【短編908文字】亜人の父 【3分で星新一のようなショートを読んで見ませんか?】

ツネワタ

第1話

 国一番の腕を持つ写真家の男がいた。


 男は人があまり好きではなかった。


 とある日、男は世界で一番美しいアルバムを作ろうとカメラを持って旅に出た。



 しかし、身の回りの世話をしてくれる者たちが必要だと男は思い、『山羊』と『灰狼』と『野豚』を連れて国一番の科学者の元を訪れた。



 科学者は写真家と同い年で優秀ではあったが性格の悪い男だった。



「この三匹を二本の足で歩き、人の言葉を解せるようにしてほしい」


 その頼みに科学者は応え、男の細胞を使って三匹は人間のように振る舞えるようになった。


「父よ。荷物を持ちましょう」と運搬役の山羊が言う。

「父よ。食事を作りましょう」と食事役の野豚が言う。

「父よ。敵が出たら私が追い払ってみせましょう」と護衛役の灰狼が言う。


 写真家を『父』と呼ぶ働き者の三匹を連れ、男は諸国を旅して写真を撮った。


 同時に人嫌いの男も従者三匹には心を開き、楽しい記憶も増えていく。



 しかし、男は「所詮は獣。写す価値はない」と写真には残さなかった。



 ある晩。灰狼が食事役の野豚を喰って、そのまま逃げてしまった。



 どうやら、夕食の匂いに充てられて我慢が効かなかったようだ。

 残る荷物係の山羊も恐れをなして逃げ出した。


 男はなおも旅を続けた。諸国を巡り、アルバムの嵩はどんどん増える。


 数年後。男は国に帰った。すべての国民が彼の写真を見たがった。



「あれ? 写したのは景色だけかい?」

「何だか風景ばかりでつまらないなぁ」



 国民たちは男の写真にそっぽを向いた。

 そこで男は気づいた。ともに旅をした従者たちの顔を思い出せない。



 楽しかった事も。嬉しかった事も、辛かった事も。苦しかった事も。

 何も残していない。自分を『父』と呼んでくれた彼らの事を。


 喰われた野豚は成仏できただろうか。逃げた山羊は今も元気だろうか。灰狼は罪に苛まれて苦しんではいないだろうか。男はそんな事ばかり考えるようになった。


 それから数十年後。男は不運にも事故に遭う。こと切れる寸前に彼はこう呟いた。



「美しいアルバムの中にではなく、撮る事の出来なかった写真にこそ私の人生があったのだ」



 人嫌いの写真家の葬儀には皮肉にも遺影はなく、参列する者もいなかった。

 

 事故現場には花一つ添えられなかったという。

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【短編908文字】亜人の父 【3分で星新一のようなショートを読んで見ませんか?】 ツネワタ @tsunewata0816

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