第62話 五階層探索
五階層にはワイルドウルフが闊歩している。ワイルドウルフは基本、群れで行動していた。たまに、はぐれた個体を見かけることはあるが、大抵が五、六匹からなる群れで動いていることが多い。
五階層には立派な樹木がたくさん目についたので、この層の資源は木材だけなのかと思い込んでいたけれど、くまなく探索してみると、森の中に湧き水とブルーベリーの茂みを見つけることが出来た。
「ブルーベリー! ジャムが作れるよ、晶さん!」
「わぁ……! たくさん作ってパンケーキに使いたいです。バニラアイスにも載せたい……」
「ハイハイ。欲しいなら、俺らが見張ってるから、さっさと採取しろ」
「オオカミちゃん達が来たら、すぐに迎撃できるようにするのよ?」
「ん、分かった。カナ兄」
「はーい!」
良い子の返事をして、女子二人でブルーベリーを採取していく。
本日のスライム達には、畑の見張り番をお願いしているので、採取は自分たちで頑張らないといけない。
ちなみにノアさんは軽い運動と散歩を兼ねてダンジョンを利用しているようで、一階層のスライムを猫パンチで殲滅し、二階層のホーンラビットは土魔法で仕留めていた。
彼女にテイムされたスライムのシアンはノアさんの背後にまるで従者のように控えて、せっせとドロップアイテムを拾っている。
後で合流することにして、私たち四人は五階層探索を優先したのだ。
「綺麗な色! 粒も大きめだし、キラキラ輝いているみたい」
「立派なブルーベリーですね!」
粒が大きめで瑞々しいブルーベリーは宝石のよう。ひとつだけ摘んで口に放り込んでみたが、甘くて美味しかった。
これはブルーベリージャムに加工するのは、もったいないかもしれない。
同じく味見したらしい晶さんも、生のままでスイーツに使いたいと考えているようだ。
「ブルーベリータルトにして食べたいかもです」
「いいね。スムージーにも合いそう。ヨーグルトやアイスに添えて食べるのも良さそうだよね!」
三階層のラズベリーも美味しかったけれど、ブルーベリーの方が馴染みやすく、使い勝手は良さそうだ。
マフィンやチーズケーキなどの焼き菓子に使うレシピはたくさんあるので、色々と作ってみたいな、と思う。
傷が付かないように慎重に採取していると、ふいに足元の茂みが揺れた。
「ん? 何か、いる?」
「ほんとですね。モンスター……なんですかね、この子?」
ブルーベリーの茂みの傍には、丸々と太ったマーモットに似た小動物がいた。
悪意や殺気が皆無なためか、全くその気配に気付かなかった。
どうやらブルーベリーを主食としているようだ。そのマーモットもどきをワイルドウルフが餌にしているのだろう。
ふっくらした体格のげっ歯類系モンスターは、驚くほどに警戒心がない。
あのスライムでさえ、ダンジョンへの侵入者に反応して向かってきたと言うのに、こちらを一瞥することもなく無心にブルーベリーを食べている。
「……このマーモットもどきはどうしよう? カイ、狩る?」
「んー…。これだけ小さくて邪気のない生き物は倒しづらいな……」
「そうね。この子の肉がドロップしたとして、ミサちゃん食べたいかしら?」
「う、うーん……ちょっと遠慮したいかも?」
「毛皮も小さいし、質もあまり良さそうじゃないですしね。私も要らないです」
「晶さんが意外とクール……」
こちらに向かって攻撃してくるなら、気にせずに迎え撃ちはするだろうけれど、のんびりとブルーベリーを食べているだけの小動物は害しにくい。
四人で視線を交わし、ほぼ同時に頷いた。
最年長の奏多さんが代表して提案してくれる。
「ワイルドウルフたちのご飯みたいだし、私たちは手を出さないようにしましょ」
もちろん、三人ともその提案を諸手を挙げて歓迎した。
かくして、マーモットもどきは無視して、ブルーベリーをせっせと採取することになった。
【アイテムボックス】に収納していたバスケットはすぐにいっぱいになった。
ブルーベリーの木の下の方の実はマーモットもどきのために残している。
「見張り、ありがとう」
「おう。報酬はブルーベリーで何か美味い物食わせてくれ」
「んっふふー! それは任せて。色々試してみたいんだよねー」
「今日のおやつ、さっそくパンケーキにして食べちゃいましょう!」
「ほら、貴方たち。盛り上がるのは良いけれど、お客さんよ?」
「うわ。九匹の大所帯!」
群れのリーダーの指示なのか、周りを囲むようにワイルドウルフが迫ってくる。
幸い、ここは湧き水の傍らで少し開けた場所なので、武器を振り回すスペースは充分にあった。
奏多さんは弓矢を撃ち込んで数を減らし、甲斐は自分から群れに突っ込んで行く。
巨大なオオカミを相手に武器で挑むのはまだ怖かったので、私は水魔法で迎撃することにした。
晶さんが光魔法で目潰しをしたワイルドウルフを狙って
(どうせドロップアイテムに変わるんだもん。原型は気にせず倒す!)
