第42話 ボア肉料理 1


 その日は朝から皆、浮き足立っていた。

 依頼のあった民家の片付けが一件、これは午前中に向かう予定。

 午後からは事務所待機。溜まった事務処理に集中して、夜にはお待ちかねの宴会だ。

 

「楽しみですね、ボア肉」

「ね! カナさん、何を出してくれるんだろう?」


 畑のど真ん中で、晶さんとにこやかに話し合う。

 ちなみに甲斐は鶏小屋で卵を回収している。

 回収作業が終われば、晶さんが鶏小屋を光魔法で綺麗にするのだ。


 私はスライムのシアンに野菜の収穫と箱詰め作業をお願いしている。

 統率しているシアンにお願いすれば、それらの指示はすべて十五匹のスライムに伝わるらしい。


「うん、野菜は全部収穫してくれる? 箱詰めする以外の物は【アイテムボックス】に収納しておくから」


 庭の畑で育てている野菜を十五匹のスライムが全て収穫し、発送分を箱詰めすると、次はビニールハウスに移動する。

 ビニールハウスでは夏野菜やいちごを栽培していた。この季節の、少し早めの夏野菜はもちろん人気だが、我が農園のいちごもかなりの人気を誇っている。


「んー、すっごく甘いです。幸せ……」


 一粒つまんで口に放り込んだ晶さんが、うっとりと笑み綻んでいる。

 釣られて私もいちごを摘んだ。宝石みたいにぴかぴかのいちごは香りも良い。

 ヘタを摘んで、赤い果肉を頬張ると瑞々しい果汁が口中に溢れた。ほんのりとした酸味とそれを塗り替える甘さに自然と顔が綻んだ。

 これが野菜扱いだなんて、未だに信じられない。


「ほんと美味しいですよねぇ。水分たっぷり、糖度も高い。ノーブランドのいちごさんなんだけど」


 いちごの実はかなり大きく育っている。一口では食べきれないほどで、てのひらの半分はある。

 贈答用のブランドいちごとして開発された物と比べても遜色のない出来栄えだ。

 一粒が五百円クラスと言われるブランドいちごに良く似た大きさのうちのいちごは、五粒入った1パックを千円で販売している。


 甲斐などは「もっと高く売ればいいのに」と言うが、向こうはブランド品。

 こっちはホームセンターで投げ売りされていた苗から育てた庶民派いちごなのだ。

 魔力を含んだ水とポーション、ついでに晶さんの光魔法とノアさんの土魔法のおかげで素晴らしく育った、いちご。

 しかも収穫した後にポーション混じりの水魔法を与えると、ダメージ判定されたいちごは再び実るのだ。完熟した状態で。

 オールシーズン毎日いちご採り放題である。

 最初に買った苗の代金なんて秒で取り戻せた逸品です!


