05.初夜

 高校三年になり、ジアードが十八歳になった本日、二人は結婚式を挙げた。

 ロレッタはジアードの屋敷に移り住み、そこから学校に通う予定だ。


 スカルキ家で過ごすのに不自由がないようにと、マリアという十六歳になったばかりの女の子を侍女としてつけてくれた。年が近い方が話しやすいだろうという、スカルキ当主の計らいだ。

 侍女というのは普通、下位貴族から選ばれるものだが、彼女はなんのゆかりもない孤児だったらしい。

 スカルキ家は孤児院への貢献度が高く、この家で雇っているほとんどは孤児院出身なのだという。その中でもマリアは、十歳の頃からこの家に引き取られて学校に通いながら侍女としての教養を身につけているらしい。


「若奥様、マリアと申します。御用命がありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」


 若奥様と呼ばれたロレッタは、初めていわれた言葉にどきどきとする。


「わわわ、私もよろしく、お願いしますね、マリアさん」

「若奥様、マリアでよろしゅうございますわ。お言葉も、私のような者にお気を使わないでくださいませ」


 すらりすらりと流暢に話す彼女は、聖母のように優しく美しい。

 その彼女のオーラに安心したロレッタは、肩の力を抜くことができた。


「わかったわ、マリア。これから末永くよろしくね」


 ロレッタがにっこりと微笑んで見せると、マリアはスススとジアードの方にすり寄ってニマリと笑った。


「若旦那様、よき方を娶られましたね」

「若旦那はよしてくれるか、マリア……いつもの通りに頼むよ」

「うふふ、それでは今まで通りにジアード様とお呼びしますわ」

「そうしてくれ」


 ジアードは苦笑いしながら、ポンポンとマリアの頭を叩いた。

 マリアは嬉しそうに笑ったあと、「それでは」と部屋を出て行く。


 ここは、夫婦二人の部屋……つまりは寝室だ。

 今日は忙しい結婚式が終わり、ようやく家に帰ってきたところである。

 外はすでに暗い夜。つまり、これからが初夜だ。

 軽く湯浴みをすませると、簡素かつ官能的な下着の上にローブを羽織る。こんな格好でジアードの前にいるのは恥ずかしいが、これが妻のつとめだと母親に教えられていた。

 といっても、『殿方に任せておけ』だの『はしたない声をあげてはならない』だの『殿方の望むことをしろ』だの、まったく具体的でない指示しかしてくれなかった。そのためロレッタはこっそりとイデアに全て聞き、なにをするのかを詳しく知っていた。


 本家のこの行為は、義務だ。

 後継をつくるための。


 だから、きっとジアードは自分を抱くだろうとわかっていた。たとえロレッタに、愛情を感じていなくても。

 妻を抱いて子を成すのは、次期当主としての役目だからだ。


 ジアードの手がロレッタの顔に触れる。

 心臓が耳で鳴っているのかと思うくらい大きな鼓動は、ジアードにも伝わってしまっているだろうか。

 ジアードの唇が、目元からゆっくりと唇に降りてきて、ロレッタはそれを受け入れた。


「ん……」

「ロレッタ、ベッドに……」


 そういわれると同時に、ロレッタの足が浮いた。

 いつかのように軽々と抱かれて、ベッドの上に優しく転がされる。

 その拍子に足元も胸元も肌けてしまい、かっと熱くなって急いで隠した。


「ロレッタ」

「ごめ、なさ……つい……」


 緊張する。恥ずかしさで死にそうになる。

 ジアードは、違うのだろうか。これからすることに、なんの感情も抱いていないのだろうか。


「嫌なら、今日はやめておくよ。これからいくらでも機会はある」


 微笑んで髪を撫でてくれるジアード。

 これは優しさなのか、本当は抱きたくなどないだけなのか。


 嫌だといえたなら良かった。

 愛されずに抱かれるのは、嫌なのだと。


 ベルルーティの力によって結婚してしまったロレッタに、そんなことを言えるはずもない。


「ジアード……私のこと、愛してくれてる?」


 今日、ジアードは誓ってくれた。

 教会で、イリス像の前で、『一生愛していく』と。


「……愛しているよ」


 神への誓いは、ジアードにとって重い枷としかならなかっただろう。

 彼にとっての『愛している』は、一生突き通さなければいけない嘘でしかないのだ。


 ロレッタが問うたびに、ジアードはこうして優しい嘘をつき続けてくれるに違いない。

 その下手くそな演技で、愛していると言い続けてくれるのだ。なんという残酷な話だろうか。

 ロレッタにとっても、ジアードにとっても。


「なら……抱いて、ジアード」


 抱きたくなくとも、ジアードがその嘘をつく限り……夫婦でいる限り、いとなみは義務なのだ。

 そのための結婚といっても過言ではないのだから。


 ロレッタの決意を聞いたジアードもまた決意してくれたようで。ゆっくりとロレッタを慈しむように全身に優しさを与えてくれる。そしてその鍛え抜かれた体を動かし始めた。

 愛されない行為など虚しいと思っていたロレッタは、愛しいジアードを受け入れ続ける。そしていつの間にか、高みへと連れられてしまっていた。

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