第3話 終わった世界の戦い


「・・え?」


地獄の炎の蓋が目の前で開け放たれたようだった


「「  」」カッ


一瞬のもう目の前にさっき画面端に飛ばしたはずの魔人化ドラゴンロードマンが

その強靭な脚力で瓦礫を突き破るように飛んで間合いに復帰してきていて

そして接敵したイヴに

体を引き裂くような強烈な拳を繰り出してきていた


「「 スベテヲ・・! 」」


「「 ジャアアアアアア!!」」


ねじ切れるようなビリビリとした雄叫びの轟音と

いきなりその魔人化ドラゴンロードマンの凶悪な竜のえた嗜虐の顔つきに

見開かれた眼がリズの近くにあった


「!!」

とっさにリズは対応するが 使った反動の力の分が制御しきれず

さらに強靭なドラゴンの脚から繰り出される連続コンボ攻撃を許してしまう

「ズガン!!」

容赦なくたたみかけられる

「 ジャアアア!!・・ジャ!ジャァッツ!!」


(接近からのつなぎ技の威力がとにかく強い・・!

もっていかれる・・!だけど!)


5連撃もの危険な重い猛打をくらって体力の残りが危うくなったところで無理やり

リズはキャンセルさせるように


(シュ・・)

フェイクをいれ引っかけてその強烈なコンボから抜けきる

「ジャッ・・!?」


逆にリズは即死コンボといわれる、

凶悪な連続コンボ攻撃を繰り出そうと反撃の体勢を整える 

すぐさま邪悪な悪魔の力がイヴをまとっていく

(絶対に許さない・・)


「・・・!」

だが 対戦相手はそれを読んでいたように


「ガウン!!」(ミシイ・・!)

横からの魔人化ドラゴンロードマンの尻尾の薙ぎ払いのこれも強烈な攻撃で

リズの挙動をキャンセルさせられて

イヴの体力がさらに残りわずかになる


(だけど隙の大きい即死コンボ前準備をキャンセルされるのは

織り込み済みなのよ)


「そこよ」

並行させてコマンドを即終了させていたイヴの強靭な片腕での強攻撃を発動させて

魔人化ドラゴンロードマンをまた画面外近くにはじき出す

「ブンッッ!」

「ガキィイイイン!」


しかし、対応されてガードされている 

だけど強力な一撃なので敵の構えたガードの上から

対戦相手の体力もかなり押し減っていた


(・・、油断ならない・・)


(しかも相当、強い・・

あのコンボ攻撃の強引な強さなら30連勝中のプレイヤーっていうのは

偶然じゃない・・だけど 同時にわかってしまった)


(あれは・・クルード兄さんじゃなかった・・

もし本当にあのときの彼が操作しているなら 

あのコンボ攻撃を抜け出すことはできなかった・・)


「ゴゴゴゴゴ・・!」

一連の一瞬のやり取りでお互いのプレイヤーの強力な攻撃の応酬の余波が

周りの荒廃したオリジンの都市の建造物の残骸に直撃して

破壊されて吹き飛びながら崩れていく


辺りの様子は最初にあった景色とは大きく様変わりしていた



(ここからが本番ね・・)


