第3話 美しい時空の花

ここは小さな喫茶店。時間はおそらくない。窓は小さく夕方を映す。心は優雅な曲線をえがいている。


「優しい香りをひとつ頂けるかしら。」


その人は優しくほほ笑み、夕陽の射し込む光に美しさを透かすように見えた。小さな喫茶店の時空に緩やかさを漂わせ、ソファーにそっと座って本を開いた。


私はその美しすぎる世界にショックを受け、思わず詩というものを書いていた。題名は『美しい時空の花』として。


いつまでも、美しい時空で詩を紡いでいたかった。いつまでも、この美しい世界と言葉の中に浸っていたかった。


いつまでも、いつまでも、いつまでも。


……。


はっと気がつくと、あの美しい人はもういなかった。いつの間にか夕日は沈み、喫茶店の窓には夜が訪れていた。


この喫茶店をあとにしなければならない時間がきていた。目の前には、からの珈琲カップと紙切れだけがあった。


帰り道の夜。かばんにそっと手を置いてみる。あの紙切れ、つまり夕陽の喫茶店の美しい人を写しとった詩、つまり『美しい時空の花』だけが、せめてもの救いのように思われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る