第41話 四階層へ


 四階層も三階層に引き続き、森林フィールドだった。

 新しいフロアに挑戦する際には四人が揃ってから、を約束しているため、今日は全員で四階層にチャレンジ中だ。

 ちなみにノアさんとシアンは一階層でお留守番。

 甲斐は下層へ続く階段を降りるなり、うきうきしながら周辺を見渡している。


「二階がウサギ、三階が鹿。四階層は何が出るんだろうな」

「森に生息する動物と言えば……」

「待て、何かの気配がする」


 身体強化中の甲斐は五感が飛び抜けて鋭くなっている。しばらく静かに耳を傾けていたが、ふと顔を上げて日本刀を構えた。


「来るぞ」


 慌てて薙刀を構え直す。

 晶さんも油断なく短槍を握り締め、奏多さんは後方で矢を番えた。

 その頃になると、私にもその音は聞こえていた。枯れ枝や地面を踏み締める荒々しい足音。

 緑深い木々の間から、そいつはぬっと鼻先を突き出した。


「来た……!」

「あれは、でっかいイノシシ……⁉︎」


 ヒュッ、と鋭い風の音が背後から伸び、巨大なイノシシの魔獣が悲鳴を上げた。


「ワイルドボアね。鑑定によると、すっっっごく美味、らしいわよ?」


 素晴らしい腕前でワイルドボアの片目を射抜いた奏多さんが、悪戯っぽくウインクしてくる。

 すっっっごく美味、とぼそりと繰り返した甲斐がそれはそれはキラキラとした眼差しを、怒り狂っているワイルドボアに向けた。


「っしゃあ! やる気でた!!」


 気合いを入れて叫び、同時に駆け出す。

 ワイルドボアも怒りのままに突進してきた。

 迎え撃つ甲斐とは別に、私たちはイノシシの魔獣の進路からパッと身を翻す。

 散り散りに逃げる三人が視界に入ったのか、ワイルドボアが一瞬だけ戸惑ったように見えた。


 その隙を見逃さず、甲斐は頭上に日本刀を叩き付ける。ガツン、と固い音が響き、ワイルドボアは駆け出した勢いのまましばらく突進し、やがて前のめりに倒れた。


「肉! 出ろ、肉……!」


 一撃でワイルドボアを倒した甲斐は、今は祈るような眼差しで死骸を見据えている。

 もちろん私たち三人も一心に祈った。


「お肉……! 美味しい美味しいシシ肉かもん!」

「ボタン鍋……、いえ、まずは焼肉で味わうのも良いかしら?」

「美味しいお肉! ダメでも毛皮や牙は欲しい……!」


 不純ながらも強い願いが届いたのか。

 ワイルドボアはひと抱えはありそうな大きさの肉と魔石をドロップして消えた。


「やったー! 肉だー!」

「すごいね、おっきいね! こんな立派なシシ肉が食べられるなんてっ! 今日は宴だー!」


 キャッキャと甲斐と二人で喜び合う。

 奏多さんはドロップした肉を拾い上げて真剣な表情でメニューを考えているようだ。

 晶さんはどことなく残念そう。お肉よりも新素材が気になったのかな?


「今まででいちばん大きな魔石ね」


 黄土色っぽい魔石を拾い上げる。昔ながらの飴と良く似ていた。舐めたら甘そう、と同じイメージを抱いたらしき甲斐の感想に、奏多さんが呆れた表情を浮かべる。

 

(口にしないで良かった……)