・・・

オリジンのもう終わってしまった世界

終焉世界


かつて天界から世界を支配していた古い支配者たちを

オリジンの怪人たちの禁忌の技によって地獄に追い落として

新たに地上を支配して超文明を築き上げたが

その時から天界からの加護が失われていて世界の秩序は徐々に崩壊していき


そしてオリジンの世界に訪れた最も破滅的であったという何かが起こり

地上の文明は崩壊して終焉し

僅かに滅びを免れた空中都市だけが取り残った世界


それからその時何が起こったのか

忘れ去られるほど遠い年月が経った後の滅んだ未来の世界



かつての古い文明の大きな人工物の基盤の跡のようなものが残された地殻、

それらが天地ごとひっくり返って

何層にも積み上がった様な打ち捨てられた地上の一角


「ゴコココ・・!!」

奇怪な羽を持つリアルで巨大な微生物たちが飛び回り

内側から火を噴いて光を放つ荒廃した逆さまの巨大な過去の構造物

視界にあるそんな滅茶苦茶な世界を背景に私たちは相対する


オリジンの世界では

力を持つ者だけがその荒れた地上に生きて降り立ち

秩序が崩壊し力のタガが外れた過酷な環境下の地中や地上で

異常に濃い魔力の奔流がぶつかり合って生成される、

力を秘めた結晶や貴重な資源、富を手にすることができる


その富をめぐって力を持つ者同士が

命を削り合いながら戦い続ける



「シュウウ・・!」

どんよりとした上空でその破壊の力を誇示するように

妖しく挑発的に機械化した翼を大きく広げる女悪魔イヴ


片や燃え盛る地上で腕から魔力エネルギーの熱を帯びた蒸気を

大量に噴き出しながら

殺意に飢えたその目の眼光を向ける魔人化ドラゴンロードマン


その力は世界の何かを破壊するたびに

崩壊して放出されたエネルギーで強化されていっていて

戦い合うたびに互いの破滅のボルテージが際限なく上がっていく



「・・・・・」

次の一手を集中して思考しながら

体力の減ったお互いがバチバチとにらみ合っていたけど

偽ハスラーキッドが操作する魔人化ドラゴンロードマンはそのまま動く気配がない



すると突然


「「   」」


「え・・?」

「(ブツン・・)」

画面がゆがんで突如 相手側からの通信が途絶えたのだ


それまで激しく燃え上っていた炎が

鈍く鎮火していくように画面が切り替わっていく


(スン・・)

その瞬間 なぜか部屋の中に発生していたようだった異様な風もやんで

止まっていた時間がもどってきたようになり

世界は元に戻る


(終わった・・?)


意識を集中していた今までの落差で

元から薄暗かったこの部屋がわずかに明るくなったような錯覚


ゲームの画面ももう処理が終わって

戦闘画面ではなく元のフリー待機部屋に戻っていた


・・・・

動きが止まったようになっていたリコも元に戻ったみたい

リコは対戦をしていた私のモニター画面をのぞいてくる



「え、偽ハスラーキッド君 リズに直接挑んどいて戦わずに逃げたの?」


「え・・」

(リコはさっきの対戦、 固まった感じじゃなくて

 ほんとに止まって見えてなかったの・・?)


(・・うーん?)

リズは少しまた画面を操作して確認する

そこにはいつも通りに戻った普通のオリジンのゲーム画面


「ゲームには何も影響ない・・?」


「え、なんのこと?リズ?」


「いや、なんでもない・・」



(うず・・)ギィン・・

(少し頭が痛い・・)

対戦が終わった後は少し頭が痛むくらいだったけど

それは気を集中してオリジンの対戦をし終わった時にはよくある事だった


・・・


「バン!」

その時 

後ろのリズたちの仕事部屋のあのボロボロのドアが開いた


同僚のチンピラゲーマー男が3人に増えて入ってくる 

さっきリズの金を回収していったボルンという役員の男も一緒だ

どうやら人員の交代の時間のようだった


(ゾロゾロ・・)

無遠慮にこちらにやってくる男たち

この部屋では定期的にゲームをする人員は交代することになっている

そうやって切り替えながら休憩をして脳を休ませて

効率よく対戦賞金を稼いでいく仕組みだ


・・

「おい邪魔だぞお! とっとと代われよ 

施設の下級人間なんぞに席に居座られてたまるかよ」


「そうだぞ 実力のある俺たちに代わったほうが

普通に考えて効率がいいだろ」


「リズ~、なんだお前これ 今日全然勝ってねえじゃねえか

施設からわざわざ派遣されてんのに首になるぞ、 お前」


「ギャハハハハッハハ」


筆頭チンピラ男のボルンは

自分がリズからマスターカードでゲームを清算して

金を掠めとったことは言わないで伏せて

他の男たちとそれを話のネタにしてはやし立てている


「へへへ 今日は調子がいいぜ・・」

男たちは確かに実力はそこそこ対戦で賞金を稼いでいけるくらいはあり

夜遊び感覚で下級リーグの対戦相手達を爆散させて

賞金を稼いで気分よく笑っている


(ガチャーン!ドガーン!)

