創造者の想像
@soras
第1話
蝉の声が鳴り響く、真夏の朝。
田んぼと田んぼの間を歩く一人の少年がいた。周りに家はなく、だだ広い田んぼがいくつもあり、視界の中はその田んぼと進行方向の先にある森林しかない…
まだ朝だと言うのに容赦無く降り注ぐ陽光の中、少年は前屈み気味で、左右によろよろと揺れながらゆっくりと前に進んでいる。暑さのせいかそれともそれ以外の原因があるのか少年は苦渋の表情をしていた。
「あつぃ〜
ここにコンビニでも有れば、、、
クソ、絶対こんなとこ出てやる。」
少年は愚痴のように独り言をつぶやく
ーーーー少年の名前は神空(カミゾラ)奈多羅(ナタラ)。太くも細くもなくごく普通の体型をしており、天に向かっているツンツンとした短い髪と二重で鋭い目つきが特徴的でその容姿は極めて厳つかった。
そんな神空奈多羅が住んでいるこの村は東方の山奥にある辺境の村であり、コンビニはおろかカラオケボックス、ボウリング場などがない村だ。
「よ!奈多羅(ナタラ)」
しばらく歩いていると少年の影に大きな影が覆いかぶさった。
その影の人物は少年より10センチは高く185cm以上はあるがたいのいい男——柏(カシワ)諭(サトル)だ。諭は少年と親しげで少年とは違い、心底明るい雰囲気を漂わせていた。
「朝から毎日うるさい奴だな、もう少し静かに登場しろよ諭(サトル)」
それと、と言うと
「俺を下の名前で呼ぶんじゃねぇよ!!!」
と怒鳴った。その言葉には高い威圧感が感じられたが彼はそれに萎縮する様子はなく明るい表情で、怒れる少年に対応した。
「そう怒んなよ。元ヤンがでてるぜ。」
「ああ、悪い。昔の癖で」
慣れた口調で男が少年をなだめると少年は感情を収めた。
神空(カミゾラ)奈多羅(ナタラ)は元不良———とはいえ、恐喝やいじめなど法を犯すことはなく、ただ無愛想で目つきが悪く、腕っ節の強い少年だった。そんな少年の幼少期は数少ない村の年上の子供達から喧嘩を売られることが少なく無く、売られた時には大体の相手は奈多羅の眉間に皺を寄せ、目つきの悪さを存分に発揮した顔で威圧すれば逃げていった。ただ神空奈多羅には一つの逆鱗がある、それこそ『奈多羅(ナタラ)』という誰もが生まれた時につけられる『名前』だ。神空奈多羅は小学、中学と、自分を下の名前で呼ばれた瞬間、反射かのように拳がでていた。
「しかし、お前も丸くなったよな。昔なんて名前呼ばれたら、その瞬間そいつをぶっ飛ばしてたもんな」
「それを言うな、昔の話だろ」
「それが今じゃ、都会の名門大学を目指す優等生だもんな。人生は何が起こるかわからないよ」
「そんなに生きてないだろ」
二人の男は真夏の太陽の下談笑していた。そしてふと諭は穏やかな面持ちになった。
「なあ、俺はいい名前だと思うぞ
神空(カミゾラ)奈多羅(ナタラ)なんてなんか神様感があってカッコいいじゃねえか」
彼は和かにそういうと、少年は苦悶の表情を浮かべた。
「それが嫌なんだよ。
そう言う名前を世間一般ではキラキラネームって言うんだ。
そんな名前つけるなんて俺の親ありえないだろ。」
「そうかね〜」
自分の名前に嫌悪感を示し、強い口調で悲観する奈多羅を納得のいかそうに諭は返した。
「お前はいいよな。柏(カシワ)諭(サトル)なんて爽やかイケメンそうな名前で、、、」
(見た目もなかなか、、、)
「そうか?
