第7話 小さな魔法と歩みだす世界

 「兄、さん・・?」


思っていなかったわけじゃない わたしがここにいるなら

もしかして兄であるはずのクルード兄さんも もしかしたらって


「ええ どうされますか?」

少し心配げに訪ねてくるメイドのローラ


「お通ししてローラ」

「はいリズ様」


・・

それからローラが去り

しばらくして入れ替わりに兄がやってきた

この家でのお兄様だ



リズ・クリスフォードの兄 バゼロ・クリスフォード


優れた魔法使いであるお母様やお父様の魔法の才をよく受け継いでいて


この世界は魔法の力を中心に文化が成り立っているから

私たちは貴族なので魔法を修める学園に通っていることになっているし

そこで教育も受けているお兄様はそこでの学業の成績がよく

この家の次期当主最有力候補でもある 


ていうか この家の子供は私とお兄様しかいないから

唯一の対抗馬のわたしが体が弱かったし

そんな候補にもなれていないけどね

でも優秀なのは間違いない


(ただ・・)



「おい リズ 聞いたぞ また昼まで寝ていたのか?

だらしがないと思わないのか!!」


そういって開口いきなり罵倒を浴びせてきたのが

わたしの兄 バゼロ・クリスフォードである


お父様と同じ紫色の瞳で顔のパーツも整っていて

見た目がいいので普通にしていればかっこいいのに

プライドの高い難のある性格をしていて

それが以前のリズにとって苦手だった


この世界の貴族の魔法使いにとって重要な体系要素である、

生まれつきの魔力の量がとても多く それを生かす才もあるので

そのおかげで私の記憶にあった学園の中では天才と評されて

優秀な評価をほしいままにして

多少の尊大な態度をとっても容姿のよさも相まって

それが妙に型にはまっていてそんな性格でも許されているのだった


・・

「申し訳ありません お兄様・・」

当たり障りのないことをいう私


それを聞いて免罪符を得たとでもいうように

まだ物言いが足りない様子の兄バゼロ・クリスフォードは

私に次々とまくし立ててくる



・・実は以前の私がよく休んでいたのは

体の弱さからくる「眠気」のせいだった


でも今の私の状態を思うと

それはもしかして単純に体が弱いせいだけじゃなかったんじゃないか

という気もしている


本当にただ純粋に眠いだけ


ただそれは日常生活で突然意識が遠くなって

もう目覚められないんじゃないかっていつも怖かったくらい

耐え難い眠気で普通ではない病気レベルだったんだけど

お兄様はそれを理解してくれない


眠気というのは一般的には病気ではないらしい


・・

聞き取れたところによると

私がその調子で学園の授業もよく休むから


優秀な一家の評価をさげるとか 魔法の才能がないから悪いんだとか

それなのにお前には普段から努力が足りないとかなんとか


(はあ・・・)


いやわかってたけどね

ここにいる兄がクルード兄さんでないことくらい

記憶で分かっていた


どのみち

施設の検体番号の兄とか 実の兄である可能性とかほぼなかったよね

遺伝子コードが持ってた性質自体は近かったらしいんだけど


でもね・・ 

わたしがこうしてちょっと変わってたからさ

もしかしたら兄さんも変わってるかも・・しれないじゃない?


私がちょっと変わってるのってもしかして

ここでいい生活してるから


関係性はわからないけど

あっちの私と比べて育ちが良くて

よく寝て豪華な食事で栄養も得られたから

私と同じだけど

リズ・クリスフォードの私はその分大きくなれたんじゃないかって


実際に兄に会うまでは記憶が本当かはまだわからない 確定ではない


それならもしかしたらさ・・



(そうじゃなかった・・ね)


