第58話 これから


 カーテンを開けて眺める夜空には、細い三日月が浮かんでいる。邪魔な灯りが少ない田舎なため、満天の星も独占状態だ。


 【アイテムボックス】から取り出した、冷えたビールを皆に配る。プルタブを引き、思い思いのペースでアルコールを楽しんだ。


 甲斐は窓際に吊るしたハンモックに揺られてご機嫌だし、奏多さんはお気に入りの一人用ソファで優雅に足を組んでいる。

 女子組は二人掛けのソファに仲良く並び、タブレットで動画を鑑賞中。

 奏多さんがブッチャーナイフでオリーブハマチを解体する動画だ。なかなか面白い見物なので、配信できないのは残念だった。


「うーん。カナさんの動画はクオリティ高いのに、背景がうちの昭和風キッチンなのが残念すぎる……」

「あら。昭和レトロっぽいって、結構好評みたいよ?」

「うーん、でも背景がゴチャゴチャしていて気になるかも」

「それは俺も気になってた。カナさん、いっそのことダンジョンのセーフティエリアで配信すれば?」


 甲斐の発言に、奏多さんも考え込む。

 悪くはない提案だと思う。

 モンスターさえ映り込まなければ、普通に何処かのキャンプ場でのロケだと考えるだろう。


「いいと思うよ、カナ兄。作業台なんかは私とカイさんで作れるし、水はミサさんが用意できる。カナ兄はいつものように笑顔で調理してくれれば」

「うん、いいかも。四階層のセーフティエリアは広いし、緑の豊かな森を背景にしたカナさんの動画は絶対に目の保養だよ!」


 野外調理で大変なのは、キッチン道具類の持ち込みや水場の有無が上げられるが、そのどちらも私たちなら解決ができるのだ。


「大量の食材や調理器具、大きなテーブルも私が【アイテムボックス】に収納して簡単に持ち運べるし、お水も使い放題ですよ!」

「掃除はもちろん私が浄化で綺麗にできるし、生ゴミはシアンが片付けてくれます」

「なんなら食材も現地調達可能だしな!」

「それは配信出来ないでしょ」


 皆の熱意にほだされる形で、奏多さんが苦笑混じりに頷いた。肩を竦める様までイケメンだ。


「もう、仕方ないわね。……本当言うと、キャンプ飯を作るの、すごく楽しかったのよ。たしかに、あのロケーションで動画を撮影するのは魅力的だわ」

「やった! 手伝いますよ、カナさん!」

「当然よ。ミサちゃんには一番働いてもらうんだから」

「はーい。ふふ、楽しみですね。私も何か新しいコトしてみたいなぁ……」

「私はとりあえずワイルドウルフの素材の活用法を探ってみたいです。あとは、蔵のリフォームですかね」


 何となく皆で『自分たちがしたいこと』を発表する流れになってしまった。

 真面目な晶さんは相変わらずモノづくりに夢中な発言だ。

 のんびりソファで丸くなっていたノアさんがふいに起き上がり、傍らで揺れていたスライムのシアンを前脚でちょい、と転がした。

 にゃあ、と可愛らしく鳴く。

 奏多さんは何となく愛猫の訴えたいことが分かったようだ。


「ノアは、モンスターをテイムして従魔を増やしたいのね? 五階層のワイルドウルフかしら?」

「うにゃん」

「ノアさんが頷いた……」


 確実にノアさんは日本語を理解していると思う。やる気に溢れる、綺麗な三毛猫の喉元を奏多さんがそっと撫でてやった。


「……無茶はしないでね?」

「ノアさんなら余裕でぶっ倒しそうですけどね、オオカミ……」


 ぷはっと缶ビールを飲み干した甲斐が笑顔で宣言する。


「俺はダンジョン内に小屋を建てたい!」

「は?」

「小屋……? どうやって、いや、まず何処に建てるつもりなのよ、カイくん」

「もちろん、ダンジョンのセーフティエリアだよ。こないだのキャンプの時にさ、ちょっと実験してたんだ、俺」

「実験?」


 ダンジョン内では、十時間経つと無機物は吸収されて消える。

 ドロップアイテムしかり、外から持ち込んだ荷物も綺麗に吸収されていく。


「でも、そう言えばセーフティエリアでは試していないなと思ってさ。キャンプ道具を実験に使うのは嫌だったから、外から持ち込んだゴミなんかで検証してみた」


 試しにセーフティエリアにこっそり放置したゴミは十時間どころか、翌日になってもそのまま残っていた。