無駄に音量ボリュームを上げてこちらの方まで

耳をつんざくようにガンガンと聞こえてくる戦闘音


仕事の席をやってきたゲーマー男たちに分捕ぶんどられて 

私たちにはもう居場所がない


リコが苦い顔をする

「リズ・・さっさといこう・・」


「うん・・」


・・・・

・・・

今日のノルマはもう稼げない

あまり整備されていない仕事場の建物からでる私たち2人


(・・・)

外の町はもうすっかり日が落ちて薄暗くなっていた

建物の部屋にも昼間はこもりきりだから あまり太陽にも拝めていないような生活


(まあ・・太陽が出てたとしても

私たちは治安が良くない外では危ないから

服を全身に着こんで隠してるから日光になんて滅多に当たらないけどね)


・・

私たちのような立場の人間が

陽の光に当たるような場所に出ることは滅多にない


いわゆる日陰者


貧しい旧市街の人間というだけで世間では下に見られるのに

私たちはさらに普通の市民とかではなくて実験施設出身の人間であったため

この町でのカーストは限りなく低い


過去に被検体であった人間であっても

能力の高い中位や上位のランクに判定されていれば話は違ってくるけど

あいにく私は下級ランク判定


組織内の育成期間の間は

能力の低い私たちも大事にしてもらえたけど

それは伸びしろがあったり

貴重な若い脳波のデータが取れて価値のある幼少期の間だけだ


外の世界に放り出されると

実験施設出身の被検体の人間に本来人権などほぼなかったのだが


今のように派遣先で働いてお金を稼いでいる間は

かろうじて私たちも人間として扱ってもらえる


それに以前より変化もあって

かつての上級判定を受けた組織の子供たちが

実力をつけてオリジンで目覚ましい活躍するようになると

実験施設の出身の身であっても待遇が徐々にだけど見直されていっていた



・・・

そんな私たちは

組織の委託で運営している宿泊施設に帰るために一緒に

日の落ちた荒れた町の暗い歩道を歩いていく


・・・・

こんなクソみたいな町にも名前がある

私たちが暮らすのはアナザス地区呼ばれている場所の旧市街

今いる周りの環境もボロボロのどうしようもない町だ


途中で川にかかる旧市街の古い橋に差し掛かって

そこから私たちの視界に現れたのは

郊外のこの荒れた場所とは真逆、うってかわって巨大な都会の超高層ビル群

ただそれは普通の建物ではない


「(コオオ・・オオ・・)」


まとまっているようで不規則な方向に伸びる、

段々の層になったように広がる大きな特徴的な構造物

それに群がるように各所から血管のように張り巡らされた長い交通路


その中心部には

まるで空に溶けていくような途方もなく背を伸ばした複数の巨大建造物

暗闇に浮かぶ何十万個もの星のような光は

その建物にビッチリと張り付いている大量の窓からの人口光だ


まるでその様は 

闇に住む天まで届く巨大な蜘蛛ような生命体の

そのイチゴのような複眼を特大のケーキに隙間なく盛り付けているようだった


昼間の日が出ている間は日光を透過しながら中の居住環境を一定に保ち

光を透過させた時に電力に変換もできる夢のような技術の触媒の機構で

このような特殊な形の窓の集合体になったのだという


・・

オリジンを筆頭に情報通信が全世界で重要産業をになうにつれて

光通信に特化した超大容量の対外通信能力のある超大型の都市が

近年急速に開発されていき

世界中で大きく繁栄して勢力を伸ばしていた



この今こうして見えている超高層ビル群もそのうちのひとつだ

「通信都市アナザスフリード」


都市は力を持つ権力者グリゴルンたちが支配していて

世界中の高まった通信エネルギーの需要の一端を支えているそうだ


都市の建造計画に携わるような上位の権力者たちにも

どっぷりとオリジンに脳を漬けたような人間が多いらしく


近年建造されるそうした都市は

まるでオリジンの世界の中に存在した、

いびつな超巨大建造物を再現模倣したような形で


オリジンの世界のその実物スケール感には遠く及ばないものの

その形だけは精巧に近づけたようなデザインや構造をした、

権力者の趣向を反映した奇抜な巨大都市が多く目立つようになっていた



・・・

(相変わらずでっかいよね・・)