がっちりと 

この優秀だけど傲慢なバゼロお兄様が私の兄であることを頭で自覚した


お兄様はそのまま一通り私をまくし立てていて

私が終始ポカーンとしたようにした後で

反省したようにしていると


「フン・・もういい」

それが本当に目的であったのか満足したようになって帰っていった

病み上がりの私に他にほんとうに何もないのかと私は少し絶望した


まあお兄様にとっては

私が体が弱いせいにして怠けているだけなのだろうから

善意の喝を入れてやったといったところだろうか



はあ なんで私ってこうなんだろうね・・

こっちではせめていいかんじに暮らせてるって

いや暮らせてるんだけどさ


どうもなんというか あっちでもこっちでも嫌な奴ばっかりだなあ


(リコ・・どうせなら一緒にここにきたかったなあ

リコは一緒に大きな光の都会に行こうって私にいってくれたのに


わたしだけ・・ここに・・)


・・・・でも


ショックを受けてばかりもいられない


どこにいたって私はわたしなの

私はわたしでいつも通りやっていくこと 

それが良くも悪くもあの汚い町で生き抜いてやり繰りしてきたうちに

身につけた私の生き方なんだ


あの時 あの異様に変化した私の世界の最後に

白い光が目の前を突き抜けていって

塞がれかけていた私の道はひらかれて 何故かこの不思議な魔法の世界にやってきた


とはいえ

ここで私は身分こそ高くはなっていたけど

別に何も特別な人間ではなかったし

なにか特別な使命をもっていて行動を起こせるような人間でもなかった



なら・・

普通に歩いていってみるしかない


相変わらず私の道は先が見えないし どこまで行けるのかも分からないけど

この世界で歩き始めると決めたからには

今の私には ここでやることがたくさんある


「よいしょ・・」

リズはでもまだすぐには歩き出したりはせず

とりあえず部屋の柔らかいベッドの上にまた寝転がる



(魔法がある世界、かあ・・)


ベッドで仰向けに寝転んだところから

手のひらをパッと天井の方に向けて右腕を天にのばして

(・・・)

かざした手の指の間から覗く淡いリズの瞳



「 メギド 」


つぶやく

「・・・・」シーン

まあ何も起こらない 起こるはずもない


だってそれはこの世界の魔法じゃない

私の記憶にあったゲームのオリジンの仮想の魔法の言葉を適当に呟いてみただけだ


オリジンの大廃都ステージを丸ごと破壊し尽くす

ストレス発散のアホみたいなエフェクトの魔法


まあこんなところでお手軽に発動されても困る

そんなテキトーな仮想の魔法じゃなくって



「この世界には本当の魔法がある・・」


伸ばしていた右腕から手の甲をじっ・・と見る


それはそう 判明したこの世界の不思議な力

自分の中に流れる力を 形や属性を変化させて操り解き放つ力


魔法の一切なかった世界の意識も持つ私にはそれはすごく興味もあった


(スッ・・)

手はおろす


(でもそういえばさっき・・)

バゼロ兄さんはわたしには魔法の才能はないと

さっきさんざん投げかけるように言っていた


(ちくしょー なんでなのよお・・)


「(ごろん・・」

また寝転がる


魔法の名門らしい貴族の名家に生まれたのだから

当然のごとく私も自動的に超絶エリートであっていいはずだった


だけど定着した私の記憶が

どんどん私には魔法の才能がないことを示すエピソードでいっぱいになっている


どうやら名家に生まれたからといって

天才になれるわけではないらしい


ていうか この家の私ってかなり寝て過ごしてるわ・・

思い出がベッドで寝てばっかりよ

体が弱いせいではあったけど・・


私の体は割と恵体でしっかりしてるんだけど 

時々なんにもできずに動けなくなるくらい ものすごく眠くなってたのよね

なんでかしら・・

でも勉強もちゃんとしてたぽいけど・・


でも全然ダメ この世界の一般家庭で習う程度の魔法も全然使えないの

せめて普通って言われるレベルくらいは魔法の才能、あってほしかった・・


「もう~ しっかりしてよ~」


でもさあ・・

超絶魔法エリート貴族令嬢を期待していて悪いんだけど


元の私だってそんなに言えたことじゃないんだよね

元の世界の私だって底辺下級ランクのド貧乏ゲーマーだったじゃない


うわあ 考えると相当ひどいわ


逆にこっちの私に叱られるレベル


(そう考えると私に魔法の才能がないのって順当っていうことなのかしら・・)


