第三十六話 ダンピール伝説

 コナーは私生児だった。

 父親不在で生まれた子供の中でもとくに、魔性とのあいだに生まれた子供たちは、忌み嫌われ虐待されるのが常だ。そんな時代において、コナーだけは例外だった。


 母親と引き離された彼は、村の人々に丁重に扱われ、特別な待遇を受けて育てられる。理由はひとつ。コナーが人間と吸血鬼のあいだにもうけられた子供——すなわちダンピールになりうる可能性をもっているからだ。


 吸血鬼に悩まされていた村人たちは、戦いの技術を伝えながら、コナーが覚醒するのを今か今かと待ち続けていた。

 村人たちは知っていた。父親が吸血鬼でも、覚醒する者としない者がいるということを。


 吸血鬼を父に持つ子供が多くいても、ダンピールになる者の数はほんのわずかだった。そのちがいがどこにあるのかは、だれも知らない。期待を裏切られるかもしれないという思いの中で、人々はそれらの子供たちを育てる。


 本来なら邪険に扱われてもしかたのない立場のコナーも、潜在能力を秘めているかもしれないというだけで特別に扱われてきた。だがタイムリミットの十八歳を迎えようとするのに、一向にその徴候が見られない。覚醒しない者のひとりだったかと、村人たちがコナーをあきらめかけたときのことだった。


 誕生日が数日後にせまったある日、コナーは突如ダンピールとなる。犠牲者は彼をずっと世話してきた少女で、コナーが信頼を寄せていた数少ない人物だった。

 少女の死を悲しむ一方で、人々は新しいダンピールの誕生を喜んだ。


 そのころ近隣の村では多くの吸血鬼が出現し、人々を毒牙にかけていた。犠牲者は次の犠牲者を生み、小さな村はたちまち吸血鬼の村と化する。コナーはダンピールの腕を買われ、あちこちの村に呼ばれた。

 優秀なハンターは一夜で確実に吸血鬼を退治する。その時点でコナーはヒーローだった。人々は彼を常に歓迎する。


 だがそれは表向きの顔にすぎない。人々は影で青年を忌み嫌っていた。

 それはコナーが吸血鬼の血を引いていたからだ。


 ダンピールも普段は普通の人間と変わらない。だがときとして彼らは人間の血を求め、人々を犠牲にする。その姿は吸血鬼そのものだ。

 コナーは自分の忌わしい血を呪い、いつしか吸血鬼退治のないときは、人前に姿を見せなくなった。

 それは自分によくしてくれる仲間たちを毒牙にかけないために、彼の取れる唯一の手段だった。



   *   *   *



 母の世界を守るために父の世界を破壊し続ける。そしてどちらからも受け入れられない。

 ダンピールたちは、昼と夜の狭間にわずかに存在する、トワイライトの住人だ。

 記録に残されたコナーという青年が、聖夜の姿と重なる。


「彼はその後どうなったのですか?」

「ダンピールといえど、無敵ではなかったようです。ある村に出現した吸血鬼を倒しに行ったまま、二度と帰らなかった。記録はそこで終わっています」

「では、コナーは吸血鬼に殺されたと?」


「わかりません。しかしその日を境に、村に吸血鬼は現れなかったそうです」

「相打ちになったのでしょうね」

 暖炉の火をじっと見つめて、月島はつぶやく。神父はなにも答えずに、ページをめくった。


「この顔に見覚えはありませんか?」


 神父の指した肖像画に、月島は我が目を疑った。

 端正な顔立ちをした青年だった。澄んだ瞳と通った鼻筋。唇はくっきりとしていて意志の強さを表し、シャープなあごとやや狭い肩幅が線の細い印象を伝える。

 肖像画のコナーは目を伏せ、唇に小さな笑みを浮かべている。だがどんなに微笑んだところで、瞳に秘められた悲しみの色は消せなかったようだ。


「これは——?」

 そこに描かれた顔は、月島が知っている人物にとてもよく似ていた。いや、本人といってもさしつかえない。


「聖夜……?」

「月島さんにもそう見えますか。しかしこれは聖夜くんではない。記録のダンピール、コナーの肖像画です」

「これはいったい、どういうことなんですか?」

「さきほど月島さんは、彼が吸血鬼と相打ちになったのかと尋ねましたね。実はわたしもそう思っていたのです。聖夜くんを見るまでは」


 神父は記録書を閉じた。

「こうは考えられませんか。ダンピールの青年は、最期の戦いでブラッディ・マスターになってしまった、と」

「そして今の時代まで生き続け、流香と出会った。そういうことでしょうか」

 流香が愛したのはこの青年だったのか。聖夜と同じ顔をしたコナーこそが、実の父親なのか。


「ダンピールであったがゆえに、戦いに敗れた青年はブラッディ・マスターとなったのでしょう。それまで破壊し続けた世界に入ってしまった彼の気持ちを考えると、不憫でなりません」


 ダンピールであるがゆえに。

 月島の心に暗雲が広がる。ダンピールの聖夜は、吸血鬼を倒す能力を持っている。だが同時にそれは、大きな危険を伴う。

「聖夜が危ない。一歩まちがえば、あの子はブラッディ・マスターになってしまう」

 月島は、今にも部屋を飛び出さんがばかりの勢いで立ち上がった。


「およしなさい。月島さんが行ったところで、なにができるというのですか。聖夜くんを手助けするどころか、足手まといになるだけです」

 出ていこうとする月島を、神父が激しい口調でたしなめる。だが月島は聞く耳を持たない。


「行かせてください。わたしは聖夜を守る。絶対に吸血鬼にはさせない。ブラッディ・マスターにならせない。それは流香の望みでもあるのです。ここでじっと帰りを待つだけなんてできません。したくはないのです」

「月島さんっ」

 背後で神父が声を荒げた。


 彼の言うことの正しさは理解できる。だがそれでも行かねばならないときがある。勝ち目のない戦いとわかっていても、挑まねばならないときがある。

 そう、今がそのときだ。


 月島は神父の制止をふり切って、教会を飛び出した。

 静かに雪が舞い降りて、月島にも落ちてくる。雪まみれになった自分を、流香が「まるで雪だるまね」といって笑ったことがあった。

 あれは遠い昔、聖夜が生まれた夜のことだ。


 あの日、流香と聖夜の幸せを守ることを心に誓った。

 破られた誓い。あたえてやることのできなかった、穏やかな日々の暮らし。だがわずかでも希望が残っているのなら、その可能性にかける。


 輝ける未来のために、月島は聖夜のあとを追いかけた。

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