その場所はこの町と違って奇麗で治安のいい隔離された立地にあって

登録された選ばれし国民にしかその門戸は開かれない


私たちとは縁のない まるで別世界のようなところだ


町の人々が言っていた噂は少し聞いたことがあった

そこでは信じられないほど豊かな暮らしができて素晴らしい場所なんだって


私じゃイメージができないので

結局全然よくわからないけど・・


ここからは遥か遠くの距離にあるのに 

そのオリジンを模した建造物の呆れるほどの大きさのせいで

この町からでも影がかかっているけど その存在がくっきりと見える



(コオオ・・オ・・)

日の落ちた空に私たちに見せつけるように 

巨大な建物から何十万もの

きらびやかなネオンのような窓の明かりの大群が光っていた


((  ))

そして時々その建物の集まりの根本の方から

窓の明かりとは別の、細かい光の群勢が一定の時間の間隔で浮き上がってきて

その光たちが一番上の塔まで到達すると光は空に向かって放出されていき

風にのってどこかへ流されていっているように見えた


それはまるで

森の真ん中で一本だけ、

突然変異を起こしたような影色の大木から散っていく光の桜の花びらが

ヒラヒラと舞っているように見えないこともなかった


「  」

その浮き上がる光の方はいつもは出ていなくて

たまにだけ上がるので珍しい

少しだけ足を止めてその光を見る



(あの光たちはどこに行くんだろうね・・)


よくわかりはしないけど

汚いだけでどこを見ても特に何も感じられないこの町の中で

その光景にはなんだかすごく大きな力を感じていた


遠くから静かに徐々に湧き上がってくる力のような


それをじっと見ていたら何かが変化するんじゃないかと思ったけど

瞼の裏にもやもやとした光の残像がうつるだけで

特に変わりはしない


そのキラキラと散っていく光に

今いる橋の下のゴミの浮いた汚い川の水面が反射で照らされて

橋の上の道を歩いていく私たちに長くて暗い影をつくっていた


・・・


今日はあがりがなくて

ろくな収入がなかった私にリコが話しかけてくる


「リズ・・大丈夫 今日はわたしも少しは勝ったから


だいぶ取られちゃったけど・・今日の分のお金はカバーできるから」


「ありがとうリコ・・だけどあそこにいたらいつか

私腐っちゃうよ・・」


「こんなとこなんか とっとと出れるようにあたしらで頑張ろう

いつか一緒にあの光の都会に行ってみようよ」



リコは遠くのあの大きなアナザスフリードの都会のビル群を指さす


「うん そうだね」


・・・・

・・・


組織の人間、

一応私たちのような下級ランクの末端の人間でも

世間に放り出された後に野垂れて死ぬことがないように

最低限の生活ができる宿泊用の組織の専用支援施設がこの町にある


「今日は少し遅くなっちゃったね」

町の外れの小高い丘のふもとにある、

使われなくなった古い寺院を組織が買い取って専用に改装した宿泊施設


宿泊だけじゃなくて

定期的に投薬などの心身の支援メンテナンスも行えるようになっている


私は投薬がいるような体調の不調とかそういうことはなかったけど

過去に被検体となった人間は体のどこかに不調をきたしやすいらしく

そういうことになっている


そこにリコと今日はいないけど同期のエレネと一緒に宿泊施設に帰る

それがここで過ごす私の今までの日常だった


・・・


「ただいま・・」

今日も施設で最低限の簡素な食事をとり

自分の部屋で就寝の準備をする 


施設の部屋はせまいけど管理番号のついた質素な個室が割り当てられている



(シュルリ、ファサア・・)

リズは外向けに全身を隠していた不自由な上着を一気に脱ぎ去って

白い肌の出たシャツ1枚の恰好になる


それまで髪を隠していた、くすんだ色の帽子も外して

脱ぎ去った上着のシャツから覗く華奢な背中に

リズの淡い桜色の髪がシュルリとたなびく


ここでの生活で素肌を晒せるのはこの部屋にいる時と

施設のシャワー室にいる時くらいだった


「・・・」

(今日は・・なんだか ちょっと疲れた・・・)