・・ん? え、もしかしてこっちの私が魔法がろくに使えないのって

そんなゲーマーの私が混じってるせい?疫病神・・ 


いや そんなはずないわ 私のせいじゃない

切り替える


・・

「(そうよ! そんな私にだって使える魔法がある)」


そう リズ・クリスフォードお嬢様は

けして何も魔法が使えないわけではないんだ


だけどその魔法が表立って外に出せないんだろうなあっていうのは確証があった


どうやら魔法に関して名門といわれているクリスフォード家

その名家で秘蔵されていたリズの隠し持つ力・・


(これは期待しないわけにはいかないわね・・!)



さぞかし実はとんでもない魔法が・・


でもそんなに特別じゃなくても使えるなら何でもいいわ 

炎とか雷とか水とか・・!そういう いかにも魔法ですって感じの・・


マッチくらいの小っちゃい火の魔法でもいいわ

魔法ならいい

なんでもいいから燃やしてみたい


だけどその魔法?スキルのようなものは

すでにリズの脳内にイメージ感覚であった


(え・・?)



(どおおん!)

寄生パラサイト魔法・マジック・・?」



頭に浮かんできたのはそんな魔法のイメージ

いやどういう・・


(そ、そんなあ・・!)

なんとも・・ このなに不自由ない豪勢な家で

ここの寝てばかりのリズはそういう性質に近い暮らしをしていたのだ

それがまさか本人の魔法技能にも体現してしまうなんて因果なもので


(でも私ってここでは普通に令嬢として育てられてるっていうか

まだ若いしそういう扱いの魔法ってちょっとひどいんじゃないか

向こうじゃ頑張って暮らしてきたのに~・・

いや施設にべったり寄生して生きてきたという見方がないこともないけど)


まあクリスフォード家の秘蔵っていったけど

単に私が今までこの魔法を表には一切出してなかっただけだ

私がこれが一般的な魔法だって思ってなかったっていうのもある


だけど全然使ってなかったわけじゃない


やっぱり私には魔法の才能はあまりないのだろう

というか私はこの世界で魔法を使うための元となる魔力といわれるものが

体に異常に少ない体質なのだった


思い浮かんではいたけど確認のため その魔法を一度使ってみることにする

これは魔法としては出すだけっていうか単純なので

それはもう感覚の世界


「(ぱ、寄生パラサイト・・!)」


(・・なんかいやな魔法だなあ・・響きが・・

普通の火とか水とか使いたいよお)


そんな風に思っていると

リズが唯一使えた風変わりな魔法は問題なく発動して

目の前の両手のひらに

小さな見えないプカプカしたエネルギーの塊のようなものがでてくる

ちょっとのっぺりしてる



(ニュニューン・・)「・・・」


(これが私の体から出てきたあ・・ナメクジみたあい ひえー)


ええ・・、いやすごいけど・・うん

なんていうかこう・・釈然としない


リズの思っていたファンタジーな魔法のイメージと比べて

全然キラキラはしていない



この出てきたのっぺりした魔法の塊?が他の人の目には一切見えないのが 

さらにこの魔法の秘蔵性を高めていた


魔法を使っても確かめるために他の人に見せられないからね

この謎の力の証明のしようがないんだ


で、この魔法には続きがある

(なにこの手触りい・・)

そのなんともいえない手触りの塊をね 粘土みたいに手でこねて加工するの

リズは幸いというかすごく器用だったんだ


(施設では器用だった私のことも、やっぱり少し影響されているの・・?)


それを手慣れた感じで記憶の中にある、 


「とある虫」のように加工していく


ゲームでオリジンの終末世界の荒廃したどうしようもない廃都のステージにも

この虫たちはよく徘徊していてリズには馴染みが深かった

だからオリジンで覚えていた見識が加わって

以前のリズ・クリスフォードが作っていたそれよりも手際が良くなっていた


粘土細工のように

それでもしっかり手間と時間をかけて・・



(できた・・・!)


