第3話

「九条さんは外部組でしたよね?」

 店長さんは言う。

 私たちが通っていた高校は中高一貫校で、中学からそのまま進学する生徒が大半を占める。私は親の都合で高校進学時にここに越してきたため、外部受験をしてこの学校に入った。

「私もそうなんです。だから全然馴染めなくて……。違いますね。私が馴染もうとしなかったんです。特進クラスを目指していたんですけど、そこに入れなかったから拗ねていたんですよね」

 店長さんは自嘲気味に言う。

 ウチの高校は地元ではそれなりに名の知れた伝統校だ。外部受験して入学する生徒は、S組、A組、B組に多い。S組はスポーツ選抜クラスで、スポーツ推薦で入学した生徒や全国を狙うレベルの運動部の生徒が集められている。A組、B組は特進クラスで、成績優秀者が集められておりレベルの高い国立大学への進学率が高い。C組からG組は一般クラスで、こちらは内部進学者の割合が高くなっている。

 入学したばかりのときは私もその雰囲気に戸惑った。すでに仲良しグループができあがっており、中学から培われていた独特の雰囲気は少し入りづらいものがあった。だが私の場合、一人も知っている人がいない状況なのは、この学校にでなくても同じだと開き直っていた。

「九条さんは外部組なのにすごく元気で明るくて。だから最初はそれが不思議で、ちょっと気になったというか、苛立ったというか」

「苛立ったんだ……。まあ、ちょっとウザいところはあったかもしれませんね。あの頃は早く溶け込もうと思って、ちょっと無理に明るくしてたところがありますから」

 店長さんはクスッと笑う。

「そんなところに憧れたんです」

 私はお酒のせいではなく、少しだけ顔が上気するのが分かった。十二年、いや十四年前のことだとはいえ、こんなに素直に言われると少し照れてしまう。

「一年の頃の様子を知っているということは、もしかして……」

「はい。同じクラスでしたよ」

「マジですか……。それで覚えてない私って、ひどいですよね」

 同じ学年でも交流の無かった人を覚えていないのは仕方ないと思う。だが同じクラスになった人くらいは覚えているべきではないだろうか。我ながら自分の記憶力に呆れてしまう。

「E、C、D」

「へ?」

「私が在籍したクラスです。噂の域を出ませんけど、クラス分け、成績順だったらしいですよ」

「私、三年間Eだ」

「私、三年でもう一度同じクラスになりたくて、わざと成績を落としたんです」

「え? それ、本当ですか?」

 店長さんは笑うだけなので、本当なのか冗談なのか分からない。

「店長さんは、高校の頃と結構見た目が変わりましたか?」

「そうですね。当時はあまり見た目を気にしませんでした。家も厳しかったのでオシャレなんてしたことありませんね。それに根暗でしたから」

 そうして店長さんは思い出すようにクスクスと笑う。

「高校を卒業してオシャレに目覚めたんですか? 今なんて私のファッションの先生じゃないですか」

「九条さんに全く振り向いてもらえないのが悔しくて」

「あ、すみません」

「冗談です。でも、変わりたいと思ったのは本当です。それで大学で一人暮らしをはじめたのを機に色々とチャレンジするようになったんです。自分の変化が面白くて、そのままファッションの道に進みました」

「そうなんですか」

 店長さんの横顔を見ながら、彼女の高校時代を想像する。だが、今の姿から地味な少女の姿は連想できなかった。

「そういえば、今日は池田(いけだ)さん、来ていないんですね」

 店長さんが唐突に言う。池田さんとは亜由美のことだ。旧姓、池田亜由美。今は金澤(かなざわ)亜由美という。いきなり店長さんの口から飛び出した名前に少し驚いたけれど、私はそれを笑顔で隠す。

「子育てに忙しいみたいですよ」

「そうですか。残念でしたね。池田さんに会いたいから同窓会に来たんじゃないんですか?」

「別にそういうわけでは……って、あれ? もしかして……」

「あの頃、九条さんは池田さんのことが好きだったんですよね?」

 私は思わず赤面して顔を覆う。

「どうして知ってるんですか? 誰にも言ってないのに」

「見ていれば分かりますよ。私の視線に全く気づかないくらい、九条さんは池田さんに夢中でしたから」

 本当に恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこんな気持ちのことを言うのだろう。

「池田さん、ご結婚されたんですね」

「ええ、今は金澤さんです」

 そう言うと店長さんは少し驚いた顔をした。金澤とは高校の頃、亜由美が付き合っていた彼氏の苗字だからだ。私のことをよく知る店長さんならそのことも知っていたのだろう。

「大学を卒業してすぐに結婚したんです。今は三人の子持ちだそうです」

「今でも連絡を取り合っているんですか?」

「いいえ。高校を卒業してからはまったく連絡していません。別に避けているわけじゃないんですけど、なんとなく」

「だったら余計に会いたかったんじゃないんですか?」

「うーん、まあ、会ったら話すことはあるんでしょうけど……。今は別に何とも思っていませんし」

 それは率直な気持ちだ。確かにあの頃は亜由美のことが大好きだったが、今は何とも思っていない。

「そんなものなんですか?」

「私、そんなに一途に思い続けるタイプじゃないですよ。これまでにも彼女がいましたし」

「彼女がいるのは知ってましたけど……」

「え? どうして……」

「どうしてって、彼女と一緒にウチのお店にいらっしゃったじゃないですか。店内であれだけイチャイチャしていて、彼女じゃないって言われる方が驚きます」

「ああ、そういえば……」

 確か店長さんのショップを知ったばかりの頃、彼女と一緒に買い物に行ったことがある。感じのいい服が多いショップだと思ったが、自分で服を選ぶ自信がなかったからだ。だが彼女が選ぶのは私に似合う服ではなく、彼女が好きな服だった。

 だからそれ以降は一人でショップに行くようにした。そして店長さんに相談をしながら服を選んでいる。

 店長さんの選ぶ服は会社の同僚や営業先の人に褒められることが多い。今ではすっかりファッションセンスのいい人扱いをされている。

「そういえば今日、彼女さんは良かったんですか? いくら昔のことでも好きだった人に会うとなれば、いい気持ちはしないでしょう?」

「問題ありません」

「彼女さんに信頼されているんですね」

「あ、いや、そうじゃなくて……少し前に別れたんです」

「そうだったんですか。すみません、変なことを聞いて」

「いえいえ」

 なんとなく気まずい空気が流れる。それを振り払うように店長さんが聞いた。

「九条さんの初恋は池田さんなんですか?」

「初恋、ではないと思います。でも初恋みたいなものですね」

 私の言葉に店長さんが首を傾げる。

「それが恋愛感情だということにはじめて自覚した相手が亜由美だったんです。自覚してから振り返ると中学のときのアレも恋だったのかな、みたいなのがポツポツと」

 話ながら私はあの頃のことを思い出す。

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