「トサ・・」

あまり柔らかくはない長年使われてボロボロのソロベッドの上で

リズは天井を向いて寝転がる

天井の蛍光灯は2本組の片方が壊れていて長細い妙な半月のように見えた


「  」・・・。

そんな半分になってすでに消えて暗くなっている天井の空に浮かんだ明かりを

しばらくじっと見ている


「(カチ・・)」

手元のスイッチで切り替えて残った電気も消す 


あとは寝るだけだ


ベッドの上で力を抜いて意識を休める


・・

しかし今日の出来事がベッドで寝転がったリズの頭の中を回り始める


・・・・

(ぐるんぐるん・・)

あのチンピラ男ボルンによる

私への悪質な嫌がらせのことが浮かんでくるかなって思ったけど・・


思ったより浮かんではこない

いや少しは浮かんできて腹が立つけど


対戦で当たった哀れなゲーマーたちを強化状態のイヴで追いかけまわして

叩きつぶして連勝を稼いだことも浮かんでくるかと思ったけど・・


あまり浮かんではこなかった

いや少しは浮かんできてスッキリしたけど


「・・・」

浮かんできたのは

直接対戦ダイナミック要求エントリーをしてきたあの顔のない案山子ようなプレイヤーのことだ


高レベルな魔人化ドラゴンロードマンを使用してきた、

あの偽者のハスラーキッド


不思議と浮かんできたのは その対戦内容のほうではない


・・・

その案山子のようなよく分からないプレイヤーの横で

密かに覗いていたような小さな悪魔の子の姿がやたらと浮かんでくる

それから

対戦了承のボタンを押した時に感じた、あの気持ちの悪い空間の雰囲気の変化


そして私が操作していたイヴが

最初の一撃で迎えうった魔人化ドラゴンロードマンに

ぶつかる直前に見えた、妙に印象に残っていたあの小さな白い光



( 結局あれは何だったんだろう )


(グルングルン・・)

その光が今リズの頭の中を回りながら駆け巡り


それがぶつかって光がはじけて 今度は頭の中で逆向きにグルグルとまわる


あの時に流れた

簡素で無機質なプレイヤーチャットの言葉



「( モウ 動キ出シテイル )」



「う 気持ち悪い・・・」

どうもひどい風邪をひいた時に悪夢を見るようなそんな感覚がする


「(ズキン・・)」

いつもの電子画面疲れの頭痛かと思ったけど

やっぱりいつもより頭が痛い


(いけない・・今日はとっとと寝よう)


リズはいつもより毛布がリズの体を全体で覆われるようにかけなおすと

その中に逃げるようにもぐりこんだ


・・・

・・・・

「   」

当然のようにまた朝はやってくる

今日は曇っていて外はあまり晴れていない 


元々ここの日当たりはそんなによくない

部屋にある格子のついた小さな窓から差し込む光は弱かった


「おええ!!」

そんな朝のさえずりが聞こえてくる

昨日の夢で私の体調が悪くなったわけじゃない

外の近くで酔っ払いの男がその辺の壁にぶっかけているだけだ やめてほしい


「なんなのよ・・」

私の頭はまだ少し痛かったけど

疲れはもう取れていたような気がする


・・

簡素な栄養バーのような朝食をとり 

今日もあの仕事部屋にむかうために朝の支度をする


でも昨日見た変な夢のせいで憂鬱な気分だ 


その気分にさらに拍車をかけるようなことを

偶然 朝に施設の廊下で会った施設員の人に告げられる

「・・・」「・・・」

「え・・?どうしてですか・・」


・・・

・・・・

「エレネ・・よくなるといいね」

「うん・・」


一緒に仕事をしていた同僚のエレネの調子がよくならないので

治療のため組織の管理で療養していたエレネの身柄は

別の施設にすでに強制移送されたというのだ


(少しは勝ってお金を作って

お見舞いにいってあげるつもりだった、のに・・)


