第0話 むかし、むかし
むかし、むかしの出来事です。
『魔女』が居ました。
『魔女』は魔法が使えました。
『魔女』は一人ぼっちです。
魔女にとってみれば、一人ぼっちでも困ることはありません。
喉が渇けば、魔法を使えばいいのです。
お腹がすけば、魔法を使えばいいのです。
寝る場所が欲しかったら、それまた魔法。
でも、魔女は、とても、とても、とても、言葉にできない感情にかき乱されていました。
甘いお菓子を魔法で生み出しました。
綺麗なおうちを魔法で作り上げました。
豪華な衣装と、素敵な装身具まで、魔法は生み出します。
でも、魔女は、ずっと、満たされません。
だから、魔女は空に浮かんでいた太陽にたずねてみました。
「私は、なぜ、苦しいのだろうか」
太陽は答えます。
「貴女は満たされているではないか。何に苦しむことがあるのか」
魔女は頷きます。
「そうだ、私は満たされている。幸せなはずだ。なのに、幸せを感じられないのだ」
太陽は魔女の答えに呆れて呟きます。
「なんと傲慢な魔女だ。全てを持っている。なのに、まだ、足りないというのか?」
その言葉で、魔女は小さく疑問を抱きます。
「太陽よ、私は、全てを持っているのか?」
太陽はもはや、答えませんでした。
お天道様の見る限りで、魔女こそが一番に富めるものです。
でも、魔女は分からないのです。
「太陽よ、答えよ。私は、全てを持っているのか?」
答えを得ようと、魔女は箒にまたがり、飛び上がります。
ぐんぐんと迫っていく魔女です。
でも、関わることを厭い、ついに太陽は隠れてしまいました。
ぽつん、と孤影が浮かぶ頃のことです。
太陽を探して飛び続ける魔女は、そこで、柔らかい月の灯に気が付きます。
「もう遅い。なぜ、こんな時間まで飛ぶのですか」
不思議そうな月の問いかけに、魔女は答えます。
「答えを持つ者を探している」
胸に巣くう苦しみ。
鈍い痛み、でも、終わりのない痛み。
無自覚なそれは、でも、魔女を苛むのです。
だから、魔女は真剣でした。
「太陽を見つけて、答えさせたい」
「でも、もう、暗い。そして、貴女を導こうにも、私は、太陽ほどに地面を照らすことはできません」
そうか、と魔女は月の答えに苦笑します。
「ありがとう。でも、その気持ちだけでうれしい」
「お役に立てましたか?」
うん、と魔女は小さく頷きます。
そして、はて? と魔女は首をかしげていました。
「どうされたのですか?」
「貴方は、私に、何を?」
「私が、何を貴女に? すみませんが、私は、お力になれません」
「どうして、そう思う? 貴方が申し訳なくおもう理由などないはず」
「……そんな悲しそうな顔で、泣き顔で言わないでください」
はて、と魔女はますます首をかしげます。
「……悲しそう?」
「ええ」
不器用な魔女と、やさしい月が、ゆっくり、ゆっくりと歩み寄っていく始まりでした。
魔女は、孤独の毒を知ります。
月は、柔らかな導きの灯であることを自覚します。
魔女と月は、だから、お互いを必要とすることを知ります。
そうして、魔女は、『私』から『私たち』となりました。
優しい月あかりの導きの下、『私たち』はやがて、『私たち』となります。
『私たち』が『私たち』となり、共に箒を並べ、お茶とクッキーを浮かべて、月光の元に人生を謳歌します。
今日も、また、一人の『私たち』が『私たち』に加わります。
『私たち』は、『私たち』として永遠です。
だからこそ、『私たち』は月明かりの下で語らいます。
星明りを友とし、月桂冠を贈り合います。
友とする星の数は限られていて。
讃える月桂冠は無限ではなくても。
月と『私たち』であれば、何を恐れましょうか。
例え、世界が変わろうとも。
世界が荒れようとも。
或いは、世界が焼かれようとも。
今日、箒仲間が一人、また一人と『私たち』から隠れ、『私たち』の『私たち』だった『私たち』と化したとしても。
『私たち』は、『私たち』の『私たち』なのですから。
孤独の毒を知らなかった魔女は、無敵でした。
無敵ならざる魔女は、『私たち』として溶けてしまう定めがあります。
でも、私たちは紅茶と共に笑い飛ばします。
例え、明日、世界が終わるとしても。
『私たち』は、『私たち』なのですから。
太陽のもとで、たとえ、なんと断じられようとも。
一人の魔女は、『私たち』であり、『私たち』である限りにおいて、魔女は一人ぼっちではありえません。
月よ、ご笑覧あれ。
我らが笑みは絶えじ。
解けた箒を月桂冠に被る『私たち』は、世界に何一つ憚ることはなし!
これが、昔々の出来事です。
今では、魔女と、月と、星だけが知っている、魔女の秘密。
さて、お茶の準備は?
スコーンはありますか?
固焼きのビスケットもお忘れなく。
お茶の時間ですからね。
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