ジュエガルド混戦記 激闘編

あさぼらけ

第1話 真夜中の不審者

 夜中はまだ肌寒い、ある春の丑三つ時。

 禍々しい牙と角を生やした四足獣が、街を徘徊する。

「居ましたわ。あれが今宵の獲物ですわ。」

 静まりかえった夜に街に、甘い声がかすかに響く。

「分かってるって。あまり目立つな。」

 そう言うと、ひとりの男が四足獣の前に躍り出る。


 歩道も無いような、狭い道路。

 住宅街に位置するこの道路を、こんな時間に通る車も人も、見当たらない。

 四足獣の前に躍り出た男は、全身を深い青みかかった服装で、顔面にダークブルーのタオルを巻いて、顔を隠す。

 そして右手に刀を持っている。

 近くのカーブミラーには、この男の姿が写る。

「うわー、恥ずかしい格好。こんなの、絶対人には見せらんねーよな。」

 カーブミラーに写る自分の姿に、男はそう思う。


 このカーブミラーに写るのは、この男の姿だけだった。

 獰猛そうな四足獣の姿は、カーブミラーには写らない。

 中型犬くらいの大きさのその獣には、両手の甲から刃物の様な物が突き出ている。

 指先に生えた鋭い爪とは別に、その刃物は指の数と同じく、四本生えている。

 赤く燃える様な両眼の上の方には、上方へと湾曲した角らしきものが生えている。

 そして特筆すべきなのは、額にある小さな石の塊だ。

 綺麗な宝石の様にも見えるその塊は、禍々しい何かを放っている。


「小ぶりの魔石かぁ。今回もハズレね。」

 この石の様な塊を見て、落胆のため息をつく。

 この声のあるじも、カーブミラーには写らない。

 体長十センチほどの大きさで、宙に浮いている。

 いわゆる妖精と呼ばれる類いの存在だ。


 つまりこの場を誰かに見られたら、刀を持った男しか、その存在を確認出来ない。

 全身ダークブルーで決め込んだ、刀を持ったナイスガイ。

 こんなの、通報不可避。

 恥ずかしい黒歴史が、また1ページ綴られる。


 それが分かってるからこそ、男は無言で魔獣に斬りかかる。

 素早く駆け出し、すれ違いざまに刀を一閃。

 魔獣を斬り殺す。

「くお」

 魔獣は小さく最期の息をはくと、そのまま生き絶える。


「お見事。だんだん上手くなってるね。」

 妖精らしき存在は、にっこりほほえんで拍手する。

「そんなのいいから、早くしろ。」

 男は小声で話しかける。

 そして辺りをキョロキョロと見回しながら、道路のすみにしゃがみこむ。

 こんな所を、誰にも見られたくないからだ。


「大丈夫だって。誰も見てないから。」

 そう言って妖精は、倒れた魔獣へと両手をかざす。

 魔獣の周囲に、魔法陣が浮かび上がる。

 妖精が何かを唱えると、魔獣は魔石だけを残して姿を消した。

 魔法陣は魔石に集束するように消えていく。

 跡には、魔石だけが転がっている。


「どれどれ。」

 妖精はその魔石を拾い上げる。

「見た目は、まあまあ。

 凝縮された魔素は、うーん、全然駄目ね。」

 妖精は魔石を鑑定する。どうやらお眼鏡にかなう魔石ではなかったらしい。

「まあこれでも、無いよりましか。

 いっただっきまーす。」

 妖精がそう言うと、魔石は砕けちり、中から煙の様なものが出てくる。

 その煙は、大きく開けた妖精の口の中へと吸い込まれる。


「まっずーい。」

 妖精は顔をしかめる。

「やる事終わったなら、早く帰ろうぜ。」

 男は小声で話しかける。

「はあ?帰れるわけないでしょ。」

 妖精も男に反論する。

「あんなまずい魔石で、いいわけないでしょ。

 もう少しうまい魔石じゃないと、帰らないわよ。」

 妖精は男をにらむ。

 男は根負け。

「分かったよ、もう少しつきあうよ。」

「お、流石は私のパートナー。分かってるぅ。」

 妖精も機嫌を直す。


 男には分かっていた。

 妖精が機嫌をそこねると、何をするか分からない事を。

 誰の目にも見えない妖精だが、この世に干渉する事も出来る。

 騒ぎを起こして、この男のせいにする事も出来る。

 以前それをやられて、男は困った。


「あ、早速あっちにも魔獣反応。

 今度のは、大物くさいよぉ。」


 妖精はその方向へと飛んで行く。

「ま、待ってくれー。」

 男は自転車で追いかける。

 妖精を何度も見失いかけながら。


 とある大きな公園の入れ口で、妖精は止まる。

「おっそーい、何してるのよ!」

 男は息を切らせながら、やっと追いつく。

「はあはあ、これでも、はあはあ、結構とばして、はあはあ、きたんだぜ。」

 男はしゃがみこみ、顔に巻いたタオルを剥ぎとる。

「ふー、生きかえるー。」

 激しい運動と閉鎖されて熱気のこもった顔面に、冷たい夜風が触れる。

「たくぅ、あんたがそんなだから、先越されたじゃない。」

 妖精は男の不甲斐なさを責める。


