才城迷子のカタルシス☆帳 ~シスタークリムゾンの墓標~

水原蔵人

↓プロローグ したいと、ひがんばな。

 真っ赤な花が揺れていた。

 丘の向こうまで続く、真っ赤な花が。

 わたしたちはその花が咲き乱れる墓地で、遠くの空を見上げていた。

 紫と茜色に染まるその空を。

『マーちゃん』の手を握ってながめていた。

 ひぐらしの鳴き声が徐々に消えていく中。

 やがて星が瞬きはじめる。


「……そろそろお別れだね」

「うん、だけどへいきだよ『クーちゃん』。きっと願いは叶うから」

「ほんとに?」

「大丈夫だよ。だってみんなあそこで見てるから」


 そう言ってマーちゃんは瞬く星を指差す。

 するとスーっと星が流れた。

 空が流した涙みたいだった。

 きっとわたしの代わりに空が泣いてくれたんだと思った。


「じゃあ、いこっか」


 マーちゃんはわたしの小さな手を握り、そっと立ち上がる。

 微笑みと共に交わした指切りを最後に、二人は別れた。

 ここからお互いの人生がはじまる。

 今まで一緒だったのに、これからどうなっちゃうんだろう?


 不安に押し潰されそうな毎日を経て、あっという間に数年が過ぎた――



       ☆       ☆       ☆



 離れ離れになっても、わたしたちは連絡を取り合っていた。

 相変わらずマーちゃんはわたしのことをクーちゃんと呼んだ。

 まったく……いつまで子供あつかいしてるの?

 まぁ、それがうれしかったんだけど。


 そんな二人の関係は、あまり周囲に知られることもなかった。

 特に言う必要もなかったから。

 たまに会うときも密会するみたいな会い方をした。

 隠れる必要もないのに、まるであの墓地でかくれんぼしてるみたいに。

 それがなんだか懐かしくてワクワクした。


 ある日、マーちゃんは大切な人を紹介してくれると言った。

 あの墓地で待ってるからと言い残し、その日は解散になった。

 マーちゃんの頬は少し赤かった。

 ふふふ、なんだかわたしまで照れ臭い。

 会う日が楽しみだった。

 どんな服を着ていこうか鏡の前で迷ったりして。

 そんなことをしていたら当日がやってきた。

 ……と、同時に。

 知らない番号から電話があった。


 誰だろう?


 なぜかこのとき、イヤな予感がした。

 なんだろう。

 身体が電話を拒否する。

 携帯を持つ手が震える。


「……もしもし?」


 電話の向こうで聴こえたのは、知らない人の声だった。

 怯えるように耳を傾ける。

 伝えられた言葉は一つだった。


 マーちゃんは死にました。


 そんな内容だった。

 わたしは信じられなくて、彼女のもとに向かう。

 数時間後に警察署に到着した。

 案内された部屋には、マーちゃんがいた。

 静かに目を閉じて、横になっている。

 おだやかに眠っているようだった。


「…………」


 話によると崖の下に転落していたらしい。

 警察は事故と言うが、わたしの見解は違う。

 

 殺された。

 そう思った。


 あの場所を熟知していたマーちゃんが、足を滑らせるはずがない。

 確信があった。

 犯人はいる。

 ぜったいに。


「…………」


 許せない。

 腹の底から湧き上がる憎悪が、心をあかく染め上げる。

 その日からわたしは、独自に捜査をはじめた。

 来る日も来る日も。

 あっという間に時間が過ぎた。


 ――それから数年後。

 ついにわたしは犯人を見つけた。


「や、やや、やめてくれ……ッ!!」


 犯人はなさけない声を上げる。

 わたしの目の前で、命乞いをしている。


 ――ああ。

 なんてすばらしいことだ。

 マーちゃんを奪った人に、思う存分、苦痛をあたえることができる。


「す、すべて話す! だからこれ以上なにも……うがガガああぁぁァァァァっ……ッ!!」


 犯人は過去の罪を告白したあと、言葉にならない苦痛を叫びながら死んでいった。

 それでもわたしの手は止まらない。

 犯人の頭蓋があらわになっても、わたしは目を見開いたままで手を振り下ろしていた。


「…………あは」


 気づいたら終わっていた。

 あっさり動かなくなった犯人は、人間とは思えない表情で固まっていた。


 ――静かだった。


 しばらくして自分の呼吸と、風の音に気づく。


「…………」


 わたしは空を見上げる。

 あの日の頃を思い出した。

 マーちゃんと手を繋いだ、あの日のことを。

 どこまでも続く真っ赤な空。

 別れを告げるひぐらしの声。

 今、目の前に飛び散ったあざやかな鮮血が、わたしの記憶を想起させた。


 ああ、なつかしい。

 なんだかあれによく似ている。

 そう、それはまるで。


 風に揺れる、彼岸花ひがんばなのようだった――

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