「元手もほぼ掛かっていないのに、高値をつけるのは申し訳ないよ……」

「ふふ。ミサさんは優しいですね。まぁ、私は美味しいいちごをたくさん食べられたら、それで良いんですけど」


 甘いミルクを舐める子猫のように、晶さんは幸せそうにいちごを味わっている。

 この笑顔を見たくて、いちご畑を三倍に拡張して良かった、としみじみ思う。


 栄養たっぷりでとっても美味しい野菜の売れ行きは順調だし、クチコミでかなりの評判を呼んでいるいちごも同じく大人気。

 ほぼ初期投資のみで稼げているので、実はうちの会社は農園関係だけでも、かなり安泰だったりする。


 ちなみに晶さんの作品は販売代行の手数料を一割だけ貰い、売上げは彼女の口座へ振り込んでいる。

 甲斐が一人で受けている力仕事関係の依頼料もきちんと彼の口座へ送金している。

 皆で出向くゴミ屋敷の片付け等の依頼は参加した人数で頭割りして、ボーナスに回す予定だ。

 これが意外とバカにならない金額だったりする。


「食費もほぼ自給自足だし、仕事が楽しいから、遊ぶ暇もなくて。貯金がどんどん貯まっていく……」


 嬉しいけれど、ちょっと怖い。

 反動で無駄遣いはしないように気を付けよう。

 甲斐に呼ばれて、晶さんが鶏小屋に向かった。鶏小屋ではノアさんが甲斐の肩に乗って彼女を出迎えているのだろう。

 明るい笑い声が聞こえてきた。


「さて、箱詰めも終わったし、自分たち用のいちごも収穫済み。ポーションの水やりをしたら、出掛ける準備をしなくちゃね!」


 お馴染みの宅配業者に、発送する荷物を預ければ、今日は牧場が休みの甲斐も参加しての「家じまい」依頼に出掛けるのだ。

 十軒以上片付けて、要領も分かってきたため、最近は二時間以内に撤収出来るようになった。

 依頼料は一律、十二万円。四人で割ったら三万円のボーナスだ。時給一万五千だと思えば、かなりの高給。


「まぁ、ゴミ屋敷の片付けは気が滅入るけど、宝探し込みだと思えば楽しいかな?」


 ゴミの山から宝物を発掘する楽しさは筆舌に尽くし難い。単純に汚部屋が綺麗に片付いていく様を眺めるのも面白かったりする。

 何より、依頼主に感謝されるのが嬉しい。


「さ、今日もお家を綺麗にしましょうか。夕食のボア肉料理を心の支えにして」


 


 そうして、お待ちかねの夕食の時間。

 明日は牧場も休みで、更に『猫の手』も定休日! これはもう宴会をするに決まっている。

 ボア肉は四階層で三時間以上頑張ったおかげで、塊肉だけで二十個以上あるのだ。


 この日は狭いダイニングでの食事を諦め、納屋と庭でボア肉を楽しむことになった。

 奮発して購入した業務用のバーベキューコンロでワイルドボアの焼き肉を堪能する。

 炭火、ガス兼用のコンロだが、せっかくなので炭火で食べることにした。


 火加減は甲斐に任せて、お酒の準備をする。

 今日は焼肉の予定なのでビールをたくさん【アイテムボックス】から取り出した。タライいっぱいの氷の山に瓶ビールを次々と突っ込んでいく。


「福引きで当てたクラフトビールの詰め合わせ、初出し! どんな味か楽しみだなぁ」

「缶ビールは冷蔵庫にもいっぱい入っているし、カクテルも飲みたかったなら、久々に腕を振るうわよ?」

「カナさんのカクテル! もちろん飲みたいです!」


 納屋ではノアさんがソファでゆったりと寛いでいる。彼女の前には、もちろん特製のシシ肉が捧げられていた。

 猫用減塩かつおぶしで出汁を摂り、じっくりと茹でたボア肉を食べやすいようにカットしてある。

 足元ではスライムのシアンがボア肉入りの野菜炒めを美味しそうに消化していた。

 

「焼き肉の他にも、豚汁ならぬボア汁を用意しているわよ。味噌味なんだけど、口に合いそう?」

「もう匂いだけで美味しいって分かるやつ……!」

「デザートの枇杷ビワゼリーも冷蔵庫に入れておいたよ、カナ兄」

「ありがと、アキラちゃん。もっと時間があったら色々作ったんだけど……」

「充分だと思う」

「そうですよ、カナさん! 明日は休みだし、それにこれからもずっとボアは狩るだろうから」

「カイさんが嬉々として……」

「うん……」


 鹿肉の時もそうだったが、今回のイノシシ肉はさらに目の色を変えていた。ここしばらくは、ボア狩りに付き合わされるだろう。

 三人でちょっと遠い目をしていると、庭から甲斐の呼び声が聞こえた。


「おーい、肉が焼けたぞー!」


 慌ててビール瓶を抱えて、庭に向かう。

 楽しい楽しい焼き肉の宴が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る