幽霊が家電をおすすめしてくる

ちびまるフォイ

家電幽霊

ガタガタ。


誰もいないはずの部屋に物音が聞こえた。


時刻は深夜2時。


クローゼットの奥から聞こえたその音を確かめるのが怖い。

このまま布団をかぶって、明日になれば気のせいだったと忘れたい。


ーードンッ。


ふたたび音。


どんなごまかしも通じないほどはっきり聞こえた。

恐る恐る顔を向けると、閉じたはずのクローゼットの戸が薄く開いている……。


わずかに空いた隙間からは……。


真っ赤な目をした女が、クローゼットの奥からこちらをずっと見ていた。


目が合うや、一気に顔を近づけてニタリと笑った。



『プラズマ加湿器が今オススメよ……』


そして幽霊は最新家電を勧めた。



「……え?」


『〇〇社のプラズマ加湿器が今はオススメよ……。

 春から夏にかけてのこの時期は花粉症で窓を開けないから

 実は部屋の中は乾燥しているの。だから加湿器をーー』


「いやいやいや! なんで家電おすすめしてくるの!?

 こういうときってだいたい怖がらせるんじゃないの!?」


『怖がらせても私にメリットないし……』


「あっ、まあ、そうだけど」


『それなら家電をすすめたほうがよくない?』


「そこがわからない」


『とにかく、プラズマ加湿器がオススメよ』


「幽霊には加湿なんて意味ないだろう?」


『私じゃないの。あなたが使うべきだからオススメしているのよ……』



下手に断って機嫌を損ねられたら呪われたりするかもしれない。


呪われて部屋に住めなくなって引っ越しすることになるくらいなら

家電のひとつでも買ったほうがずっと出費が抑えられるだろう。


「わかった買うよ。買えばいいんだろう」


『いい買い物したわね……。あなたはきっと幽霊になっても肌ツヤがよくなるわ!』


幽霊は大喜びし、あらかた満足すると消えてしまった。


「やれやれ……災難だった……」


もうこんなことがないことを祈りつつ眠りについた。



次の日の夜のこと。


『おすすめ……』



『おすすめよ……』



『△△メーカーの"スタイルキーパー"がおすすめよ……』



ふたたび幽霊がやってきた。

今度は違うものを勧めてくる。


「今度はなんだよ!!」


『スタイルキーパーがおすすめよ……これは買うしかないわ……。

 これに干しているだけでほこリと花粉を落としてくれるうえ、

 脱臭や除菌もしてくれるからオススメよ……』


「でも値段が……」


『目先のお金にまどわされてはだめ……。

 これを買うことで得られる日々の生活のゆとりはプライスレスよ……。

 買わないなら毎晩わたしが枕元に……』


「わ、わかった買うよ!! 買えばいいんだろう!!」


『いい買い物をしたわ……あなたはこの日のことを忘れないでしょう……』


幽霊のオススメする家電の2つ目を買ってしまった。

次の日も、その次の日も、幽霊はかかすことなく家電をすすめてきた。


買わないと呪われそうという後ろ盾があるから断ることもなく、

幽霊がすすめるままに家電を買い揃えていった。



そんな状態が続いていたある夜のこと。


幽霊は今宵も家電をおすすめするためにやってきた。


『オススメよ……』



『これはオススメよ……』



「毎晩毎晩……今度はなんだよ!!」



『マイナスオゾン水よ……これはオススメよ……』


「家電じゃ……ないの?」


『マイナスオゾン水を発生させる機械よ。

 これを買うか買わないかでこの先50年の健康状態が変わるわ……』


幽霊はこちらの疑いの目など気にすることもなく、

すらすら歌い上げるようにマイナスオゾン水の効能を語り始める。



『マイナスオゾン水は飲むだけで体の内側から毒素を出して、

 血液をサラサラにし、体のPMR値を下げてくれるから運気向上に役立つのよ』


「え……えぇ……?」


『さらにこの機械で作ったマイナスオゾン水はストレスをクレンジングし、

 がんの発症を抑えてくれるので、ヒアルロン酸を抗酸化してくれるので

 病気への抵抗力と、異性への恋愛力を強化してくれるまさに魔法の水よ!』


幽霊はハイライトを失ったはずの目をキラキラさせて熱弁している。

その熱量があがればあがるほど、聞いている側のテンションは下がっていく。


『これは買うっきゃないわよ!!』




「いや……いらん」


『え!? 正気!? こんなにいいことしかないのに!?

 飲むだけで、大宇宙の波動の力をおへそに貯めることができるのよ!?』


「そんなうさんくさいもの買うか! あんただって本当はうすうす感じているんだろう! こんなのうそっぱちだって!」


『そ、それは……』


「いままで黙って聞いていたけど、あんたはいつもメーカーのようにおすすめしてくるが

 そこにあんたが使ってみた感想はいままでひとつもなかった!

 本当はぜんぜん使ったことない家電をすすめるなんて無責任だ!!」



『だって……だって~~~~うぁあああん!!』


すると幽霊は反論するどころか、わんわん泣き出してしまった。


『私……だって……えぐっ……本当は……オススメしたくないもん~~!!』


「だったらどうして今までオススメしてたんだよ……!?」


『私は生前に"家電のサブスク"に入っていたの……。

 毎日新しい家電を使えるようになるけど、

 それをほかの人に勧め続けなくちゃいけないのよ……』


「だから今まで勧めていたのか……」


『友達からも徐々に距離を置かれるようになって……。

 私の周りには、あきらかに使い道のない家電ばかりが溜まっていって……。

 死んでもせめて家電を勧め続ければ、私の選んだ道も間違いじゃないって思ったのに……』


「本音を隠し続けておすすめするのになんの意味があるんだよ!」


『そうよね……私、まちがっていたわ……。

 本当に心からおすすめしたいとも思っていないのに、

 家電に囲まれた自分の人生を正当化したいがためにオススメし続けていた。

 でもこんなのやっぱり間違っているわ』


「ああ、そうだ。家電のサブスクのために死んでもなおオススメする必要なんてないんだ」


『そうよ! そうに決まってる!!

 ありがとう……なんだかすごく心が軽くなったわ……』


「そうか。それはよかった」


『私、家電のサブスクに振り回される死後の人生なんてまっぴら。

 これからは自分が本当にオススメしたいものだけをオススメするわ……!

 本当にありがとう……さようなら……どうか元気で……』


幽霊はやすらかな顔になって空へと消えていった。

その日から幽霊はもう姿を著すことがなくなった。



そうしては今は、幽霊の言葉を胸に秘めながら仕事を続けている。

今日も新しいお客様への営業だ。



「実は私、"家電のサブスク"というものを販売しておりまして。


 契約すれば最新家電を使いたいほうだい!

 家電を知り合いに勧めるだけで料金は実質ゼロ!

 

 これは入らなくちゃぜったいに損ですよ!!」

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