第19話 アルミラージ

 

 洞窟道から階下に降りたはずなのに、二階層には青空が広がっていた。

 見渡す限りの草原と雲ひとつない青空のコントラストにしばし見惚れてしまう。

 

「ミサ、魔物だ!」

「ふぇっ?!」


 甲斐の声に慌てて鉄パイプを構え直す。

 視線の先、三メートルほど離れた場所に、その魔物はいた。


「……角の生えた、うさぎ?」

「鑑定によると、アルミラージね」


 傍らに並んで同じようにバールを構えた奏多さんが教えてくれる。

 柴犬ほどの大きさの、ふわふわのうさぎには額に捻れた角が生えていた。

 凶悪そうな額の角をのぞけば、見た目はとても可愛らしい。毛並みもすばらしく、極上の手触りを味わえそうなふわふわ加減。

 ただし、目は真っ赤に染まっており、殺意もあらわにこちらを睨んでいる。


「かわい、…いや、こわい……?」

「落ち着け。どんなに可愛くても、あれは魔物だぞ。触ろうとしたら、あの角でぐさっとやられるぞ」

「分かってるけども!」


 スライムと違って、動物の──それも愛玩動物に似た姿なのは狡いと思う。

 動揺している間に、アルミラージはこちらを目掛けて突進してきた。


「ひゃ…っ!」


 慌てて一歩下がると、逆に前進した甲斐が金属バットを振り上げた。ガツン、と鈍い音が響き、耳障りな悲鳴が上がる。

 二度三度とバットを振り下ろす甲斐。

 やがて草原に横たわったアルミラージは光と共に姿を消し、ドロップアイテムを落とした。


「なんだ、これ……?」


 首を傾げる甲斐の後ろから、おそるおそる覗き込む。


「! まさか、それ……」

「待望の?」

「間違いないわね」


 それは、バナナの葉に似たものに包まれた、綺麗なピンク色の肉だった。

 大きさは片方のてのひらを広げたくらいか。1キロくらいはありそうだ。


「うさぎ肉……‼︎」

「何? マジか⁉︎」

「カナ兄、これは食用⁉︎」

「落ち着きなさい、欠食児童たち。……そうね、鑑定によると、アルミラージの肉、食用(美味)とあるわね」


 ふふ、と笑いながら奏多さんが云う。


「食用!」

「しかも、美味ッ!」


 うおおおっと皆で片手を上げての勝利ポーズ。

 待望のお肉ドロップきました! うれしい!


「こんなお宝を落とすからには、狩り尽くしてくれましょう!」

「意義なし!」

「そうね。うさぎ肉のレシピを調べるのが、今から楽しみだわぁ」

「……お前らさっきまで可愛いとか、可哀想って顔してたくせに」


 呆れたようにこちらを見てくる甲斐をじろりと睨み付ける。


「じゃあ、甲斐はこの美味しいの確定のお肉いらないの?」

「いる、絶対食う」

「じゃあ?」

「殲滅する勢いで狩り尽くしますっ!」

「よし!」


 見事に四人の意見が揃ったところで、あらためて草原フィールドを見渡した。

 足首ほどの長さの草では、アルミラージは隠れきれない。白や茶色や黒の毛皮がちらちらと草原のそこかしこから覗いており、丸見えだ。


「じゃあ、今日のお肉のために、頑張って狩りましょう!」

「おー!」


 最初の躊躇などかなぐり捨てて、四人はアルミラージに全力で向かっていった。

 普通のうさぎなら人の気配に怯えて逃げるが、魔物は逆に向かってくる。

 角の攻撃には警戒しなければならない。

 一応、ポーションはしっかりと確保しているが、なるべく痛い目にはあいたくないものだし。


「水魔法!」


 距離を取って、バレーボールほどの大きさの水の玉を作る。スライムには効果はなかったが、動物の姿を真似た魔物には効くはず。


「えいっ、窒息しちゃえ!」


 水の玉をぶつけるのではなく、顔を水で覆った。ガボゴボと苦しげに暴れる姿に、この攻撃が効いていることを確信する。


「とどめ、っと」


 そのまま溺死させてもいいのだが、時間がもったいない。

 駆け寄って鉄パイプの先端で喉元を差し貫いた。

 水責めでダメージを受けていたアルミラージはあっさりと光に還った。

 そうして、そこに残されたのは。


「えっ、なんで? お肉じゃない!」


 ぽとりと落とされたのは、さきほどのアルミラージの毛色の毛皮と、瞳と同じ赤色の魔石だった。

 どうやら、スライムと同じくドロップには当たり外れがあるらしい。


「こっちも毛皮と魔石だったぞ」


 がっかりした顔の甲斐がドロップしたアイテムを差し出してくる。


「私もお肉じゃなかったわ。あと、毛皮じゃなくて、角と魔石のドロップね」

「私は毛皮というか。これはうさぎの後ろ足…ですかね……?」


 晶さんがおずおずと差し出してきたのは、魔石と八センチほどの大きさの白い毛皮の後ろ足で。


「あ、あし……?」

「鑑定では、幸運のラビットフットとあるわね」


 興味深そうに覗き込む奏多さん。


「お守りですね。見たことがあります。以前にハリウッドスターが持っていて、ブームになってました」

「おお、幸運のお守り……」


 そう聞くと、触ってみたくなる。

 生々しい感じはなく、匂いもない。きちんと中身も処理された状態のドロップなのだろう。

 そう言えば、先程の毛皮のドロップアイテムもきちんと鞣されていた。


「幸運のお守りなら、これ持っていたら、当たりのドロップアイテム率が良くなるのか?」


 目をキラキラさせて聞いてくるのは甲斐。


「鑑定ではそこまで詳しくは分からないけど……」


 困惑する奏多さんを置き去りに、三人は顔を輝かせた。


「じゃあ、甲斐! まずはあんたが持って、うさぎ狩りよ! 目当てはお肉、ダメでもラビットフットを!」

「私も頑張ります。ラビットフットは帰宅してから、私が持ちやすいようにアクセサリーにしますね」


 本物の幸運アイテムを弄れることに、晶さんも目の色を変えてアルミラージを見据えていた。


「いた、うさぎ!」

「逃がすか!」

「おにく……!」


 かくして、二階層の草原フィールドは欠食児童たちの狩場へと姿を変えたのだった。


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