タンポポと道

よねちゃんなのね

第1話 ぷりぷりとタンポポと道

ぷりぷりと怒った声がした。

「あんたいつもは運んでくれるじゃないの? はっきり決めてよね!」

ぷりぷり怒りながら婦人は注文のホットサンドを手にテーブルへもどった。

「申し訳ありませんでした……」

店員の小さな声はカフェのBGMに消えた。


私は聞いていない風を装いながらミルクを手に席へゆく。どうせ席は半分くらい空いている。適当な席を見繕う。


「もう、いつもは持ってきてくれるのに……」

少し離れた席の婦人のおしゃべりが聞こえる。聞こえる。聞こえすぎる。もう、婦人の声しか聞こえない。先程の婦人の怒りの態度と声が私の中の全部を蝕むようだった。


私は急いで熱い紅茶を飲もうと苦心した。熱い。でも、婦人の声が聞こえることが、もっと辛かった。何の縁もない婦人のことなのに、すごくひっかかるのは、私の性格のせいだろう。


やがて紅茶を飲み終えて、私はそそくさと店を後にした。外では桜が散るのをとても急いでいた。


道を歩いていると、先程の婦人の怒りのことが頭を離れない。とても辛い。関係ないのに。なぜこんなにも辛いのだろうか。


しょんぼり歩いていく。足下にタンポポが黄色く咲いている。

(これこれ、そこの君)

ん? タンポポから何か言われたような? 気のせいか。

(これこれ、そこの君)

やはり、タンポポだった。私の直感だ。

(何かあったかしりませんけれども、今日のお天気は良いものですね)

タンポポはあっけらかんと言いました。

「それでも私は気分が下がっていますよ、タンポポさん」

(そうですねえ)

タンポポは困ったようだった。悪いことしたなとは思ったのだが、どうしようもなくて、用もないのに腕時計を見て、さも忙しいようなそぶりで、そこを後にして先へいくことにした。

「じゃあね、タンポポさん」

(あ、ちょっと待って。先にある分かれ道。左は近道だけど行かない方がいい)

「え?」

(とにかくね、危ないから)

何だろうとは思ったが、まあ安全な方がいい。

「わかったよ、ありがとう」


トコトコと行くと、分かれ道があった。左は街。右は町。って感じだ。まあ、どちらにしろ行く先は決まっているし、急いでいるわけではない。私は右の道を行くことにした。


すると、後ろからばっと誰かが通りすぎた。先程のご婦人だった。婦人は迷わずに左の道へ行った。

「あっ……」

思わず声を出すと、婦人は振り返った。

「何かしら?」

「あ、いや……。右の道が良いらしいですよ」

「私の行く場所は、左の方が近いのよ。でもどうして?」

「あ、いや。タンポポが……。いえ、何でもないです」

「もう、忙しいのに!」

「すみませんでした……」


婦人は左へ。私は右へ。歩いていった。


その後、私はのんびりと町の道を歩いていった。道端の雑草は花を咲かせていて、少しホッとした。


目的の図書館に無事たどり着いた。自動ドアから、先程のご婦人がぷりぷりしながら出てきた。何かあったのだろうか。

でも、私は顔を会わさないようにそっと通りすぎて、図書館に入った。


本を探して、少し読んで、本を借りて、帰った。


帰り道。タンポポの前を通った。

「タンポポさん。先程はどうも」

(こちらこそ)

タンポポさんは、いつものように黄色く咲いていた。

「ところで、どうして右へ行かせたの?」

(ああ。左にはね花が咲いてなかったからだよ)

「花?」

(そうそう。春の花にはね、荒れた心をホッとやさしく癒す力があるからさ)

「そっかあ」

(ホッとできたようで、良かったよ)

「こちらこそ、ありがとう」

私はタンポポと笑顔を交わして、春の道を歩いて行った。


春は優しく、ほほ笑みのようだった。

ありがとう。タンポポさん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タンポポと道 よねちゃんなのね @yonechantokakuyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る