メイドのメイディーナ【ちくま800字文学賞応募作品】

日笠山 水夫

メイドのメイディーナ

 私はメイドです。

 型落ち在庫処分で売り出されているところを旦那様に拾われ、メイディーナという名をもらったその時から、ここ秋月あきづき邸を任されています。

 深夜、私は旦那様の書斎を訪れていました。

 私たちメイドは睡眠を必要とせず、昼夜問わず仕事をするものなのですが、それを嫌った旦那様から、零時から日の出までは書斎で本を読むようにと仰せつかっているためです。

 今日も仕方なく、適当な本を手に取ります。

 そうして朝を迎えると、出かける準備をします。

 旦那様は仕事で不在ですが、いつ戻られても良いように食事の準備は怠れません。

 松の並木道を進み、すれ違う飛脚の方と挨拶を交わし、朝市へと向かいました。


 市では、皆様が「おはよう、メイちゃん。今日は〇〇が安いよ」といった具合に声を掛けてくださいます。

 肉をメインにと肉屋の前で吟味していると、肉屋の亭主に問われます。

「その…なんだ…これからどうするつもりなんだい?」

「牛すね肉をじっくり煮込んでシチューにしようかと」

「そ、そうか…」

「はい、旦那様の好物なんです」

 亭主が困ったような顔を浮かべていると、隣の八百屋のおば様が神妙な面持ちで歩み寄ってきました。

「ゆっくり考えるといいさ。邸はお前さんにと残したようだしね」

「…はい」

 おば様の言葉が理解できずにいましたが、帰路に就くことにしました。

 旦那様がお腹を空かせて待っているかもしれません。


 秋月邸に帰ると、旦那様の代わりに一通の封筒が届いていました。

 中を見て、全て合点がいきました。


 旦那様の死亡通知が届いてから98年と7ヵ月余り、私は未だに旦那様が秋月邸を残された意図が分からずに、その形を残すことにこだわっていました。

 そんな時、邸の前で倒れている酷く痩せた少年を保護しました。

 シチューを美味しそうに頬張る少年を眺めていると、私の頬を一粒の雫が伝いました。

 それは私にはないもののはずですが、溢れて止まりませんでした。

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