第39話 土魔法
あれから家じまいの相談が三件、ゴミ屋敷の片付け依頼が二件入った。
一週間で五件、なかなか繁盛していると思う。
ダンジョンアタックや趣味の仕事が忙しいので、週に二、三件の依頼がちょうど良いのだが、仕事が頂けるのはありがたい。
牧場勤務がメインの甲斐は週休二日制だ。
残念ながら、三人で片付け現場に向かうことが多くなった。手慣れた今では、三人でも巧く回せていると思う。
家じまいは大抵が家具や荷物も丸ごと処分で、と依頼されるので楽だった。
現場ではひたすら【アイテムボックス】に収納し、晶さんに【浄化】をお願いすれば良いからだ。
処分は家に戻ってからすれば良いので、のんびりと片付ければ良い。
ゴミ屋敷の場合は、ゴミと荷物をその場で仕分ける必要がある。
どちらにせよ清掃もセットなので、部屋の中身をまるっと【アイテムボックス】に放り込み、部屋を浄化後に家具類を再設置しなければならない。
ゴミは廃棄、荷物は元に戻す。この仕分け作業が一番面倒だった。そのため、早々に依頼料を値上げした。一律十二万から二十万に。
それでも依頼はそこそこ入ってくるから驚きだ。
「ゴミ屋敷は家じまいと違って、あまり良い物が発掘されませんねー」
「そうねぇ。ゴミに埋もれていると、ゴミばっかり買っちゃうのかもしれないわねぇ」
事務作業を片付けながら、思わず愚痴ってしまった。疲れ切っているらしき奏多さんも珍しく口が悪い。だが、気持ちは分かる。
ゴミだと判断し、処理した物をゴミではなかったと言い張る住人がいるのだ。
なので、こちらも契約書をきっちりと交わすことにした。もちろん立会い不要、明らかにゴミと判断した物はこちらの判断で破棄。
消費期限が過ぎた物、破損した物、空き箱や空き缶、紙袋類も問答無用で破棄します。
生物は当然、紙の類も破棄するので重要な書類は先に確保しておくこと等。
丁寧に念押しをして、依頼をこなしてきた。
「ちゃんと書面に残して契約してからは、文句も言わなくなりましたよねー」
「そうね、クチコミの力は凄いわよね」
うふふ、と奏多さんと笑い合う。
一度、片付けを終えた後に文句を言ってきた相手がいるのだ。
ゴミじゃない、大切にしていた物を勝手に捨てた、と。ごねて支払わずに逃げようとしているのは明白だった。なので、にっこりと笑顔で対峙した。
「じゃあゴミごと元に戻しますね?」
ぶちギレて、収納していたゴミを再び部屋に戻してあげた。
山盛りのゴミに埋もれた、さっきまでは綺麗に片付いていた部屋を呆然と眺めていた元依頼主は、結局立ち去ろうとした私たちに泣きながら縋り付いて、上乗せした料金を支払ってくれた。
「あの一件が面白おかしく伝わったおかげで、
「モンスタークレーマー、ほんと勘弁して欲しいですよね。まぁ、うちは泣き寝入りしませんけど」
「うふふ。うちの社長はカッコいいわぁ」
「ありがとうございます。ホワイト職場がモットーなんで!」
とは言え、最近は多忙すぎる。
寝起きにポーションを飲めば疲れも睡眠不足も吹っ飛んで、朝から元気に動けるけれど、あまり褒められた方法ではない。
「野菜の注文も大口が増えたから、畑を広げたいんだけど、甲斐も忙しそうなんだよね……」
力仕事と言えば、甲斐。
畑の拡張や山の手入れに薪割り諸々を頼んでいたのだが、便利屋『猫の手』の仕事で、甲斐を指名した依頼も増えてきているのだ。
やはりどこも山の管理が人手不足らしく、若くて力持ちで気は優しく、さらにフットワークの軽い甲斐は大人気だった。
「お願いしたら睡眠時間を削ってでも手を貸してくれそうだけど、申し訳なくって」
ふぅ、とため息を吐くと、奏多さんが傍らで丸くなっているノアさんを見下ろした。
ふかふかの座布団を占領し、気持ち良さそうに眠っていたノアさんが片目を開けて、ちらりとこちらを見上げてくる。
「……それ、適任な子がココにいるんじゃなくて?」
「あっ……土魔法!」
そう言えば、ノアさんは土魔法を授かっていた。物言いたげなノアさんの様子に、慌てて【アイテムボックス】から、高級おやつを取り出した。