 甲斐を生贄にして、私は賢く口を噤んだ。肉と魔石を【アイテムボックス】に収納する。

 あれだけ大きな魔獣とは正面からはぶつかりたくないなと思いながら、甲斐を先頭に森の中を進んで行った。


 今日のところは四階層の下見がメインだ。

 森は地図を作りにくいが、大体の方向と距離を把握するだけでも、後々とても役に立つ。

 晶さんが目印にオレンジ色のリボンを枝に結びながら歩いていく。地図を書くのは私の役目だ。

 奏多さんは油断なく最後尾から目を光らせてくれている。ふいに、甲斐がすんすんと鼻を鳴らした。

 足を止めて、周囲を見渡している。


「どうしたの?」

「甘い匂いがする。どっかで嗅いだことがあるんだけど、何だったかな」

「三階層のラズベリーみたいに、甘い果実が実っているのかもですね」


 嗅覚も鋭敏化している甲斐と違って、私たちには甘い香りは分からない。

 晶さんの言葉に、甲斐は大きく頷いた。


「多分そうだ。これは絶対に美味い果実だろうし、その果樹の傍で見張っていたら、またボアが狩れるんじゃないか?」

「悪くない考えね。待ち伏せ作戦でいきましょ」

「はーい」

「私は倒せるか不安だから、木の上で待機しておきます……」


 晶さんは先ほどのワイルドボアが少し怖かったようだ。たしかに、普通のイノシシでも恐怖を覚える対象なのに、ワイルドボアは2メートルサイズなのだ。


「確かに不安ですね。なるべくすぐに逃げられる位置を確保しとかなきゃ」

「ミサちゃんは水魔法で撹乱したら良いわよぉ? とりあえずイノシシが現れたら、私が目を潰すから安心してね?」

「おお…! カナさん、ますます腕が上がってません?」

「実は風魔法で少しばかり軌道修正のズルをしているのよねぇ。威力も上がるし、武器と属性魔法は相性によっては巧く使えそうよ」


 そんな技があったとは。

 薙刀と水魔法では全く思いつかないが、何か攻撃法を考えておこう。


「あ、じゃあ私もとりあえず目潰しの光魔法を頑張りますね。見えない相手なら攻撃し放題ですし!」


 晶さんが楽しそうで良かった。

 目潰しと撹乱作戦をとりあえず頑張ろう。余裕があったら、薙刀で切り裂きたい。


「なんだか物騒な会話だな」

「作戦会議って言って! で、方向は分かった?」

「ん、分かった。あっちだ」


 甲斐が指差した方向へ警戒を緩めずに進んで行く。身長より高い木々が鬱蒼と茂る森の中は、いつワイルドボアが現れてもおかしくない雰囲気だ。

 歩くこと五分、甲斐の言う甘い匂いが私たちにも届いた。懐かしい匂いだ。もうすぐ旬の美味しい果実。


枇杷ビワの実だったんだ」


 黄橙色おうとうしょくをした卵型の果実は今がちょうど食べ頃なのだろう。

 甘く蠱惑的な芳香を放っている。


「あー…いい匂い。これはイノシシも溜まったもんじゃないわね。熟して落ちた実を狙ってやってくるはず」

「お、さっそく来たみたいだ」

「わわ、ちょっ待っ……!」


 慌てて水球を作り出して、琵琶の木の陰に隠れて待機する。

 晶さんは素早く手近な木によじ登っていた。

 奏多さんは甲斐が指差す方向に矢を向けて待機している。響く足音は──1つじゃない?


「二頭だ」

「右をやるわ!」

「じゃあ俺は左だ!」

「皆、目をつむって」


 晶さんの一声に、私たちは慌ててきつく目を閉じた。目蓋ごしにも分かるほどの、激しい閃光が炸裂する。


「ピギャアアア!」


 直撃したワイルドボア達は、刺すような痛みに悲鳴を上げている。その隙に真っ先に立ち直った奏多さんが弓を連射した。

 両目を深く射抜かれた右側のワイルドボアが地面に倒れたところで、水球をぶつけた。

 虫の息を完全に止めるため、頭部を水で覆って窒息を狙う。ビクン、と痙攣した後でワイルドボアはドロップアイテムに変化した。


「っしゃ!」


 甲斐は炎を纏わせた刀でワイルドボアの四肢を切り裂き、地面に倒れたところで首を落とした。

 相変わらずの力技だ。

 

「あ、毛皮と牙が出ました!」

「こっちは肉だぜー」


 ドロップアイテムに一頻ひとしきり盛り上がった後は、ビワ狩りだ。

 男性陣が見張り役で、私と晶さんの二人でせっせとビワを収穫していく。

 購入すると、意外とお高いビワをたくさん食べられることが嬉しくて、自然と口許が綻んでいた。


 もちろんイノシシ料理も楽しみだ。

 あいにく今は午後十時頃。軽い夜食のみになるだろうけれど、きっと明日は奏多さんが腕を奮ってくれるだろう。


「ビワのゼリーも作っちゃいましょうか?」


 晶さんが嬉しそうに耳打ちしてきたのに、私は大きく頷いた。

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