第214話 リクのダンジョンキャンプ 4


 陸人りくとにとって、初めてのテント泊が明けた。

 もともと眠りは浅い体質だったので、寝付けるかどうか不安だったのだが。

 コットに横たわって隣に並ぶ兄と少しだけおしゃべりしているうちに、うとうとしてしまい──気が付けば、朝になっていた。


「夢も見ないで、熟睡してた……」

「そりゃ、疲れていたんだろ。魔法もかなり使っていたし、走り回ったからなー」


 呆然とする陸人の背中を兄がバシバシと笑いながら叩いてくる。

 アナログタイプの腕時計で確認すると、午前七時。九時間近く、熟睡していたようだ。

 おかげで頭はすっきりしているし、肉体にもダメージは残っていなかった。


「ほら、早く起きろよ。朝飯を食いに行こう」

「あ、手伝い……!」


 スマホは【収納クローゼット】に放り込んだまま忘れていたので、アラームで起きられなかったのだ。

 お世話になっている分、せめて食事の準備を手伝うつもりでいたのに失態だ。

 落ち込む弟を長兄が笑い飛ばす。


「気にすんなって。朝食はいつもミサが用意してくれているんだ。カナさんは朝が弱いからな」

「そう言えば、夏にお世話になっていた時も朝はミサ姉ちゃんが担当していたっけ」


 北条兄妹はどちらも低血圧らしく、朝は遅かったことを思い出す。


「ミサに悪いと思うなら、四階層のワイルドボア狩りやベリー摘みを手伝ってやれば喜ぶと思うぞー?」

「分かった。頑張る」


 三階層のワイルドディア狩りも大変だったけれど、兄とノアさん、その従魔であるブランのフォローもあって、どうにか単独ソロで倒せるまでレベルを上げることができたのだ。


 テントの中で着替えると、急いで外に出た。

 タープの下では、美沙が忙しそうに立ち働いている。


「ミサ姉ちゃん、手伝うよ!」

「あ、リクくん? おはよう。もうほとんど完成しているから大丈夫だよ」


 テーブルには既に朝食が用意されていた。

 ホットサンドとスープのシンプルなメニューだ。とはいえ、量はとんでもなく多い。


「ハムたまご、コッコ鶏の照り焼きと、こっちはサクラマスのフライサンドだよ」

「え、すごい美味しそう……」

「コレ旨いんだよなー。タルタルソースとめっちゃ合う」


 さっそく手を伸ばして、サクラマスのフライサンドにかぶりつく兄。


「カイ、お行儀が悪いよ」

「むー? わふぃわふぃ。んっま!」

「ユキ兄はもう……」


 勢いよく食べる兄が喉を詰まらせないように、陸人は飲み物を手渡してやる。


「リクくんも先に食べちゃお」

「いいんですか? 皆が揃う前に」

「ふふ。あの二人はもう少し時間が掛かると思うから」


 四人用のテーブル席だったので、美沙の言葉に甘えて、先に朝食を済ませることにした。


「リクくんはジュースとミルクどっちがいい?   紅茶とコーヒーもあるけど」

「あ、ミルクが飲みたいな。牧場のやつでしょ? あれ、美味しかったから」

「だろー? やっぱ搾りたての新鮮なやつを飲んだら、市販の牛乳は物足りないんだよなー」


 兄が言うように、牧場のミルクはとても美味しい。森林浴を楽しみながら食べるホットサンドも格別だ。

 陸人が手に取ったのはハムとトマト、チーズをサンドしたものだったようで、しみじみと旨い。


「ウサギのハムじゃないんだね、これ」

「そうそう。それ、コッコ鶏のハムなの。ウサギ肉のハムも悪くなかったけど、やっぱりコッコ鶏の方が肉質がしっとりしていて美味しいのよね」

「トマトとチーズとの相性が抜群だと思う」

「でしょ? うちの農園産のトマトだもん、お肉に負けていないんだから!」


 たしかに、と陸人は頷いた。

 ダンジョン産の肉はとび抜けて美味しいので、普通の野菜だとどうしても負けてしまうのだ。

 魔素を含んだポーション水で育った塚森農園産の野菜なら、お互いを引き立て合えるポテンシャルがある。