私たちは管理されている


この環境に適応できなくなった人間は

いつの間にかこうやって姿がなくなっていくのだった


帰ってくる子もいるけど・・

帰ってこれずにどこに行ったのかも分からず消えてしまう子もいる


・・・・


それでも休むことはできない

ずっと働いても小銭しか稼げない私達では

休んだ分のノルマ負担がただただ積み上がっていく


私たちは仕事を選べる立場ではないし

いつも私たちの仕事は待ってはくれないんだ 

私たちは追い立てられるようにすぐ無理やり支度を済ませて

町外れの宿泊施設から今日もリコと共に町へ出る


・・

荒れた旧市街の町で目立つことがないように 

また帽子と地味で肌を全部隠すような服装をして小さな通りを移動する



「(また今日も始まるんだなあ・・)」


なんとか今の生活を維持していくためだけにオリジンを続ける日々が始まるんだ


(・・・)

それはいつか酷使し続けた私の体のどこかが壊れてしまうまで


でもそれは悲観的というわけでもなく

ただ漠然と受け入れていて意識のそこにある


蓄えなんてないし

住む場所すら支援施設にすがりついてやっとで生活できて

働いたらそれだけでもう私の一日は終わっている


今は若さと気合で続いている目の前の道だけは見えているけど

その先は全く見えないし

なんとなくその先の道が雁字搦めになって塞がっているのがぼんやり分かる


それが毎日繰り返しこの小汚い通りの景観をみる度に

リズの頭にそうネチネチと刷り込まれていくようだった


「はっ・・」

(いけないいけない)

私はすぐ気分がゲームのプレイに影響する

そんな心の隅の不安は振り払ってすぐにいつものように頭の中を切り替える


・・

しばらく歩いて

仕事場を経由するのにそこから町の大通りにでる


ここで合間の休憩に脳に補給するための最低限栄養と

水分を取るための飲み物などを購入してから

いつも仕事をする昨日と同じ建物の場所に向かおうとした 


・・・


(・・・)

歩いていく旧市街の大通り

この場所も例外なく荒れていて治安は悪い


だけどなんというかちゃんと表の道を堂々と通っている間は

人を監視している治安維持のカメラが表の道には付いていることもあって

そこまで危なくはない


だけど道を外れた者には容赦がないというか

この表通りはこの町ではマシなものを売っていてまともな町の人もいるけど

少し裏道に外れれば 

人の物を平気で奪ったり盗っていくこの町のならず者たちがうろついている


それは道から外れて隙のできた人間を

今か今かと付け狙っているかのよう


日頃からオリジンの対戦でも人の物を奪ったり奪われたりはしているけど

こっちは一応は勝負の上で決まるから

力で理不尽に奪われる現実よりまだ少しマシな方だ


そんなことを思っていると


((  ))

・・?


「(ゴソ・・)」

少し物音がする

汚い旧市街の大通りの沿いの横道の向こう


( あれ こんなところに道なんてあったっけ )

それは少し妙な感覚だった

いやに頭の中身がすっきりとしているような


今まで意識したこともなかった

表の大通りから忘れ去られた曲がり角、その道の先は行き止まり


「 」

そこにある無造作に放置された看板や道の標識たちは

何故か文字が読み取れない


建築途中で放棄された低層で止まったビルのような建物の

無機質でやけに大きなコンクリートブロックの壁の下に

その辺のゴミがうち捨てられてたまっているような場所



((  ))

さっき音がした気がしたそこにはゴミの山と一緒に

見慣れない小綺麗な服装なのに物乞いをしているような、

そんな小さな男の子がリズの視界の端に小さく座っている 


(・・・)

親がそこそこのオリジンプレイヤーだったけど

大勝負で負けて破滅してこんな町に落ちぶれてしまったのだろうか


そんなギャンブル衝動のままに自我を止められなくなって

転げ落ちた人たちはこの界隈には数多くいる 

珍しいことじゃない


普段通りのことだ


「・・・」

私はいつもの道だったはずの場所を素通りする時、

なぜかそんな小さな男の子のことが気になった


その無機質なコンクリート壁の行き止まりの方向をリズはちらっと見て


「(そんなところで座ってたら 

 裏に引き込まれて 身ぐるみ全部剥がされちゃうよ・・)」


ここは子供にだって容赦はない町

普段は荒れているくらいの町、だけど


この場所で弱さを見せると人は残虐になる

そしてそれは人だけじゃない


「バササ・・」

獰猛な飢えた町の黒い翼のカラスたちがもうやってきていて

その小さな男の子を今にもつつき出そうと囲みだしていた


誰からも救われない

行き止まりの先の小さな男の子は怯えたようにしていた


この町では働けなかったり弱い者は全部を奪われてしまう

リズはそれを知っていた


それはこの町では当たり前なんだ


(でも・・)


