三章:北の大地と豪快なお嬢様とヘタレな皇子
豪快な北国のお嬢様
「アルー! どこにいるの? アルー!」
「はいはい、ただいまー!」
いつものようにお嬢様が呼んでいたので、俺は部屋から飛び出してゆく。
廊下に出てすぐ、勇ましい狩装束を装備し、弓弩(クロスボウ)を手にしたお嬢様と鉢合わせする。
相変わらず、こういう格好をしていても、俺の主人は大変お美しい。
「さぁアル、今日も元気よく魔物討伐よ!」
「了解です! すぐに準備をしてきますね」
俺は部屋へ戻るとすぐさま装備を整える。
そして主であるレオヴィルと共に、日課である畑の害獣駆除へ向かっていった。
彼女の名はレオヴィル・ボルドー。
北の大地きっての豪農の三女であり、歳は俺よりも二つ下だ。
それでも彼女は俺の主人であり、命の恩人でもある。
レオヴィルとの付き合いは、大体一年となる。
彼女との出会いは、当時の俺にとってまさに幸運だったーー
●●●
「あったかいなぁ……」
大樹に背中を預けている俺は、ほっと息を吐いた。
こんなに陽の光が暖かいだなんて知らなかったよ。
北の大地には短い春が訪れていた。
今こそ極寒の地で失った体力と財力を取り戻す絶好の機会だ。
しかしいまいちやる気が起きないのは、ここ一年、北の大地の厳しさに触れ疲れ切ってしまったからだろう。
「きやぁぁぁぁぁ!!」
と、突然悲鳴が聞こえてきた。
いくら憔悴しているからといって、こんな悲鳴を耳にして動き出さないわけには行かない。
俺はひょいと立ち上がり、悲鳴のした方へ向けて走り出す。
すると木々の向こうに大きな茶色い毛むくじゃらーーこいつはウー・イェティ。
北の大地の厳しい環境が産んだ、非常に凶暴な獣人類の魔物だ。
その奥に綺麗なブロンドの髪が見え隠れしている。
身なりも立派だし、上流階級の女の子なのだろう。
今まさにウー・イェティは女性に襲い掛かろうとしている。
俺は咄嗟に、南の荒野でドレから借り受けた銃"アーミーアクション"をホルスターから引き抜く。
もう弾は残り少ない。だけど、今は惜しんでいる場合じゃない!
引き金を引いたまま、撃鉄を弾く。
パァン! と軽快な炸裂音が響き、矢よりも速い速度で弾が撃ち出される。
さすがはどんな劣悪な環境でも壊れることのない、信頼性抜群の"アーミーアクション"だと改めて感じた。
「UHO!!」
弾がウー・イェティの肩を貫いた。
敵はこちらを向き、怒りに満ちた顔を向けてくる。
そしてすぐさま鋭い爪の付いた腕を振り上げる。
俺は"守りのレリック"を掲げ、ウー・イェティの剛腕を光の壁で防いだ。
一日一回限りの完全防御の力だけど、今日はもう戦うつもりはないし使って構わない!
「UHO!?」
「なかなかパンチだ。こいつはお返しだっ!」
物真似の力を解放すると、身体中から青白い輝きが溢れ出た。
その輝きはまるで、目の前のウー・イェティそっくりに練り上がる。
そして同じように爪の付いた剛腕を叩き落とす。
「UHOOOOOーー!!」
ウー・イェティは、俺の力が生み出したそっくりさんに切り裂かれ倒れる。
これにて一件落着!
