叩き潰す。叩き潰した。

エリー.ファー

叩き潰す。叩き潰した。

 殺した。

 殺してしまった。

 いずれ、殺す予定だったのだから仕方ない。

 しかし。

 やってしまった。

 肉片、血液、骨の欠片。

 臭いは、分からない。

 感覚が鈍っている。

 私は、血まみれのまま歩き始めるだろう。死にゆくものたちに敬礼をしながら、やがて興味を失うだろう。

 ありふれた言葉だけが、私を突き刺してくるのだ。

 無理が通ってしまう。

 私がいずれ時代を忘れてしまうまでに、積み上げるすべてである。

 今生の別れが必要ない。涙が見えなくなってこそ本物だからだ。

 完全からほど遠い時間を奪い去ってほしい。口を失ってまで歌うべき曲などないのだから。

 叩き潰し、叩き潰した。

 死をもって償わせる。などというありふれた言葉はいらない。

 死んでもらうだけでいい。償いという主義、主張、哲学、思想。そのすべてに価値がない。

 行動と現実、それのみである。



 殺した。

 殺してしまった。

 意外と気分は良かった。

 夢の中で刺殺。現実では社会的に抹殺。

 綺麗な空が広がるばかりである。

 充実した時間。

 悪魔を憐れむための情報を浮かび上がらせてから、流してしまった。もう二度と手に入ることはないだろう。風の音から詩柊。凍えるような夕暮れ。

 体の中を通る夏の風。

 この瞬間をずっと待っていた。

 君との間に生まれた橋が焼け落ちていく。

 一生に一度の世界。

 三千から零までを全て並べて、その上を滑空するような感覚。

 求めていたのだ。

 真実に至るのは、体が先だった。心はその後だった。気が付けば、随分と前に、私は立つことができていた。夢も叶えていた。

 でも、それが良かったのだ。

 分からなかったから、辿り着けた場所。

 現実と妄想が交差する広くて、透き通っていて、しかし、私以外には誰もいない大通り。

 何故、知られていないのだろう。

 何故、考えられないのだろう。

 何故、見つけられないのだろう。

「呼吸をしようかな」

 息を吸って、吐いて、風が吹く。

 緑と青が混じった曲線。私を包む何か。

 凍えさせてくれ。

 もう、叶わないだろう。

 ここからどこに行くのだろうか。

 いや。

 ここに誰かが来るのか。

 待つか。

 居続けることは、難しい。

 しかし。

 居続けることが、最も容易い。

「お冷が飲みたいな」

 ワイングラスにミネラルウォーター。氷を二つ。

 景色が歪む。いい具合である。

 誰かの影が見えた。こちらに向かって手を挙げると、大きな声で喋っている。しかし、全く聞こえない。私は手招きをする。誰かは最初こそ近づこうとしなかったが、それから少しずつ足を踏み出しはじめ、ある瞬間、体が砂のように散って消えた。

 心地いい音が聞こえた気がした。

「失わずにはいられない」

「得るための行進に意味はない」

「助けてくれ」

「救ってくれ」

「分かってるんだ。やめられないんだ」

「後ろに下がれないんだ」

 私は氷を口に含んで噛み砕く。

 氷の欠片が口から落ちた。

「じゃあ、最初から来ちゃだめだろ。こんなところに」

 風に運ばれていた砂が一瞬止まり、それから一気に地面へと落下した。地面の中にしみ込んでいき、そこには水たまりができた。

 正論で刺し殺す。

 それ以上の優しさなどあるのか。

 また、影が見える。きっと砂になってしまうだろう。

 私は遠くを見つめる。

 自分にしか興味がない。

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叩き潰す。叩き潰した。 エリー.ファー @eri-far-

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