「どうしたの・・?リズ  そっちには何も  あっ・・」

隣のリコの声が聞こえる


行き止まりのその先のない道の前で歩く足を止めたリズ



ここで暮らしていれば あの小さな男の子みたいに 

いつかは私にもその行き止まりの道を進む時がやって来る

そんな気がする


「・・・、カラン」

(スッ・・)


(でも・・)

リズは近くにあった道端の小石を手で拾い上げると

それを囲んでいるカラスの方に向かって追い払うように腕を構えて

一歩だけその道に足を踏み入れる


・・

だけど


その男の子はいつの間にか無心になったように私の方を見ていて

そんな私を見て



「 君は 僕にその石を投げるつもりなの・・? 」


逆に小石でも投げかけるようにそう小さく呟いたのだった


「え・・、」

(私、そんなつもりじゃ・・)


小さな男の子から見た私の姿は

何ということもない、

この町にたくさんいるやさしくない人間たちの一人だったのだ



その時

肌にざわりとした空気を感じた


(ん・・・?)



(空気が冷たい・・)

なにかがおかしい

なんだかいやなかんじがする 

昨日忘れたと思っていたあの空間が止まるような嫌な感じを肌におぼえた



「  残念・・君たちの先は ない 終わってしまった  」



「「 異常イジョウ検知ケンチシマシタ 」」



その時 同時に聞こえたのは空からやってきたような不気味な男の低い声と

それから一瞬遅れてきた何かの別の電子音声のような響き


「え・・、なに・・?」


その刹那せつな


「(カッ・・!)」

一瞬 それはリズの視界の端、

それまでの曇り空の上の方が光ったと思ったら



「「ズ・・オオオオオ・・ン・・!」」


かなり遠くからやってきたような大きな轟音がした

黒いカラスたちは取り囲んで襲っていた小さい男の子の周りから一斉に飛び立つ


「え・・?!」

リズがその光と音がした方に振り向くと


「ゴゴゴ・・ゴ・・」ズズ・・ン・・

遥か郊外の通信都市の超高層ビル群のところから炎と何かの光が出て

煙が噴き上がっているみたいだった


私のいるこの場所からも見えるっていうことは相当爆発の規模が大きい


遠くの都市のサイレンの音も続けて聞こえてきた

何が起きたか全然わからないけど

これはこの町もすごい大騒ぎになるだろうって思っていた


「「    」」

だけど・・

ここだけ異様に静かだった


止まった様なシンとした空気

この今、私がいる大通りで歩いていた町の人たちの

爆発に対する反応はまるでなかった


それどころか町の人たちは

不自然にその動きをピタリと止めているみたいだった


(え・・?)



そんな中で一人だけ光を纏ってユラユラしている影があった

(ズ・・)

そこだけ空間が浮いているような


・・

それは、さっきの物乞いの男の子の姿だった


「  」

だけどさっきのまでの怯えた様子が一切消え失せていて

弱々しさとはかけ離れたまるで違う異質な雰囲気


(ズズズ・・)

男の子はとてもゆっくりとこちらの方を 

リズの方を向いていた



「・・・!」

息をのむ 

リズが見た、その物乞いの男の子には・・



「   」

顔が無くなっていた


(ズ・・)

目も鼻も口もついてない、のっぺらで人形のような顔のない男の子

それはまるで顔から情報が抜け落ちているような



濡れた布を被せたようなサイレンの音だけが鳴り響いている


また何かが起こる予感がする


というより

それはもう始まっていて


すでにリズに見えない世界で

リズの存在を巻き込むように大きな何かの力の渦が溢れ出して

徐々に動き出していた

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