第47話 ダンジョンキャンプ 3


 約束の十二時の十分前にアラームが鳴った。

 ラズベリーを摘んでいた手を止めて、スマホをタップする。

 奏多さんも弓を手にこちらへ歩いて来た。


「ちょうど十五頭を倒して、キリ良くお肉をゲットできたところよ。撤収できそう?」

「私はいつでも。あ、荷物は収納しますよ!」


 ドロップアイテムの鹿肉と魔石、毛皮を預かった。採取したラズベリーを入れたボウルやザル、バスケット類は既に【アイテムボックス】に収納済みだ。

 ぽよぽよと揺れながら寄ってきたスライムを抱っこする。ひんやり冷たくて気持ち良い。


「ラズベリー狩りのお手伝い、ありがとね? あとでオヤツあげるから」


 言葉が分かるスライムは嬉しそうに上下に揺れている。二人前後に並んで三階層を進んで行く。

 次の階層への入り口は北だと分かっているので、今は全員が方位磁針を持っていた。


「イヤねぇ。階段の前に大きいのが陣取っているわ」


 ちょうど四階層へ続く階段の手前に、大きめの個体のワイルドディアがいた。

 あれを倒さないと先に進めない。

 無言で弓を構える奏多さんを制して、その腕にスライムを預けた。


「カナさん、ここは私が。ずっとラズベリー係だったから、魔力があり余っているんです」

「そぅお? じゃあ、お願いするわね」


 あっさり下がってくれるのが嬉しい。

 少しは頼りになっているのかな?


