第38話 スライム
「スライム……と言うか、モンスターって食事をするのかな?」
首を傾げていると、晶さんが鹿肉を指差した。
「食べてましたよ、ワイルドディア。三階層のラズベリーを」
「あ、あっ、そうだった……! そう言えば、食べてた!」
ラズベリーは大きな角を持つ鹿型のモンスターの好物だ。ラズベリーの群生地で待ち構えていたら、のこのこと油断して現れるため、狩り放題だったことを、すっかり失念していた。
「じゃあ、スライムも食べることは出来るんだ……。フィクションの世界では何でも消化するイメージだけど」
「とりあえず、野菜屑をあげてみましょ」
キッチンで黙々と野菜の下処理をしていた奏多さんからの提案。
根菜類の皮をスライムにそっと差し出してみる。薄い水色のスライムは戸惑ったように揺れて、ノアさんを伺った。
ノアさんは「ニャッ」と短く鳴いた。
猫語は分からないけれど、何となく「食べなさい」と言っている気がする。
「あ、食べてる……」
「ほんとだ。食べていると言うか、体内に取り込んで消化しているのかな?」
シュワシュワと小さな音を立てながら、野菜の皮は消えていく。不思議な光景だが、面白い。
スライムも何となく嬉しそうだ。
「意外とかわいい、かも?」
「かわいいですね……。ノアさん、スライムさんを触ってもいい?」
晶さんがノアさんの喉を細い指先で撫でながら伺うと、みゃあんと可愛らしい返答があった。
どうやらOKがもらえたようだ。
嬉々として、晶さんはスライムを触った。
指先でつん、と
「ひんやりしていて、気持ち良いです。水風船みたいな弾力があって面白い」
「ノアさん、私も触りたい! 触ってもいいかな?」
ふすん、とノアさんが鼻を鳴らす。
ちょっと呆れているようだ。了承をもらえたようなので、喜び勇んでスライムに駆け寄った。
「ノアさん、スライムさんにも名前を付けてあげない? せっかくテイムして仲間になったんだし」
ぱたぱたと面倒そうに尻尾が振られた。
晶さん曰く、これは「好きにしたら?」と言っているらしいので、二人で名前を考えた。
幾つか候補を出して、ノアさんにプレゼンする。
結果、薄水色のスライムさんの名前は「シアン」に決定した。体色がシアンブルーに近かったので、そこから採った名前だ。
「よろしくね、シアン」
ふるり、と嬉しそうに震えるスライムには野菜の切れ端の他、おにぎりも与えてみた。
どちらも消化していたが、野菜の方が好きそうだ。魔力を含む水やポーションで育った野菜の方が、スライム的には美味しいのかもしれない。
「生ゴミも処理してくれるから、とっても助かるわ。シアンちゃん、よろしくね?」
テイムしたとは言え、モンスター。
夜の間はダンジョン内で待機してもらうつもりだったが、すっかり情が湧いてしまった。
居間に段ボール箱を置いて、そこを仮のベッドとして与えてやる。
ノアさんの仲間だと、私たちのことをちゃんと理解しているようで、大人しく言うことを聞いてくれた。とてもかわいい。
鹿肉のヒレカツは絶品だった。
濃いワイン色の肉は麺棒で叩いて伸ばし、
塩、胡椒を叩き込み、醤油と生姜、砂糖とガーリックのタレに漬け込み、パン粉でからりと揚げた。
他の味付けも試してみようと、奏多さんはパン粉に香草──バジルやオレガノを混ぜた物を使ったり、チーズを挟んで揚げたりと、色々な味付けのカツを作ってくれたのだが、どれも美味しかった。
「チーズ味のカツ、うめぇ…! これ、サンドイッチにしても絶対に旨いと思う」
「私は醤油ダレに漬け込んで揚げたやつが好きだなぁ。ちょっと竜田揚げっぽくてご飯がすすむ。タルタルソースも合うし」
「チーズ味のカツも美味しいよ、カナ兄。これは定番メニューにして欲しいかも」
かなりの量を揚げていたけれど、ぺろりと平らげた私たちを奏多さんは嬉しそうに眺めている。
「それだけ喜んで貰えたら、作り甲斐があるわ。ほら、野菜もちゃんと食べなさい」
「はーい」
我が家の野菜は美味しいので、もちろん誰も残したりはしない。
春キャベツを使ったコールスローサラダ、新玉ねぎを丸ごと使ったクリーム煮。アスパラとうさぎ肉のバター炒め。
トマトとモッツァレラのカプレーゼはシンプルだけど、お酒がすすむ神メニューだ。
筍の土佐煮とふきの煮付けはご近所さんならの頂き物らしい。しゃきしゃきとして美味しい。
冷えたビールをお供にした、賑やかな晩餐。
一人暮らしも気楽で良かったが、気の合う仲間とのシェア生活はとても楽しい。
ノアさんは奏多さんの手作りディナーに舌鼓を打っている。今夜はうさぎ肉の他に、鹿肉もほんの少し与えているようだ。喉を鳴らしながら堪能する様から、彼女が満足しているのが良く分かる。
スライムのシアンが背後でぷるるっと揺れているのは、おこぼれを期待しているのだろうか。
「共食い、にはならないわよね? 貴方も食べてみる?」
奏多さんがうさぎ肉の切れ端をそっと差し出すと、待ってましたとばかりに飛びついてきた。
うん、野菜の時よりも揺れが激しい。
美味しさに感動している?