「オーク肉のベーコンサンドも自信作なの。たくさん食べてね!」

「うわぁ……朝から贅沢だね」


 美沙に勧められたベーコンサンドには旬の味である菜の花がサンドされていた。

 オーク肉のベーコンはかなり分厚くカットされており、旨味がすごい。さくり、と噛み締めると、口の中に肉汁が溢れてきた。

 こってりとしたベーコンと仄かに苦味のある爽やかな菜の花の風味が意外と合うのにも驚かされた。


「美味しいね、これ。あとでレシピを教えて欲しいな」

「いいよー。菜の花って結構、色々と使えるんだよね」

「俺、天ぷらにしたやつが好き」

「菜の花が食べられること自体、知らなかったよ、僕」

「中学生男子は知らなくても普通でしょ」

「山菜の味もようやく最近になって分かってきたからなー俺は」


 香りや味に少しクセがあるから、双子の弟たちは菜の花や山菜は苦手かもしれない。

 でも、せっかく春の野山に遊びに来るので、裏山で山菜採りを経験させてもらうつもりだ。


 ホットサンドとスープの朝食を終えた頃、見目麗しい兄妹が眠そうな表情で起きてきた。

 席を譲って、後片付けを立候補する。

 調理器具や皿、カトラリーを【生活魔法】の【洗浄ウォッシュ】で汚れを落とすと、美沙に喜ばれた。



「じゃあ、今日も昨日と同じく別行動で!」

「おう。リクの面倒は俺とノアさん、ブランで見ておく」


 本日の目標は五階層のセーフティエリア。まずは四階層のワイルドボア狩りでのレベル上げだ。

 五階層のワイルドウルフは倒せる自信が全くない。

 元フロアボスだというブランよりも一回りは小柄なオオカミのモンスターだと教えてもらったが、それでも大きすぎる。


「昼食はお弁当でいいの?」

「おう。合流するのも面倒だろ。食い物はアイテムバッグやリクの【収納クローゼット】にあるから、心配しなくていいぞ」

「じゃあ、任せたわよ、カイ」

「何かあったら、すぐに連絡すること。いい? カイくん」

「はいはい。カナさんも心配性だな」


 昼はお弁当で済ませて、夕方までひたすらレベル上げをすることが決まった。

 


◆◇◆



 イノシシは普通サイズのものでも恐ろしい生き物だと思う。

 都内で見かけることはまずないけれど、ローカルなニュース番組や動画で、イノシシが人を襲う姿を目にしたことがある。

 突進して、その牙を人の太腿のあたりを狙って突き刺そうとするらしい。

 噛み付くこともあるので、とても危険だ。

 そんなイノシシの、ダンジョンモンスターなのだ。それはもう仰ぎ見るほどの巨体で、陸人はただただ圧倒されてしまった。


 三階層のワイルドディアもヘラジカサイズでかなり驚かされたものだが、ワイルドボアはそれよりも大きいのだ。


(小さい頃に見た、アニメ映画に出てきた喋るイノシシくらいに大きい……)


 怯んでしまうのも仕方ないと思う。

 呆然と立ち尽くす陸人のお手本とばかりに張り切った兄が刀を手に楽しそうに突っ込んでいくのには、ぎょっとさせられた。


「っしゃ! シシ肉、ゲット!」


 何があったのか、目で追えないくらいの早技で、あっという間に倒してしまった。

 笑顔でドロップした肉を掲げる兄を見ていたら、いい感じに力が抜けたように思う。


「……とりあえず、僕一人で倒すのは無理だから、ユキ兄はフォローよろしく」

「おう、任せろ!」

「ノアさんには昨日みたいに、落とし穴をお願いしてもいいかな?」


 意外と面倒見のいい長毛三毛猫に頼むと、ニャーンと愛らしい声音が返ってきた。

 いいわよ、だろうか?

 

「ブランも助けてくれる?」

「ワフッ!」


 ハスキー犬サイズのブランも尻尾を振って返事をくれたので、臨時のパーティメンバーを信用して、四階層の森林フィールドに踏み込んだ。



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