「バーン・・!」


「こ、これが私の魔法・・・」


それはまるで セミの幼虫・・セミの抜け殻のような見た目をしていた


オリジンにいたこの虫、

それは「鳴虫なきむし」と呼ばれていて

オリジンにはそれはそれは見た目の酷いキャラや虫ばかりで

ろくなかわいいキャラクターがいないので

こんなうじうじカサカサしたセミの幼虫であっても

相対的にいえば まあかわいい方、という評価になる


(相対的にかわいいってどうなのよ・・)


・・

この世界では普通のセミの幼虫だけど

オリジンの世界のこの虫は荒れた地上の変異したでっかい植物の根の栄養を

寄生した植物が枯れるまでチューチュー吸い尽くしては

一回り大きくなって幼虫の姿のまま地上にモリモリ這い出てきて


キュウキュウ鳴きながら

次の植物のところにゾロゾロ移動するという

とんでもない生態をしていた


「 カサ・・ 」

(寄生魔法・・

そういえばオリジンの世界も寄生虫がうようよいたけどもさ)


私はオリジンにいる途方もない数の虫たちの中では

普段はずっと泥根っこの中で生きているような

この虫のことはそんなに嫌いではなかった


そんな寄生セミの幼虫がモデルのこの造形物


小さいけど 

でもけっこう見た目は精巧にできており


(これならみせることができたら自慢はできるんじゃないか・・!)


・・って思ったけど


例えば魔法の学校のそういう集まりで他の学生たちが

いかにも魔法ですっていう

何かのキラキラした魔術を「ボア・・」「わあすごいわあ」「素晴らしい・・」

とかやってて小奇麗な木の杖とか手に握りしめてる横で


私だけが毛穴までリアルなセミを手にしっかり握りしめて


「こっちもみてください! こんなに精巧で素敵なセミの抜け殻が・・!」


なーんてね いえるはずがないんだ 

それも貴族のお嬢様が


というか他人からは見えないからなあ・・これ


一応ここでは由緒正しい家の高貴な女の子 リズ・クリスフォードなのですよ


(はあ・・)

がっくりと私は肩を落とした


・・・・

でもまだ悲観していることはないのですよ リズお嬢様


「見た目のことじゃなくて その魔法の効果のことよね・・

重要なのは」


まさか精巧なセミの抜け殻をつくる魔法?のだけのはずはないんだ

だけどそれもすでに知っていた


あんまりその効果は・・ないっていうことを


リズの「寄生」魔法は

「その加工したセミの抜け殻を他人につけること」で効果がでる

はじめにでてきたのっぺりしたナメクジみたいな魔力のかたまりを

加工せずにそのまま人にペトリとつけても効果はない


それがリズ自身がその魔法の効果に気が付きにくい要因になっていて

しばらく効果が判明していなかった


だけどある時に偶然分かった



「「 精巧につくったセミの抜け殻を人にくっつけると

そのひとの「名前」がわかる 」」



・・・え!! それだけぇ・・!

いや知ってたけど


しかし名前がわかるってなんだろうね

寄生するにも寄生主の名前くらい

しっかり知っておけよっていうことなのだろうか


しかも10日くらいで抜け殻は取れてしまって効果はなくなってしまい

せっかく作ったセミは勝手に地面に潜っていって?消えてしまう


あと ほんの少しだけど寄生した相手の魔力を

そのくっついている間はリズに送ることもできる


だけどそのやってくる魔力量は極極わずかで

体感でも全く気が付かないレベルなんだ

それだけがこの寄生魔法の効果といえるものだった


(魔法は一応持ってた・・、けど 

全然強そうとか奇麗とかそういうんじゃないわね・・)


そして・・これもわかっていた


記憶だけじゃなくて本当にできないか改めていろいろ確認してみたけど


バゼロお兄様に言われてしまったように

その他一般の学生が習うような

本来のキラキラした普通の一般の魔法の才は

リズは全然もっていなかったのだった・・


(この世界で目が覚めたのに 私こんな魔法使いでいいの・・?)



「前途多難ね・・・」


興味のあった新しい魔法?のようなものに触れることはできたのに

全然感動できなかったリズは

また転がった柔らかいベッドの上でやるせなく一息ついていた

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