諭(サトル)なんてどこにでもありそうな名前なんだけどな」
頭をかきながら顔をしかめた諭。
彼は綺麗な顔立ちと高身長の美男子と言われてふさわしい見た目をしていたが、奈多羅はというと身長は175cmと平均並はあるがそれ以外は鋭い目つきくらいしか外見的取り柄はない。。。
彼のその恵まれた容姿と普通の名前が羨ましいと思っていた奈多羅は気だるげな表情を浮かべていた。
すると、
「そうだな、俺みたいな名前さぞ希少だろうよ!」
強い口調で、『希少』という皮肉じみた表現をした。
「まあまあ、そう怒んなよ。短気なとこはお前の悪いとこだぞ」
そう言いながら、諭は左手の銀色の腕時計に視線を落とすと
「やっべ、このままだと遅刻するぞ奈多羅」
ん?
「あ、まじか」
「急ぐぜ奈多羅!
走るぞ!」
諭は伸び伸びとした足を交互に出し、その後を怠そうに奈多羅が追う。
「だから、名前で呼ぶんじゃねぇーーー!!」
その雄叫びは山々に響き渡り、見晴らしのいい一本道を二人は駆け抜ける、その向かう先には高らかな山々が聳え立っていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「はぁはぁ、ついた」
二人の前には大きな建物があり、村外れの山の中に密かに佇んでいた。大三日月(オオミカヅキ)高校だ。村から歩いて二時間弱の場所に位置し、校舎は3棟に分かれており、横並びに漢字の『三』のような形態をしていた。。。
ー大三日月高校第一画校舎入口前。ー
体内の酸素が不足し、息が荒くなるまで走った甲斐があり時計の針が半を指す前に門に入ることができた二人。とは言え、息を切らしているのは片方の少年のみでその少年は肩を落とし膝に両手までついている。
「相変わらず体力だけはないな、奈多羅は」
諭は奈多羅の前方で平然と佇んでいた。
「うるせぇよ、俺はお前みたいな体力バカじゃないんでね」
ここ大三日月学園は周囲を山に囲まれていて、奈多羅や諭が住む三叉(サンサ)村から数キロ離れたところにある。歩道はあるが狭い道が続きバスも通っておらず、築年数数百、なぜこんなところに建てられたのか今知る人はいない。
「それにこの距離を息ひとつ切らさず来れるのはサッカー部のエース様くらいだろ。ハァ、ハァ」
柏(カシワ)諭(サトル)はこの高校のサッカー部に所属し、エースストライカーを任せられている。その才能は他と比べ群を抜き、日本代表に選ばれた経験を持つ。
「まあな。
だったらお前もサッカーやるか、体力めっちゃつくぜ」
「やる訳無いだろ、俺たちもう二年だぜ。それに俺は早く帰って勉強しないとな」
諭は笑顔で奈多羅をサッカー部に勧誘うするが、奈多羅と諭はもう二年の夏であり都会の名門大学に行こうとしている奈多羅の頭には勉強の選択肢しかなかった。。。
二人は校舎に入り、入ってすぐにある階段を登る。 奈多羅と諭の教室は第一画棟最上階の左端にあり、入口から一番遠い場所に位置していた。
教室までの道すがら奈多羅は昨日のある出来事を思い出した。
「なあ諭(サトル)、虫って瞬間移動とかすると思うか」
諭は奈多羅のいきなりの奇怪な質問に困惑した表情をしていた。
「いや、昨日のことなんだが、俺が家でテレビ見ていたら、壁に『『『ゲジゲジ』』』が出たんだよ!!(*ムカデ綱のゲジ目に属するムカデの総称)」
その虫の名前を力強く強調する奈多羅は苦渋の表情をしていた。
田舎では『ゲジゲジ』と言う生き物が家に出ても不思議ではなく、なんら日常的なことだ。特に夏の虫の量は都会とは比べ物にならないほど多く発生する。そんな最初の問いかけ以外なんら日常的な話を諭は黙って聞いている。