高級魚ノドグロの削り節だ。人間のお酒のお供にもなりそうな、良いお値段がしていた代物である。
それをそっとノアさんの前に差し出した。
「ノアさん、畑作りを手伝ってくれませんか! お駄賃はこのオヤツで!」
「ふみゃああん」
欠伸混じりの返答だ。ゆったりと尻尾をふりふり、ノアさんが座布団から立ち上がる。
ご主人がいくなら我も! とばかりに、段ボール箱で休んでいたスライムのシアンも飛び出して来た。
「ありがとう、ノアさん! シアンも手伝ってくれるの? ありがとね」
「面白そうだから、私も一緒に行くわ」
そうして二人と二匹で畑に出掛けたのだった。
「──で、こんなに一気に畑を広げることが出来たんだ? ノアさん凄ぇな……」
「私もビックリだよ。土魔法、本当に便利すぎ!」
「しかも、明日の分の野菜の収穫、シアンが一匹で終わらせてくれたって?」
「そうなのよ。私が収穫をしているのを横で見て覚えたみたいで。野菜も傷なく綺麗に収穫してくれて、二匹とも天才!」
牧場仕事から帰ってきた甲斐を畑で出迎えて、興奮気味に語ってしまった。だって、本当に凄かったのだ、二匹の働きぶりが!
ノアさんに「ここらへんの土を畑に出来るように、ふかふかにしてくれたら嬉しいなー?」とふんわりと願いを口にしたのだが、ノアさんはきっちりと仕事をこなしてくれた。
可愛らしい前脚をぽて、と地面に置くや否や、モコモコと土が膨れ上がり、まるで生きているかのようにダンスを踊ったのだ。
ひとしきり、うねうね蠢いていた土が落ち着いた頃には畑が出来上がっていた。
ふかふかの柔らかな土具合はもちろん、なんと頼んでもいなかったのに、畝まで出来上がっていた。
ノアさんは天才。知ってた。
調子に乗って、あそこも、ここもとお願いしてしまい、畑の広さが二倍になってしまったが。土地だけは広いので、そこは気にしないことにする。
せっかくなので、【アイテムボックス】に収納していた野菜の種を奏多さんと二人で植えていった。
ポーション入りの水魔法のシャワーでたっぷりと地面を湿らせておいたので、明日には芽を出してくれるだろう。
泥まみれになったついでに、明日発送する予定の野菜も収穫しているとシアンが手伝ってくれたのだ。
「うちの子たち、有能過ぎない? ノアさんは鶏も躾けてくれたし、ダンジョンアタックも手伝ってくれた上に土魔法で畑作りまで!」
「シアンもダンジョンでドロップ品集めを手伝ってくれてるし、生ゴミ処理に野菜の収穫も出来るもんな。特別手当がいるな、こりゃ」
からりと笑う甲斐に、足元にいたノアさんが当然だとばかりに「ニャオン」と鳴く。
シアンも触手のような両手を二本突き出して、おねだりのポーズだ。
「そうだね、シアンにもご褒美がいるよね。じゃあ、奏多さんのとこに行こっか。うさぎ肉料理を分けてもらおう!」
「俺も小腹が空いたから分けてもらおっと」
シアンを抱っこして家へ向かう。
靴を脱いでそのままキッチンに向かおうとしたところ、シアンに引き留められた。
「ん、どうかした? 靴箱の上のそれが気になるの?」
伸ばした触手が靴箱の上に飾っていた、スライムの魔石入りのガラス瓶をつん、と突いている。
「ひょっとして、その魔石が欲しいのか?」
「頷いてる……。え、ほんとに? これが欲しいの?」
ポーションは重宝しているが、魔石は実は持て余している。
その内、何かに利用できるかも、と取って置いてあるだけで、今のところはシーグラス代わりに飾っているだけなのだ。
「うーん…。スライムの魔石ならそれこそ大量に余っているし、あげてもいいよね?」
「いいだろ。たぶん数千単位の在庫があるんじゃね?」
「あー…。そのくらいあるね。うん、じゃあ、この魔石はシアンにあげるよ。今日はありがとね」
にゃう、と後から歩いてきたノアさんが鳴くと、シアンは嬉しそうにガラス瓶を受け取った。
そうして、中身の魔石をざらりと床にぶち撒けて、ゆっくりと取り込み始めたのである。
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