「……気に入ったみたいね」
「シアン、お肉をたくさん食べたいなら、お手伝い頑張ってね?」
みよん、と上下に揺れるシアン。
頷いたらしい。やる気があるのはありがたい。
ダンジョンでドロップ品を拾うのは地味に面倒なので、シアンの働きには大いに期待している。
食べ終わったノアさんがくわっと欠伸をして、伸びをした。
「先日の家じまいのお仕事、先方さんがすごく喜んでくれたわよ」
「そう言えば、動画も好評みたいですね」
事務関係は私が担当しているけれど、接客は奏多さんが率先してこなしてくれるので、とても助かっている。
さすが、元売れっ子バーテンダー兼雇われ店長。人を惹きつける話術で、すぐにお客さんと距離を縮められるのは社会人として見習いたいスキルだ。
仕事場ではいつもの女言葉を封印しているので、人当たりの良いイケメンぷりで男女問わず懐柔する様はさすがとしか言えない。
「クチコミも好評よ。知り合いに紹介してくれたみたいだし、しばらく忙しくなるわよぉ」
「市内限定でも結構依頼が来るものなんですね。意外です、こんな田舎なのに」
「田舎だからでしょ。家じまいする人、増えたもの」
「仕方ないけど、寂しいですよねー」
田舎を離れた若い人たちが相続した家を持て余して手放すのは、よくある話だ。
仕事を辞めてまで田舎に戻る人は少ない。
管理費用や税金だけ掛かる負の遺産として放置するよりも、売り払おうと考えるのは当然のことだろう。
「でも、最近は中古物件を安く手に入れてリフォームする人たちも増えているから、そのお手伝いと考えたら、悪くない仕事よね」
奏多さんは前向きだ。
どうも、先程の電話は先日の依頼主からで、家じまいした建物がすぐに売れたらしい。
片付けと掃除費用がかなり抑えられたのでその分値引きしたところ、良い出会いがあったようだ。
「若い人たちでね、自分たちでDIYでリフォームして暮らすんですって」
二階建てで、庭も広くて立地も悪くない。
建物もそれほど傷んでいなかったので、安く手に入ったなら、かなりお得な物件だろう。
売り主も建物を潰して土地だけ売るよりも、思い出の家ごと大切にしてくれる方が嬉しいはず。
「いい仕事しましたね、私たち」
「そうね」
奏多さんと目を合わせて、ウフフと笑い合う。
事務室として使っている居間でのんびりと事務処理をしていると、そう言えば、と奏多さんが続ける。
「そのお宅で回収してきた家電とか色々あったじゃない?」
「ああ、レトロ家電でしたっけ?」
「そ。メインは昭和の遺産ね。あれ、かなり良い値段で売れたわよ」
「えっ、そうなんですか?」
奏多さんが渡してくれたタブレットを覗き込む。有名なネットオークションサイトだ。マイページにある売買履歴にざっと目を通してみた。
「ほとんど完売していますね……」
「ビックリよね。特に昭和のレトロ家電はマニアの人が多いみたいで、出品するなり反応があったわよ」
晶さんのスキルのおかげで、家電類はピカピカに磨かれ、きちんと作動するようになった。
レトロモダンなデザインの家電はインテリアとして飾る人も多いが、使える物となると、更に価値が上がる。オークションに出品していたので、あれよあれよと値段が上がっていったらしい。
「他にもゲーム機やカード類、蔵にあったブリキの玩具もレア物だったらしくて、良い値段で売れたわ」
「わぁ、すごい! 蔵のガラクタがこんな金額に? 晶さんへのボーナス弾まなきゃ!」
新品と見紛うほどに綺麗な品なため、この価格になったのだ。晶さんには感謝しかない。
その他の本や着物類も纏めて専門店で買い取ってもらった。奏多さんの鑑定のおかげで、レアな品はオークション、その他は中古買取りショップへ回したのだ。そちらも品物の状態が良いとのことで、それなりの金額になった。
「四人で焼肉の食べ放題のお店に三回は行ける売上げですね!」
「分かりやすい喩えだけどね、ええ」
美味しいお肉ならダンジョンで獲れるから、焼肉屋に行くつもりはないけれど、そう数えると何となくやる気が出てきた。
「これからも売れそうな物は積極的に回収していきましょうね!」
奏多さんの【鑑定】、晶さんの【浄化】と【錬金】スキルがあれば、ゴミの山が宝の山に化けるのだ。
スライムのシアンもやる気を見せているのか、上下左右に揺れている。
生ゴミは任せろ、と言われた気がした。
*****
新作『召喚勇者の餌として転生させられました』始めました。
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