「めっ、めっちゃきもいじゃんあいつら!足がウヨウヨ動いてて、なんか、すんごい、、、きもい、、」
「おい、おい、あいつらがきもいのは知ってるって、それとお前が虫を大嫌いなのもな。それで、瞬間移動ってなんだよ」
「ああ、すまん、ついな、それでそれをやっとのこと追い詰めて、熱湯をぶっかけて殺ろうとしたんだ」
諭はふむふむと頷きながら聞いている。
「そしたら信じられないかもしれないんだが、、、、俺の目の前でいきなりパッと消えたんだ、、一瞬で、、瞬間的に」
ことの顛末も奈多羅が言い終わると、諭は同ペースで歩いていた足を止め、間が開いた。
すると、笑い混じりに
「ちょっと待て、お前、、、
勉強のしすぎで頭でもおかしくなったか。
なんだよ虫が『瞬間移動』って、あるわけないだろ。。。
それより急ごうぜ」
そう言うとまたペースを上げて歩き出した、、、、
まあそうかもな、と自分でも自信がなくなった奈多羅も諭の後に歩き出す。
すると、諭は長い首を半転させ後ろにいる奈多羅をみて口を開いた。
「あと、『ゲジゲジ』ってなんだよ、虫か?それ。
俺はそんな生き物聞いたことないぜ」
そう言うと諭は再び前を向き先を急ぐ。
同じ村同じ環境で一緒に生まれ育った二人だけでなく、この村に住む人々にとって『ゲジゲジ』はごく一般的な虫であり、知らない訳はない。それを『知らない』と言った諭に奈多羅はそれ以上問うとはしなかった。なぜなら奈多羅の虫への愚痴はいつものことであり、これ以上聞きたくないという諭の合図だと察したからだ。
そんな話をしている間に二人は二人の教室である二年3組に到着した。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
この学校には一年から三年まで学年があるが、ひとクラス十人前後、二年は十五人と決して多いとは言えない人数であり、クラス分けなどあるわけはない。
だが二人の教室は『3組』と数えて三番目の数字が使われているのは事実だ。それはこの学校のクラスは『3組』しか無く、全てのクラスが『3組』と付けられていることを示している。そしてなぜそうなったかは奈多羅や諭、この学校の生徒や先生ですら知るところではない。。。
時計の針が午前8時半を指した頃、奈多羅と諭は教室に足を踏み入れた。その瞬間、誰もが聞き慣れた効果音が校内に鳴り響いた。
始業を告げるチャイムだ。
「ギリギリセーフ」
二人は教室の教壇から見て左後ろのドアから入った。
ほっと一息つく二人。担任の教師はまだ来ていない、だがチャイムが鳴ってから入るのとは気持ちが違う。それは些細なものではあるが罪悪感の有無はあるのだろう。
「おっす!二人ともいつもながらギリギリだな」
入ってすぐ声をかけてきた男がいた。横に四、縦に四と席が置かれている教室でその四番目、一番後ろの左端に席がある男子生徒だ。彼は褐色の健康的な肌と、上に向かって伸びた逆立つ毛の少年で、二人の方に向き、よく通る声で言った。
「おっす!今村、相変わらず朝からうっせえな」
諭は毎日の挨拶かのように冗談まじりに言うと、左横にいる奈多羅は『お前もだろ』と言わんばかりの苦い表情をした。。。
いつもならホームルームが始まる時間。だがこのクラスの担任教師が来ていないゆえか、室内は騒がしいままだ。
奈多羅も今村に軽く挨拶を返すとあんまり話したくないのか今村の席を通り過ぎようとしたとき
「奈多羅!お前高校卒業したら都会の大学行くって本当かよ」
「ああ、まあな、それが」
「いや、お前みたいな元ヤン天才不良少年が大学生になろうとするとはな、、、うぅ、、お父さん寂しいよ」
