第九章 順調な大学生活

第33話 教授からの誘い

 いよいよ正式に復学するべく、新井とまずは事務局へと顔を出す。


「すみません。復学を申請したいのですが、復学届はどちらで頂いたらよろしいのでしょうか」

「はい、復学ですね。失礼ですけどお名前は」

「吉田といいます。吉田一哉です」

「ああはいはい。吉田さんですね。話は伺っております。教授会に報告しなければなりませんので、この復学届に記入したら、少しお待ちいただけますか? 診断書をお持ちならそちらも合わせてご提出願います」

「かしこまりました」


「じゃあ一哉、あそこに座って書こうか。皆に迷惑がかかるから」

 新井に促され、着席してから復学届に記入していく。けっこう書く項目があるな。



 これでひととおりは書けたかな。受付に復学届と診断書を提出して、しばらく椅子に座って待つことにした。

 講義のレポートはすべて持ってきてあるはずだよな。カバンの中からノートの束を出して確認する。


「これで全部だよな?」

「うん、私たちが受講しているのはこれで全部ね」

 すると事務局の人が近寄ってきた。


「教授会の方と話してまいりました。今日から講義に復帰してよいそうです。お持ちいただいたレポートはこちらで預かりますので、ご提出くださいませ」

「えっと、これと、これと、これと、……。はい、これですべてです」

「あ、はい。今受講しているのはこちらだけですね。かなり多いんですね。これまでしっかり勉強してきたということでしょうか」


「いえ、ただなるべく早く卒業単位は取得しておきたかっただけですね」

「動機はどうあれ、学生が学業に励むのは当たり前ですからね。最近は適当に学んで、適当に遊ぶ子が多いことを考えればじゅうぶん立派だと思いますよ」

「ありがとうございます」

「それではレポートはこちらから教授会を通じて配っておきますので、好きな講義から復帰してかまいませんよ。以後も勉学に励んでくださいね」



「ふう、なんとか復学できたな。キャンパスに来るのも久しぶりだし」

「どうする? サークル活動も始めてみる?」

「いや、そんなお金はないからね。受講してバイトへ行く日々で当面は終わりそうだよ」


「今度は倒れないように注意しないと。危ないことには近寄らないようにしてね」

 危ないことに近づくつもりはない。脳震盪の後遺症が完全に収まったのか、様子を見ないことには因果関係の説明もつかないからな。

「じゃあすぐ始まるコマから出席しようか」



 新井に付き従って講義室へと入っていく。なにか皆からの目線が気になるんだけど…‥。

「吉田くんの噂はけっこう尾ひれがついて広まっていてね」

 一度死んだだとか自力で治しただとか。確かに噂には尾ひれがつくものだ。

 病院を逃亡したという話も出ていたが、こちらはそのとおりだから仕方がない。そんな周りの噂を聞いているときに教授が現れて場が静まった。


「えー。本日は講義へ入る前にお伝えしたいことがあります。皆さんも噂でお聞きかもしれませんが、当講義を受けていた吉田くんが、事故から復帰することになりました。脳震盪を起こしていたとのことですので、あまり激しい運動や飲酒などには誘わないように」

 室内が笑いに包まれる。


「それと、これがなにかわかりますか?」

 教授が一冊のノートを手にしていた。

「これは吉田くんが休学中にもかかわらず、私の講義をまとめたレポートです。どんなに厳しい状況にあっても、これをまとめあげて勉学への意欲を保ち続けた姿勢は高く評価できます。もちろん事故に遭わないに越したことはありませんが、休学中でもしっかりと勉学に勤しめる人はそういません。できれば皆さんもこの姿勢を見習うように。それでは講義を始めます」



「それでは本日の講義は終わりとします」

 立ち去ろうとしていた教授をつかまえた。

「吉田くん、今日の講義はどうでしたか?」

「はい、たいへん興味深いお話でした。やはりレポートなどという味気ないものよりも、対面での講義のほうが何倍も頭に入ってきますね」

「君は脳震盪を起こしたのだから、あまり頭に入りすぎるのもどうかと思うが」

 ホホホと笑いながら軽いジョークを飛ばしてくる。やはりこの教授は面白い。


「大学生の本分は講義を受けることにあると思っています」

「でも、病院から抜け出してアルバイトに行ったとか聞きましたけど?」

「そのお話まで聞いておいででしたか。お恥ずかしいかぎりです。まあ若気の至りだと思っていただけたら」


「うんうん、まあ君の場合アルバイトで稼いだ資金でうちに通っているんだから、勉学のために身を削った姿勢は高く評価できるよ。教授会でも、このレポートの質を高く評価している人が多いからね」

「それに関しては、こちらの新井さんが講義を的確にまとめてくれていたからです」

「ほう、新井さん、君のノートを見せてもらえるかな」

 新井はバッグからノートを取り出して、教授に手渡した。


「かなり綺麗に使っていますね。ふむふむ。ですが吉田くんのレポートとは違いがあるようですが?」

「あ、はい。私はこのノートを貸しただけです。これをもとに吉田くんが資料を集めてレポートを書いていましたので。私のノートの丸写しではありません」

「であれば、やはり惜しい存在ですね。以前はプリンターで打ち出した味気ないレポートでしたが、今ここにあるレポートはじゅゔふん考察ができています。これを卒業論文にしてもいいくらいですよ」

「ありがとうございます」

「よかったね、吉田くん」


「君は卒業後にどうするか、身の振り方は考えてあるのかね」

「今はまだ……。事故で体調も万全とはいえませんし。もう少し状態を観察して、どこまでのことができるのか。確認してみたいと思っています」

「ふむふむ。それじゃあ提案なんだが、うちのゼミに入ってみないかい?」

「そうですね。アルバイトとの両立が可能で、参加費用がないか格安というのであれば検討したいと思います」


「まあそんなに難しく考えず、サークル活動のひとつだと思ってくれればいいよ」

「私だけでは不安なので、新井さんも一緒に入るというのは可能でしょうか?」

「かまいませんよ。ノートを見ればどのくらい理解しているかがわかりますからね」

「吉田くん、どうしようか」

「即答は避けたいと思います。まだ脳震盪の後遺症がありそうなので、判断力に今ひとつ自信がなくて」


「ああ、それもかまいませんよ。他の教授からもゼミの誘いがあるだろうし。君がどの教科へ進むのかも関心があるからね」

「ありがとうございます。近いうちにご返答できるよう、考えておきますね」


「よいよい。他ならぬ君自身の進路だからね。じゅうぶん考えるといい」

「それでは本日はありがとうございました」


「じゃあ元気でな」

 教授が立ち去る姿を見送って、俺たちも講義室を後にした。



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