 指先に魔力を集中させ、薄く鋭い水の刃を作っていく。イメージはとても大事。

 鋼鉄をも切断する強く鋭い水の刃ウォーターカッターを目前の大鹿の魔獣に放った。

 ワイルドディアは見事な角でそれを弾こうとして、角ごと頸を落とした。


「よしっ!」

「……ミサちゃんの水魔法、威力が上がった?」

「ああ、毎日の水やりで水魔法を使いまくってますからねー。制御が得意になったかも? あと、温存していた魔力を思いっきり込めました! お腹すいたー!」

「もう、この子ったら……!」


 優しくデコピンされてしまった。

 でも、魔力は使った方がお腹が空くし、美味しいご飯はお腹を空かせてたくさん食べたいではないか。


「あ、ドロップ品! すごく大きくて綺麗なお肉が落ちましたよ! わぁ……!」

「お腹のお肉ね。ロースとヒレ? いいわね。柔らかくて美味しい部位よ。あばらのロースは脂肪が多くて硬めだけど、しっかり煮込んだら旨味たっぷりで美味しくなるわよぉ」

「その説明だけで涎が溢れそうです…っ」


 くすくす笑う奏多さんからお肉を預かり、【アイテムボックス】に収納する。

 後は魔石と皮と小さめの巾着が落ちていた。鹿皮で作られた、十センチほどの大きさの巾着袋だ。


「これもドロップアイテム……? 素材以外が落ちているのは初めて見ましたね。……カナさん?」


 じっと巾着袋を見詰めていた奏多さんが、瞠目する。


「ミサちゃん、この巾着袋。鑑定によると、マジックバッグとなっているわ」

「マジックバッグ……?」

「貴方のスキル【アイテムボックス】と同じく、大量に物を入れることの出来る、魔法の巾着袋ね」

「ええっ⁉︎」




 約束の十二時、四階層のセーフティエリアに全員が集まった。

 色々と報告をしたかったが、まずは拠点作りと昼食の準備が大事。

 とりあえずは使いそうな荷物をせっせと【アイテムボックス】内から取り出して、地面に並べていく。


「じゃあ、私は晶さんとテント担当ね。カイはカナさんの言う事をちゃんと聞くこと!」

「ハイハイ。分かってるって」

「じゃあ、テント以外の設営と荷物運びはお願いするわね? それが終わったら、料理の手伝いをお願い」

「えー…俺、料理なんも出来ないっすよ?」

「刺すくらいは出来るでしょ? ほら、さっさと働く!」

「うえぇ」


 男子と女子で分かれて、それぞれ忙しく立ち働く。ちなみに同じ女子組のはずの猫のノアさんは、カイが広げた折り畳み式のチェアに飛び乗り、優雅にお昼寝中だ。

 スライムのシアンは自身の分裂体を回収して合体し、今はのんびりと揺れながら、ノアさんの近くで寛いでいる。


「テントはここらへんでいいかな?」

「うん、なるべく階段寄りの場所がいいと思います。安心して眠れそう」


 セーフティエリアとは言え、ギリギリの場所に設置は確かに落ち着かないかもしれない。

 場所を決めて、【アイテムボックス】からゲル風の大きなドームテントを取り出して設置する。狙った場所にピタリと置けると気分が良い。

 ちゃんと庭で組み立てた状態で出し入れが可能だと分かり、ホッとする。

 この大きさの天幕をダンジョンキャンプの度に組み立てるのは、とても大変そうなので。


「さて、中はどうしようね?」


 ドームテントの中は広々としているが、下は何もない。地面が見える。

 簡易ベッド──コットで眠るつもりなので別に下が地面でも問題はないが、どうせなら寛げる空間にしたい。


「とりあえず防水を兼ねて、ブルーシートを敷こう!」


 ブルーシートは大量にある。

 蔵の中に折り畳まれて眠っていた。田舎あるあるで、花見の際や田植えの後に集まって宴会をする際に、レジャーシート代わりに使っていた品だった。

 親戚やご近所さんが集まり、庭や空き地などでご馳走とお酒を持ち寄って騒いでいた時代の名残りだ。

 若い人が田舎から離れて、親戚やご近所さんで集まることも減って、使わなくなってしまったブルーシートを再利用する。


「この上に毛皮でも敷きます? ラビットファーだと座り心地最高ですよ」

「晶さん、それは売り物だしもったいない……! 蔵で眠っていたのとか、家じまいで回収してきたラグやカーペットを使いましょ?」


 触り心地の良いラビットファーの誘惑には心が揺れるが、あれは売れ筋の人気商品だ。

 キャンプ用の小道具にするには勿体なさすぎる。


 回収したラグやカーペットは晶さんの光魔法の【浄化】のおかげで、新品同様に綺麗になっていた。入り口の靴を脱ぐスペース以外は、せっせとカーペットを敷いていく。

 中央付近にこちらも回収して綺麗にした四人掛けのソファセットを置いた。

 その下には高級そうなラグを敷く。


「ソファにクッションは必須ですよね!」


 笑顔の晶さんがラビットファーをカバーにした、贅沢なクッションを四つ並べた。

 うん、クッションはあった方がいいけども!


「フカフカで気持ち良い……」


 さわさわと撫でると、とても心が落ち着く。寛ぎスペースだから、これはありかもしれない。

 ぼんやりとクッションを撫でていると、いつの間にかノアさんが寄って来ていた。


「ニャア」

「ノアさん?」


 ちらりとこちらを一瞥すると、ひょいっとソファに飛び上がり、ラビットファークッションにどっしりと寄り掛かって目を瞑った。


「さすがノアさん。快適な場所を見付けるのが得意なニャンコ……」

「あのクッションお気に入りなんですよね。そのうち、ラビットファーでキャットタワー作っちゃいましょうか?」

「むちゃくちゃ高額なキャットタワーになりそうだけど、ノアさんは喜ぶだろうね」


 いっそ猫ブームに乗っかって、高級キャットタワーで売り出すか?


「ミサさん、コット並べましょう。四隅に離した方が落ち着いて眠れますよね?」

「あ、そうだね! そうしよう! 着替えとかは交代ですれば良いかな」

「ああ、その問題がありましたね。じゃあ、目隠し用のパーティションをぱぱっと作っちゃいましょう」


 それは、ぱぱっと作れるレベルの品なのだろうか。疑問に思う間に、請われるまま渡した素材を使って、晶さんはぱぱっとパーティションを四個、錬金スキルで作ってしまった。

 木材とカーテンが大活躍だ。

 

「すごい……。ちゃんとコットも隠れるから、寝顔や寝相も気にしなくて済むし、着替えも出来る。さすが晶さん!」

「ついでに外にトイレも作って来ますね」

「あっあっ、それは大事……!」


 慌てて晶さんの後を追いかけて、テントからも調理場からも離れた場所に仮設トイレを設置した。

 これは農業用の簡易トイレで、こちらも家じまいの際に回収していた物だ。

 晶さんが浄化でピカピカに磨き上げ、錬金スキルで壊れた箇所も直してくれたので、きちんと使えるようになった。

 下水道がない場所にも設置できるし、ちゃんと洋式で簡易水洗トイレなので、使いやすい。


「トイレの隣に手洗い場だけ作っておこうか」

「ああ、私は浄化が使えるけど、皆は手洗い場が必要ですもんね」


 木材で簡易シンクを作り、水道の代わりにウォータータンクを置いた。20リットルは入るサイズなので、手洗い用には充分だろう。

 水魔法でタンクの中身をいっぱいにして、トイレと洗面所はどうにかなった。

 トイレットペーパーを補充し、ウォータータンクの側に手拭き用のタオルを何枚か重ねて置く。


「うん、いい感じね。設置も終わったし、料理の手伝いに行こうか?」

「はーい……」


 あれだけ器用な晶さんだが、どうしてだか料理だけは不得意なのが不思議でしょうがない。


「お皿並べたり、飾り付けしたりを手伝おっか?」

「! はい、がんばります!」


 ぱっと顔を輝かせる晶さんの笑顔が眩しい。

 奏多さんの助手は私が頑張ろう、と心に誓いながら、二人で仮の炊事場に向かった。

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