腕で目を隠し、泣いているフリをする今村を無表情で見つめる奈多羅。
すると、今村は腕の隙間からチラチラと目配せを送ってきている。それに気づいた奈多羅はひどく面倒臭そうにした。
(だからこいつと話すのは嫌なんだ、、、)
「おおー、すまない父よ。それでも俺は行くよ」
「お、乗ってきたな」
奈多羅は演技を続けながら、座っている今村にだんだん近づいていく。。そして諭もこの展開を待っていたかのように観戦していた。
「本当にすまない父よ」
腰を落とし、今村の耳のあたりまでくると、奈多羅はそこで止まった。そして二人にしか聞こえないほどの声量でそっとささやいた。
「今度、下の名前で呼んだら「「殺す」」、、、
わかったら泣くふりを止めろ」
そういうと奈多羅は体を起こした。今村は顔に動揺が表れており、顔から血の気が引いていた。
「はい!神空くん、今日もいい天気ですね」
「おお、いい天気だな今村。俺は自分の席で日向ぼっこでもしてくるよ」
奈多羅はまだ演技をしているように高笑いをしながら今村を後にした。
「うわぁー、やっぱめっちゃ怖ぇーな、奈多羅。あれで勉強もできるってタチ悪いよなー」
「そうか?俺はそうでもないけどなー」
「そりゃ、お前はこの村で唯一あいつと喧嘩で渡り合える男って肩書きがあるくらいだからな。」
「そんな肩書きがあったのか、、、知らなかった、、」
二人が奈多羅の話をしている中、奈多羅は自分の席にむかっていた。神空(カミソラ)奈多羅(ナタラ)の席は一番後ろの右端から横に二つ目の席で、その席の方向に奈多羅は視線を向ける。
するとそこには日常的な光景ではあるものの奈多羅にとっては特別な光景が目に映っていた。それはというと奈多羅の左隣の席、、、窓側に座っている女子生徒のことだった。。。
窓際の女子生徒の名前は森山(モリヤマ)蒼葉(アオバ)。
燦々と降り注ぐ陽光の下、開いている窓から吹き込んでくる緩やかな風が肩に届かない程の髪をなびかせながら、教室の隅で静かに読書を行っている。彼女は大きな瞳で文字を追い、白い肌は陽光に照らされ、輝いているようにも見える。
その光景に奈多羅は歩みを止め、目を奪われていた。
そんなとき、ふと窓際の女子生徒が奈多羅の方を見た。奈多羅の視線に気がついたようだ。
「あら、神空(カミゾラ)くんいたのね。」
甘く澄み透った声が脳内を通り、正気に戻った奈多羅はすぐにその光景から目を逸らした。
「おう、おはよう」
「おはよう」
奈多羅の素っ気ないあいさつに、彼女は素な表情ではきはきと返す。このやりとりは二人が十年以上ほぼ毎日交わすことで、当たり前のことでもあった。
そしてこのクラスの生徒、、、神空(カミゾラ)奈多羅(ナタラ)、柏(カシワ)諭(サトル)、森山(モリヤマ)蒼葉(アオバ)含め15名全員が三叉(サンサ)村で生まれ、17年来の幼馴染でもあった。その関係はいたって良好で家同士の関係も深く、村内会の祭りは村の住民がこぞって参加している。その中で森山蒼葉と言う少女はあまり人と干渉せず、学校の休み時間はずっと本に視線を向け、終業のチャイムと同時に帰路へとついていた。
そんな無愛想で孤独な少女であっても神空奈多羅という少年にとって森山(モリヤマ)蒼葉(アオバ)という女の子は特別であって、何気ないやりとりですら心が惹かれていく。。。それが、、幼い頃のただの一目惚れであったとしても、、、
蒼葉は奈多羅にあいさつを終えると再び本に視線を落とす。そんな彼女を横目に奈多羅は自分の席のフックにバッグを掛ると、椅子をそっと引き、静かに座った。
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