第31話 賑やかな帰宅

 皆を連れて自分の部屋へ帰ってきた。

「さてと、あまり大きくない部屋なので、皆にあがってもらうのも難しいかな」

「吉田くん、なにか忘れてない?」


「いや、ここが俺の契約している部屋だよな。間違っていないはずだし、とくに忘れていることはないと思うけど……」

 新井は財布からなにかを取り出した。

「はい、これ」

 手を見ると、そこに鍵があった。


「あ、忘れてた。鍵を渡していたんだったな」

「やっぱりもう少し入院していたほうがいいかも」

「それは勘弁してくれ。もうあの退屈な時間は過ごしたくない」

 ふたりで笑いながら、鍵を受け取ってドアを開いた。

 中は綺麗に片づいている。おそらく新井が掃除してくれていたんだろうな。


「それじゃあ皆さん中に荷物を置いていってください。お茶は出せないんですけど」

「私と松山くんはかまわないわ。そこまで迷惑はかけられないし」

「君は僕たちが持ってきた荷物をどこに置けばいいのか指示してくれればいいよ。せっかく持ち帰ったのに、どこになにが置いてあるのかわからなかったら意味がないしね」


 それもそうか。ただでさえ記憶があやふやなのだから、誰がどこかに置いたんだっけなあ程度の認識では後で苦労しそうだ。


「わかりました。それじゃあ母さんの持っている着替えはそこのタンスの前に置いておいて。新井が持っているノートパソコンと薬は机の上に置いておくだけでいいから。電源アダプターはあとで自分が刺しておくよ」

「わかった。お母さん、着替えはこのタンスの前でいいそうです」

「はいはい、わかりましたよ」


「山本さんと松山さんにお持ちいただいた差し入れや備品は、キッチンにある冷蔵庫の横に積み上げておいてください。後で仕分けしておきますので」

「うん、わかった。監督、あちらです」

 これで皆に持ってきてもらったものはすべて置けたな。あとは管理人と住居費の支払い交渉をしたり、バイト先で松山さんと店長やオーナーに謝罪したりしておかなければならない。


「差し入れで食べられるものは今のうちに調理しておきましょうか。山本さん手伝ってくださる?」

「はい、やります」


 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。

「私が出るね」

 新井がドアを開けると、そこに小田が立っていた。

「あれ? 小田さんどうしたんですか?」


「退院祝いをと思って。はいこれ、ショートケーキよ」

「どこからこの場所を聞いてきたんですか?」

「昨日私が電話で教えたのよ」

 母さんか。まあ俺の退院が嬉しかったようだし、高校時代の友人ということで知らせておいたのか。


「逆に、あなたはなんでここにいるのかしら?」

「同じ高校に通って、同じ大学で学び、同じサークルに入っていましたから」

「なにか特別な関係なのかしら?」

 ちょっと不穏な空気だな。


「そうだな。いちばん近くて、いちばん仲の良い親友ってところだな」

「男女関係に“親友”はないんじゃなくて?」

「いえ、親友はあると思いますよ。アメリカじゃあどんな人種でも性別でも年齢でも、同じことに携わっていれば親友になれるんだ」


「こちらは?」

「あ、名乗っていませんね。吉田くんと同じ鷲田大学に通っている松山です」

「ご丁寧にどうも。吉田くんと同じ高校に通っていました小田と申します」

 それにしてもなにしに来たんだろうか。まさかショートケーキの差し入れのためだけに来たわけじゃないだろうし。

「これを預かってまいりましたの」

 バッグから千羽鶴と平たい紙包みを取り出した。


「これは?」

「開けてみればわかりますわ」

 新井から包みを受け取って、開封していく。出てきたのは色紙だった。

「高校の同級生に寄せ書きをしていただきました」

「私のところには来なかったけど」

「いつもそばにいるのですから、その必要はないかと。あと連絡がとれた方にだけ書いていただきました」


「あら、万里恵さん、お久しぶりね」

 キッチンから出てきた山本さんが近づいてきた。

「山本先輩、お久しぶりです」

 そういえばこのふたり、関係があったんだった。でも山本さんはこの部屋の場所は知らないはずだから、やはり母さんが知らせたってことだよな。


 もらった千羽鶴と寄せ書きはノートパソコンの隣に置いて、すぐ戻ってきた。

「よろしかったら中へ入りますか?」

 中をぐるっと見渡している。

「いえ、今日は人が多いようですし、ここで失礼致します。必要なものはきちんと渡しましたから」

「ご足労いただきありがとうございました」

 新井は丁寧に挨拶した。


「それでは山本先輩、お先に失礼致します」

「万里恵さんも気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

 小田さんはそのまま帰っていった。俺の見舞いというよりも、山本さんに会いに来たのかな。


「山本さん、小田さんとお知り合いだったんですか?」

「ええ、中学時代の一年と二年よ。卒業してからも何度かお会いして話しているわね」

「親友だったんだ」


 まあ彼女の家は顔が広いから、ある程度格式のある家庭とは家族ぐるみの付き合いがあっても不思議はないんだけどな。

 ということは山本さんもそれなりの家庭育ちってことか。だから「仕送りしてもらいなさい」なんて言葉が口をつくのだろう。


 台所から母さんがやってきた。

「一哉も案外モテるのね。あんなお嬢さんまで気にかけてくれているなんて」

「彼女はただの同級生代表だよ。たしか同窓会役員じゃなかったかな」

「よく知っているのね、吉田くん」

「つい最近会ったばかりだからね。そのときに自分のことをそう呼んでいたよ」

「ふーん……」

「山本さんと関係があったとは知らなかったけどね」

 そうなんだ、と言って着替えの整理に戻っていった。


 しかし、これほど立って歩いていても、視界が歪まないし、気持ち悪くならない。どうやら本当に寛解できたようだ。これならアルバイトにも復帰できるだろうな。


「松山さん、ここの整理がついたらバイト先へ一緒に行ってくれませんか。俺の仕事復帰も検討したいので」

「退院したばかりであまり無理はしないこと。当面は僕がなんとか回しているから心配しないで」


「いえ、リハビリも兼ねて働き始める時期の相談もありますし。まあ当面はレポートの作成に時間がとられると思いますけど。それがひと段落ついたときに、アルバイトも再開したいので」

「わかった。それじゃあこの後で一緒に行こうか」



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