「これなら、セーフティエリアに拠点を作れるなって。大工のじーさんにも教わっているし、ほら、セルフビルドの小屋くらいなら俺でも作れるかなと」

「……カイなら作っちゃいそうだね」


 随分と壮大な野望を聞いてしまった。

 でも、面白そうと思ってしまったのも事実で。

 ちらりと横目で盗み見た北条兄妹も楽しそうに口許をむずむずさせている。


「テント泊も楽しかったけど、ちゃんとしたコテージがあったら、ダンジョンもさらに楽しめそうですよね」

「晶さん……」

「そうねぇ。どうせなら、お風呂とトイレ付きのコテージがいいわ」

「カナさんまで……」

「おう! ノアさん用のキャットタワーも置かないとなー。俺らの寝床はロフトか二段ベッドかな」

「何それすっごい楽しそう! じゃなくて! 一応、もうちょっと検証してから考えようね……?」


 二十四時間の確認だけでは、まだ少し不安が残る。しっかりとした拠点を建てるなら、綿密な計画が必要だ。

 とは言え、この計画自体にはワクワクさせられた。童心に返って一緒に騒ぎたいが、ここは冷静に───


「私、ツリーハウスが憧れで」

「いいね、晶さん。そういうの、私も大好き。秘密基地っぽくて」

「大人の隠れ家ね」


 ビール片手に無責任に盛り上がれる今が、多分いちばん楽しい。

 そういえば、とふと甲斐が顔を上げた。


「ミサ、お前は何がしたい?」

「う……。ええと、皆の発言の後じゃ、すごーく言いにくいんだけど」

「あら、気にしないわよ。なぁに?」

「そうですよ、ミサさん。何をします?」


 真っ直ぐ見つめられて、降参する。

 ポニーテールの先を指でくるくる巻きながら、上目遣いで打ち明けた。


「この夏、皆と思い切り遊びたいなぁって」

「ん……? あそび?」


 予想外の発言だったのだろう。三人ともきょとんとしている。耳のあたりが熱い。きっと顔も赤くなっているはず。


「せっかく田舎の里山に住み始めたことだし、山遊びに川遊び、色々と皆で楽しみたいなあって思って」


 ありふれた願い過ぎて、とても気恥ずかしい。皆みたいにモノづくりとも関係ないし、向上心も特にない。ただ、皆と楽しく遊びたかった。


「いいんじゃないのか、それ」


 ぽつりと甲斐が言う。え、と顔を上げたが、三人とも嬉しそうにしていた。

 晶さんが瞳を細めて、頷いてくれる。


「私もいいと思います。楽しそうです!」

「同じく。川遊びってしたことないわ。教えてくれる? 山遊びは内容によるけれど」

「山遊びは蛍狩りとか、虫捕り……って、本当に良いんです? 川で泳いだり、サワガニ捕まえたりとか!」

「俺、ザリガニ釣りしたい」


 意外と皆が乗り気だったので、こちらの方が驚いてしまった。

 利益に繋がるダンジョンアタックと比べて、こちらはただの遊びだったので。


「……いいの?」

「って言うか、むしろこっちからお願いしたい内容だろ、それ」

「そうですよ。大人の夏休み、最高じゃないですか!」

「いいわねぇ。もちろん、川遊びしながら、私は飲むわよ? 川で冷やしたビールを」

「ダメな大人が一人混ざってるけど、すげぇ楽しそうだぞ? 弟たちも呼びたいくらい」

「あ、それはもちろん是非! 居間で雑魚寝になっちゃうかもだけど」

「修学旅行気分でめちゃくちゃ喜びそうだな、アイツら」


 少し前にこっそり妄想していた、夏休みを全力で楽しめそうで、自然と口許が緩んでいた。


「うん。私のやりたいことは、それだな。この田舎を皆と全力で遊ぶ。あと美味しい物をたくさん食べるのと、もちろんダンジョン攻略もね?」


 本格的に夏が始まる前に、庭の梅を加工したいし、畑の野菜の種類も増やしたい。

 やりたいことが山積みだった。


「のんびり行こうぜ」

「そうよぉ。美味しく、楽しくがモットーでしょう?」

「命大事に、じゃなかったですか?」

「どれもかな。皆と一緒にシェア生活できて、ほんっと楽しい。ありがとう」


 あらたまってお礼を言うのは、何となく気恥ずかしいが、アルコールの勢いで誤魔化した。

 

 虫の音に混じり、縁側に吊るした風鈴がちりりと鳴る。


 楽しい夏はもう、すぐそこだ。

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