 見ると、公園の中ではすでに戦いが始まっている。

 先ほど倒した四足獣を、象くらいの大きさにしたのが、一匹。

 対して、赤黒いライダースーツに身を包んだ人が、戦っている。

 フルフェイスのヘルメットで顔は分からないが、ライダースーツのボディラインから、若い女性ではと、推測出来る。


「はーあ、やる気そがれちゃった。

 今日はもう、帰りましょ。」

 妖精は男とは別の人が戦ってるのを見て、踵を返す。

「え、帰っちゃうの。

 加勢しなくていいの?」

 男は女性と四足獣の戦いを見つめている。

 男の見た感じでは、女性は四足獣に圧され、劣勢に見える。


「基本、魔石獣との戦いは早い者勝ち。

 出遅れた私達に、戦う権利はないのよ。」

 妖精は呆れた口調で説明する。

 そんなふたりの前で、四足獣の攻撃をかわしそこねた女性が、バランスを崩す。

「もう、見てらんないよ!」

 男は思わず飛び出す。

 しかし、そんな男の前に、妖精が飛び出して、男を制する。

 赤を基調としたその妖精は、男のパートナーではない。

 男と一緒にいる妖精は、青を基調としている。


「ちょっと、邪魔しないでくれる。」

 赤を基調としたその妖精は、強い口調で言ってくる。

「げ、ルビー。」

 男のパートナーの方の妖精は、会いたくなかったヤツに会ってしまった気持ちが、言葉に出てしまう。

「あらサーファ。ダメじゃない。

 ちゃんとルールの説明はしておかないと。」

 ルビーと呼ばれた赤い妖精は、男のパートナーの妖精に、講釈をたれる。

「わ、分かってるわよ、それくらい。

 ほらユーケイ、帰るわよ。」

 サーファと呼ばれた青い妖精は、パートナーの男に呼びかける。

「そうそう、あれは私達の獲物だから、あんた達はとっととおうちに帰りなさい。」

 ルビーはにやけながら、サーファ達をおだてる。


「そんな事言ってる場合か!」

 男は走りだす。

 転倒して動きが止まった女性に対して、四足獣は後ろ足で立ち上がり、振り上げた前足を、女性目がけて浴びせ倒す!

 四足獣の前足が振り下ろされる瞬間、男は女性を抱えて、走り抜ける!


「はあはあ、間に合った。」

 男は女性を抱えたまま、安堵する。

「え、ユウト君?」

 女性は男の顔を見て、思わず口にする。

 この男の名は、如月悠人(きさらぎゆうと〕。

 自分の名前を言い当てられて、男は思わず左手で顔を隠す。

「もう遅いわよ、ユウト君。」

 女性はにやけた口調で言ってくる。

 男は顔を隠すのをやめ、女性の全身を見渡す。

 フルフェイスのヘルメットで、顔は分からない。

 ヘルメットで声がこもり、声からの判別不能。

 そしてライダースーツに浮かぶボディライン。

 はっきり言って、男には、この女性に心当たりがない。

「あなた、どなたですか?」

 男は聞き返す。


「えー、私が分からないの、ショックなんですけど。

 って、今はそんな場合じゃない。

 あれは私の獲物よ!」

 男と知り合いの空気をかもし出していた女性は、雰囲気を一転、四足獣を攻撃する。

 不意の女性の飛び出しに、四足獣の放った火の玉がカウンター気味に入る。

「だから、一緒に戦いましょうって。」

 男は素早く女性の前に移動して、その火の玉を刀で一刀両断。

「へー、ユウト君って強いんだ。」

「今はその名で呼ばないで下さい。

 今の僕は、ユーケイです。」

 自分の本名を連呼する女性に、男は注意する。

 この姿で行動する時は、基本、コードネームで呼びあう。

「そうだったわね、なら私はケーワイよ。

 よろしくね、ユウト君。」

 女性も自分のコードネームを名乗るが、男のコードネームは覚える気が無いらしい。


「だから、その名で呼ばないで!」

 男はそう言いながら、四足獣に斬りかかる。

「ご、ごめんね、ユウト君、じゃなくてユーケイ?」

 女性も男に続いて四足獣に攻撃。


「あなたのパートナー、レベルが低いくせに、強いわね。」

 ルビーと呼ばれた赤い妖精は、男の戦いっぷりを見てつぶやく。

「あなたのパートナー、レベルが高いくせに、弱いわね。」

 サーファと呼ばれた青い妖精も、女性の戦いっぷりを見てつぶやく。

「し、仕方ないでしょ、ケーワイは本当は、遠距離タイプ。

 こんな接近戦では、実力は出せないの!」

 ルビーと呼ばれた妖精は、自分のパートナーを擁護する。


 遠距離タイプと言っても、遠距離から倒せる魔石獣は限られている。

 ほとんどの魔石獣は、近距離戦の方が倒しやすい。


 男と女性は、うまく連携を取りあい、四足獣を圧していく。

 それを見て、ふたりの妖精はつぶやく。


「しかし、これは困った。」

「ほんと、困った。」

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