリアの糸目ににらまれて黙り込んだ。
「私の誕生日だ。私に選択権は無いのか?」
ハンドルを大きく切って高速道路に向かう道に車を乗り入れながらカウラはつぶやいた。
「良いじゃないの!せっかくなんだしお祝いしましょうよ」
アメリアはすっかりやる気で細い目をさらに細めてほほ笑んだ。
「嫌な予感しかしないな……」
誠はそう言って苦笑いを浮かべつつ外の雪景色を眺めていた。
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