俺はすぐさま、唖然とした表情をしている上流階級の女の子のところへ駆け寄ってゆく。
「大丈夫? 怪我はない?」
「なに今の力! なんのなの!? すごいじゃないっ!!」
怯えていると思いきや、女の子は興奮した様子で俺へ問い詰めてくる。
「なんなの!? いったいなんなの!? 教えてよ! ねぇねぇ!!」
「あはは、あれは……」
突然、背後から俺と女の子を黒い影が覆う。
そして俺の目の前から女の子が転がり消えた。
彼女は傍に転がっていた、弓弩(クロスボウ)を手に取り、鋭く光る鏃をこちらへ向けてくる。
「ちょ、ちょっと!」
「動かないでっ!」
「UHOOOOO!!!」
ビュンと弓弩の弦が鳴り、矢が俺の頭の上をすり抜けて、背後にいたウー・イェティの眉間を貫く。
さすがのウー・イェティも頭をやられて、そのまま大の字の倒れ込んだ。
……俺、やり損ねてたんだ。いやはや、俺もまだまだ未熟だねぇ……
にしても、この女の子見た目に反して勇ましいなぁ。
「さぁ、話の続きよ! 貴方のさっき見せた芸はなんなのよ! 教えなさいよ! ねぇねぇ!!」
女の子は再度、嬉々とした表情へ俺へ詰め寄ってくる。
ここで誤魔化しても意味はないと思って、俺は物真似の力を持つ、英雄の村出身の、冒険者であると正直に告げた。
すると彼女は益々、嬉しそうな顔をし始める。
「あの英雄の村の! しかも"物真似"だなんて、すごいわ! すごすぎるわ!」
「あはは、そりゃどうも」
「でもその割には、あなた随分ボロボロね?」
「お恥ずかしながら北の大地の厳しさを舐めてまして。辛うじて一年、生き延びていたらこの様ってわけですよ」
「ふーん」
彼女は気のない返事を返して、俺から視線を逸らした。
何かを考えているらしい。やがて彼女は驚きの提案を口にして来る。
「貴方うちに来なさい! 気に入ったわ!」
「え、ええ!? それ本気で言ってます!?」
「本気よ! さぁ、帰るわよ!」
「あ、ちょっと!」
彼女は一人でさっさと歩き出す。
どうやら俺に拒否権は無いっぽい。
俺は慌てて彼女の跡を追う。
「本当に、本当に良いんですか?」
「本当に本当に良いわよ! ちゃんと部屋も用意するし、仕事に応じたお金もお支払いするわ! それとも貴方は寒い野外での生活がお好みなのかしら?」
「いや、そういうわけじゃないけど……だ、第一、俺たちまだお互いに名前も知らない間なわけで……」
「あら? そうだったわね! 私はレオヴィル・ボルドー! この先にある農園の者よ! それで貴方は?」
「アルビスです」
「そう! 良い響きね! 益々気に入ったわ! でもちょっと呼びづらいわね……アルでどうかしら?」
「ま、まぁ、お好きにどうぞ」
「良かったわ! それじゃあ改めて私と害獣駆除をよろしくね、アル!」
ーーこれがちょっと変わり者だけど、元気で愛らしいレイヴォル嬢との出会いだった。
父親譲りの豪快な性格をしてるレオヴィルは、広大な農園を害獣である魔物や獣から守っている。
だけどここ最近、数が多くて、人手が足りず困っていた。
そんな時、俺に出会って、害獣駆除要員として雇い入れたかったらしい。
まぁ、ボロボロの俺にとっては渡りに船の提案だった。
●●●
「さぁ、お嬢様どうぞ」
「むっ……」
「ど、どうしました?」
「良い加減にしてくれない?」
「い、良い加減っすか……?」
「今は二人きりなんだから私のことはレオとお呼びなさい! もう半年はそう言ってるじゃない!
「そう言われましても……」
「はい! やり直し!」
ここ一年、晴れた日はもとより、風の日も、雪の日も、俺とレオヴィルは欠かさずだった広い農園の見回りや、害獣駆除に精を出していた。
「はい、じゃ……レオ、俺の後ろへ」
「よろしく頼むわ、アル! うふふ……」
俺が馬上から改めて手を差し伸べると、レオヴィルは嬉し沿いに手を握り返してくる。
レオヴィルがしっかりと俺の体にくっついているの確認する。
そして屋敷を目指して、馬を走らせ始めた。
ボルドー家に住まわせてもらうようになってから、俺は毎日主人であるレオヴィルと共に行動していた。
豪快な彼女との相性も良かったようで、主人と従者という垣根を超えて会話するようになったのは、割とすぐのことだった。
「ねぇ、アル!」
「なんっすか!」
「もっと飛ばして! 今日はもっと風を感じたいの!」
「了解っす! しっかり掴まっててくださいよ!」
「うん!」
レオヴィルは本当に綺麗で、でも豪快で親しみやすい子だった。
そしてなんとなくだけど、レオヴィルが、俺のことをどう想い始めているのかわかったような、わからないよう。
もしもその気持ちが俺の想像通りなら、素直に受け取るわけには行かない。
なぜならば……
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