【短編759文字】ワイン 『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話


 いくら飲み干してもすぐにワインで満たされるグラスを彼女は持っていた。


 そこで親も友も持たなかった彼女は周りの人間にそれを配る事にした。



 いつかワインが底をつくと信じて。



 一人、二人。十人、二十人。百人、二百人。千人、二千人。

 孤独だった彼女はワインを口実に友を増やしていった。


 新たな酒が湧くと、新たな友も湧いて出た。


「でも、もしお酒が尽きれば今の友達は離れていくのでは?」



 そう思った彼女はそれでも新しく溢れ続ける酒を配らずにはいられなかった。

 いつまでもワインは自分のモノだと信じて。



 孤独だった彼女の周りはどんどん賑やかになっていく。


 顔も名前も知らないし、覚えるつもりもないが、彼女は新たな友が増えればそれで良かった。


 誰が彼女の友達で。彼女が誰の友達だろうと。


「アハハハ! 彼女がいれば飲み水はいらないね。川は埋めてしまおう」

「ウフフフ! お酒があればぐっすりと眠れるね。子守歌は捨ててしまおう」


 ワインに酔った村人たちは彼女と自分たちを育んでくれたモノを次々と捨てていった。


 それでも寂しくなかったのは彼女が誰かの友達で、誰もが彼女の友達だったから。



 ある日、ワインが尽きてしまった。



 酒に舌を焼かれた人々は味覚を失い、子守歌を忘れ、故郷の景色を失くしていた。


 彼女はというと酔いが醒め切らずに転倒して頭を打ち、あっけなく死んでしまった。



「アハハハ! 埋まった川は戻らない! 廃れた子守歌を誰も思い出せない!」

「そういえば酒は誰からもらったんだっけ? 人が多すぎて分からない。まあいっか」



 彼女の死を悼む人は誰もおらず、今も彼らは酔夢に楽しむ。


 きっと、彼女は死ぬ直前まで幸せだったことだろう。


 でも、誰の友達にもなろうとする彼女は……。

 きっと、誰の友達でもなかったのだろう。



 彼女は気付くべきだったのかもしれない。



 ワインと友人は古いほど良いという事に。

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【短編759文字】ワイン 『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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