頸や胴体を真っ二つにしていく。
たまにズレて脚だけを切断してしまった時は、無駄に苦しませているようで少し申し訳なく感じてしまう。
なるべく一撃で命を刈り取れるよう、水魔法の制御に集中する。
「よし、これで最後!」
甲斐がラスト一匹の頸を刀で切り落として、戦闘は終了した。
最後の少し大きめな個体が群れのボスだったようだ。倒れ伏した死骸がゆっくりと消えていき、ドロップアイテムが現れる。
「……ん? 何だろう、これ。金色の、コイン?」
魔石と牙、見事な毛皮のドロップアイテムと共に、その個体は金色の見たことのない意匠のコインを残した。
「ドラゴンの絵柄のコインですね。ざっとネットで検索してみましたが、海外を含めて同じデザインの物はありませんでした」
午後三時前を目処に、ダンジョンから帰還して、今はのんびりと居間で休憩中。
晶さんがスマホで調べてくれたが、同じコインは見つからなかった。
「やっぱさ、これは異世界のコインだよ! ドラゴンがいる国のさ」
盛り上がる甲斐。晶さんは首を傾げている。
「でも今までは倒したモンスターの素材ばかりドロップしていたのに、どうして今回は金貨が落ちたんでしょう?」
「や、素材以外は一度落ちただろ。ほら、あの解体ナイフ」
「ブッチャーナイフですね。たしかに」
テーブルを挟んで真剣に額を突き合わせている二人。なかなか良い雰囲気だ。
甲斐に下心はないのだろうけれど、キッチンの隣に立つ奏多さんは複雑そうな表情をしている。
可愛い妹と可愛がっている弟分の二人が仲良くしている姿に、少し戸惑っているようだ。
(うーん。でも、今のところあの二人の間に色気は皆無だし口出ししにくいよね)
保護者役の兄としては気になるところなのだろう。
採取したブルーベリーを煮てジャムを作る私の横で、奏多さんはスフレパンケーキを四人分焼いている。トッピングはバニラアイスクリーム。蜂蜜をまぶして、採取してきたブルーベリーを添えてみる。
ジャムはまだ冷めていないので、今回はお預けだ。冷蔵庫で一晩置けば、明日の朝食で堪能できるだろう。
(煮込んだばかりの、まだ温かいジャムも美味しいんだけどね)
調理人の役得だと、スプーンでひと匙だけ味見をする。うん、ほんのり酸味が残る美味しいジャムの完成だ。
「あら、良いわね。美味しそう」
「カナさんもどうぞ」
新しいスプーンでジャムをすくい、口元に運んでから、はっと気が付いた。
これは、いちゃいちゃカップルがする、あーん、では?
慌ててスプーンを引っ込めようとしたが、奏多さんは気にした様子もなく、ぱくりと口に含んだ。
「うん、良い出来ね。これはヨーグルトと抜群の相性を誇りそうな味だわ」
「そ、ですよね! うん、焼き菓子以外にも色々と使えそうだとっ!」
「フルーツソースにして、こってりとした肉料理に合わせても面白そうね、ふふっ」
瞳を細めて奏多さんが笑う様は、血統の良い美しい猫の王様のよう。
パンケーキを焼くために両手が塞がっていたのだと、ちゃんと理解していたが、それでも胸は無責任にときめいてしまっていた。
(すこぶる顔が良い……! 知っていたけど!)
心臓に悪い、と赤くなった頬をてのひらでぱちぱち叩いている姿を目にして、奏多さんがくすりと笑った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。